堀井On-Line



8160、閑話小題〜第三次世界大戦の序盤を総括すると… (2)

2023年08月23日(水)

   * 狂った独裁者の末路は…
 政治の問題は、社会変化の対応。そこが社会主義の致命傷。知恵足らずに陥り、
対応が難しい。一度ボタンをかけ間違うと、複雑な手続きが必要になるが、その
辺りが専制国家には難しい。その対立も終末になってきたのか…? あの習、
プーチン、をみると、やはり絶望に近いのか! まさか、この事態に到ろうとは
思いもしなかったのだろう。末端まで、情報が、ここまでいきあたろうとは思いも
しなかったのだろうが… この情報社会の進化は、凄いと言うこと。

 それにしても、何をプーチン血迷ったのだろう。ロシアの自己診断不能の結果
だが、酷いものだ。歴史は、この繰り返しになるが! 問題は戦術核ミサイルか、
戦略核になるのか。問題は、パンデミックが、世界を攪乱するために使用されたか
否かの問題も残る。物語として、胡散臭さが充分に残る問題。それがロシアか?
中国か、アメリカか、はたまた、某国か…?

 ・・・・・・
7829,,閑話小題 〜YouTu江川が・・・
2022年08月23日(火)

  * 江川のYouTubeが始まる
 先日、何気なくYouTubeに周すと、YouTubeに江川と掛布の対談があった。
昭和の投打の名場面に出てきた二人である。江川と堀内は、あまりにズバリと
本音を語るため、現役時代からマスコミから嫌われていた。 特に日本では、
プロ野球の選手の収入が多くて、月収と年収が同じか・・・それ以上の相場。
学歴云々は二の次。

 特に投手は、役割からして球団の命運を背負っているため、更に注目される。
20歳そこそこなら、逆上せあがって当然。だから、引退すると逆に干される。
個性豊かな癖の強い選手の解説が少ないのは、現役当時の生意気の反動。
担当の記者が偉くなり、その反動のため。掛布、江川、堀内、金田など、滅多
に解説に顔を出すことがないのは、その猪狩の集積のため!挫折を繰り返して
きた男のゆがみは、並大抵ではない。地方の奥の院の穴蔵の溜まり場には、
こういう輩が沈殿している。現象と本質の差異さえ理解不能の輩が、目を据わ
らせ、その怒りの解消を虎視眈々と狙っている。娑婆と、地獄の間にある、
煉獄の世界そのもの。

・・・・・・・
7495,閑話小題 〜横浜市長選の結果に驚いた
2021年08月23日(月)

   * 昨夜半の大雨は
 成るほど、この数日来の日本各地の雷雨は‘かくあらん‘という程のもの。
背後に崖が迫っている住宅地の住民は、眠れない夜を過ごしたのだろう。
現在のスマフォは、高性能のデジタル機能が付いているため、そのリアルさが
イメージにあるため、恐怖心が倍増する。そこに「平常バイアス」が働くため、
迷いが避難の決断を遅らせる。オゾン層の破壊が、太平洋の海水を吸い上げ、
日本に豪雨をもたらす。
 ―
   * 地方選挙に関心薄い私でも…!
 菅総理のオリンピック開催とコロナ禍対策に疑問を持つ一人として、
この選挙結果に興味をもっていた。そして、案の定、保守系が推薦する候補が
惨敗の結果と、あいなったのは当然といえば当然。 候補の顔ぶれをみて、
これほど有力候補が揃った中で、よくぞ、大差をつけて勝ったもの。横浜市民
の円熟した政治感覚は御見事と言わざるをえない。これで菅総理の二期目が、
ほぼ消えたといってよい! 断定できないのが政治の世界! 野党も、前回の
政権奪取で見事に、その無能ぶりを曝け出してしまった。<自民より、まし!>
と、既に隠れ代名詞になってしまった野党に、誰が任せられましょうか。
このコロナ禍の中で、国際公約を守った手腕は、菅総理なればこそは確かだが… 
    〜朝日新聞… デジタル版より〜
≪ 横浜市長選は22日投開票され、新顔で元横浜市立大教授の山中竹春氏(48)
 =立憲民主推薦=が、新顔で元国家公安委員長の小此木八郎氏(56)や現職の
 林文子氏(75)らを破り、初当選を決めた。
菅義偉首相が全面支援した小此木八郎元国家公安委員長の敗北により、政局は
一気に流動化しかねない情勢となった。 現下のコロナ感染の収束が見通せず、
衆院議員の任期満了まで2カ月を切る中、首相が思惑通りに解散権を行使できない
可能性もある。
 横浜は首相のおひざ元でありながら、自民党をまとめきれずに分裂選挙に
至ったほか、あえて支援した小此木氏を押し上げられなかったことは、求心力
低下に直結する。
 首相の自民党総裁任期は9月30日に迫り、総裁選は9月17日告示、29日投開票
の日程を軸に調整が進む。首相はすでに再選への意欲を示し、二階俊博幹事長や
安倍晋三前首相らが再選支持を表明している。
 しかし「全敗」した4月の衆参3選挙や、過去2番目に少ない議席に低迷した7月
の東京都議選に続く地元での敗北で、次期衆院選を控える党内からは「選挙の顔」
として疑問視する声が高まっている。
 首相が当初描いたとされる総裁選前の衆院解散や、総裁選での無投票再選には
反対論が根強く、首相交代や執行部刷新を求める声に押され、衆院選前の総裁選
実施と対立候補を擁立する動きが本格化しそうだ。情勢次第では事実上の任期
満了選挙に追い込まれる可能性もある。
 一方、「菅政権が問われる選挙」と位置づけた野党側は、4月の衆参3選挙に
続く「野党共闘」での勝利となったことを受け、次期衆院選に向けた共闘戦略の
構築を急ぐ構えだ。(岡村夏樹、北見英城)≫
 ―
▼ 混迷する政治は一歩先は真っ暗闇というが、次は小池都知事を担ぎ出すのか? 
 見る方は面白い、とは言ってはいられない。粒が小さいのが幾らも存在するが! 

・・・・・・
7101,閑話小題 〜自殺未遂の生現場にて
2020年08月23日(日)
   * 大手大橋の真中辺で…
 今朝方の6時過ぎの頃、長岡大手大橋をイオン方面からヒキチャリをして
歩いていると、若い女性が自転車で追い越していった。 その若い女性が、
橋の真中で、一度、自転車をおりて、歩いて20mのところまで行き、欄干に
腰を掛けて下を見ている。大胆なことをしているが、注意をする程でもない
ので、行過ごすと、後ろから誰かが駆け足でやってきて、『何をしているの?
危ないよ!」と話しかけたと同時に腕を握った。そこで、一言二言を話すと、
女性の二の腕を両腕に握り返した。そこに、男の連れが追いつき…
「危ないよ!」と、反対の腕を掴み、欄干から強引に引きづり下した。

 10mほど先で、茫然と見ていたが、その時になって初めて自殺直前だった
ことに気づいた次第。若い女性を挟む形で、両側に寄添い、自転車の置いた
方に逆戻り。私の出る場面も無いので、そのまま、ヒキチャリをして帰って
きたが、やはり、自分も参加すべきだったか、自問自答して帰路についた。
瞬時に、私が声をかけるのが筋だったのでは?が、今でも続いている。
恐らく、警察に保護を要請したのだろうが、そう考えると、私も参加すべき
だったのでは。としても、その男性の語り方が優しく、丁寧で、適切だった!
 まさかね〜目前で、自殺を決行する直前とは! それに比して、何とも
茫然として対応しえなかった自分の自問自答が、数日は続くのだろう!

 女性は、後姿しか見てなかったが、20歳前半から半ば、着ている服装は、
失礼ながら「貧困女子」風。頭への手入れはゼロ。 声は、小さな掠れ声。
家内が曰く… 「二人が居なかったら、助けることは出来なかったのでは?」
そう言う瞬時の判断は出来ている筈だったが、やはり、老いの成せるワザ!
 ところで、飛込んだら、50mの高さゆえに、助かることはない。
<「40m」が、水面での限界>という。このコロナ禍で、何があったのか?
 2人が駆けつけなかったら、飛込んでいた可能性が大! 偉そうな大言を
言っている割に、このあり様。 一生の後悔が残ったはず。
<事実は小説より奇なり>というが… 何がなん時に起るか!

・・・・・・
  ≪ ゴールデンブリッジからの身投げ ≫

先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに、「今なら、シニアなら
無料でDVDが借りられます」と。そこで、借りてきたたのが、『ブリッジ』である。
軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルに ひかれ借りてきたが、
初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。
 次次とサンフランシスコのゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが
映し出され、遺族や友人が、インタビューに答えている。 このところ、
『大往生したけりゃ医療とかかわるな』や『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の
読書録や、その下書きを書いているので、死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。
 橋の手前で、死のうか迷って考え込み、決断する悲痛な姿が痛ましく映し
出されている。そしてバンジージャンプのように飛び込んでいく。身近の人の証言
では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。生きていることが辛く、死にたいので
ある。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが迷いを生み出す。その中で、一人、
助かった人がいた。背広がうまく風で落下スピードを和らげ、衝撃を小さくした上に、
水中でサメかイルカの背中のようなものが踏み台になり、押し上げられたという。
普通は40Mの落差の衝撃で亡くなるが、このブリッジは66M。 内容は暗く
恐しいが、人間の心の闇が、 身投げを通して浮かび上がってくる。  
   ーウィキペディアによるとー
≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの
ドキュメンタリー映画。  社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。
観光の名所として知られるゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の
様子をカメラに収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の
様子を映しだそうとしている。映画の中では24人が、橋から66Mの高さから海面に
向かって飛び降りる。 監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、映画の
宣伝効果で自殺者が増加しないように極秘に行った。また、橋の柵に足をかけたら
管理局に通報することをルールとして定めていた。映画は主に橋とその周囲の日常を
撮影した風景、自殺者の飛び降りるシーン、遺族や友人、目撃者へのインタビュー、
遺書などから構成されている。 中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報は
インタビューの中の情報でしか語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブル
を抱えていることが分かる。≫
▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、
全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇している
うちに警官や近くの人に取り押さえられた人が数人いた。 生死の問題もあり、
それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、ロマンチックな
気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。 県内なら新潟の万代橋か
阿賀野川河口が海に流され、死体が上がりにくいとか。人知れず消えている人がいる
のだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪くないのは、シリアスすぎて、
実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず!

・・・・・・
6734,閑話小題 〜暇人の遊び…
2019年08月23日(金)
   * 庭からカラスを追払う…
 この時節に「カラス」の話題が多いのは、自宅周辺で若いカラスのテリトリー
争いで騒ぐため。 去年の8月22日に、カラスをテーマにした掲載文があった。
一昨年、百円ショップで、ハロウィンの売れ残りの「カボチャのボンボリ」を
玄関先に掲げたところ、暫く、姿を見せなくなったことは、ここで書いていた。
最近、玄関先の電柱の下に、大量のカラスのフン。その上に、2Fへの階段と、
玄関先に数ヶ所も。 …これまでは雨が流しさってくれるが、さてと掃除?と
迷っている内に、お盆が過ぎた先日、大雨が流しさってくれた。 これでは、
カラスの御不浄になってしまう。 そこで再び、古いハロウィンのカボチャの
ボンボリを玄関横に吊るしたところ、逆側の庭に来て騒ぎ出した。 そこで、
使い古しの靴下をペットボトルに被せて、カラスの死体に似せた人形をつくり、
エジプト土産の魔除けの7〜8�僂留澤舛量楸棉�のガラスを一緒に括りつけ、
ベランダに吊るして様子をみた。 それに加えて、黒いビニール袋を空缶に被せ、
紐を括りつけた首吊カラスに似せて、やはり庭側ベランダに吊るして二日、経過
するが、今のところ近寄ってこない。 まあ、暇人の遊び…
 ―
    * 本命の履正社が優勝
 飛びぬけていた優勝候補の『履正社』が優勝をした。 14時の開始時間、15時
過ぎにイソイソと車載のTVをみると、やはり… 「3対1」。 帰宅後、家内に、
『3対1なら、互角に近い試合になってるじゃないか!』と聞くと、『そうじゃ
ないの!一方的で見てはいられない試合なの。見ていれば分る!』と。
ところが、3対3と、同点に追いついた。しかし、その直後、直ぐに履正社が2点、
勝越し5対3に。『そうでしょ。力が全く違うのは私でも分かるわ』の、展開。
身体つき、顔つき、動作が全くの違いが、そのまま、画面に現われていた。
監督への勝利インタビューが、試合内容と同じで考え抜かれた内容。
『このチームは星稜の奥川投手に育てられたようなもの。奥川か、同レベルの
投手を打込めるレベルまで、負けて以来、練習に打ち込んできた!』と。
これでは、奥川も勝てはしない。 
 今度、大学の優勝チームと、対抗試合をしたみたら? 少なくとも東大は?

・・・・・・
3802, 哲学人 ー�
2011年08月23日(火)
   * 驚きを忘れた人々  (P/29より)
【 あらゆる意味とあらゆる目的がこの世界のなかにあリ、価値と道徳は人間に
よってつくられる、つまり、価値と道徳は社会的・歴史的に形成されるのである。
真実はミステリアスであるとの意見を『彼ら』は理解できず、それゆえ人間の
経験の意味するところは私たちの理解を超えているのかもしれなといった意見を、
まわりくどい戯れ言(その正体はやはり宗教的なもの)とみなした。
私にとってこの態度のどこがいちばんなじみにくく、理解しがたかったというと、
それは私たちが存在していることに、というより、なんらかのものが存在して
いることに驚異(あらゆるものが奇跡にほかならないということ)を感じる
感覚が欠けているという点である。 結局のところ、深く考えなくても、
子どもくらいの思考力さえあれば、私たちの経験のきわめて一般的かつ基本的な
特徴すら私たちは自分では気づいて当然なのに、私がいま述べているような人々は
その点を見抜けなかったらしい。ある種の常識的なものの見方がほぼ正しいという
ことを自明だととらえているようだが、私にとって自明だったのは
「常識は正しくない」ということだった。あっという間に不可解さと自己矛盾の
泥沼に嵌ってしまうからである。さらに正直に言うと、「『彼ら』は常識的な
世界観を否定することをばかげているとみなしたけれども、私からすれば、
それを容認することこそばかげていた。彼らの見解は、その基盤を顧みない
あいだしかもちこたえ代物だった。はなはだ浅薄であったばかりか、支えとなる
ものはなく、ぽっかりと宙に浮いていたのである。『彼ら』の見解の根本を
問いただしても、そうした疑問はことごとく退屈で的はずれなものとして
退けられた。世界や経験のさまざまな基本的特徴は、人間の推理力ではとうてい
理解できそうにないという事実に注意を向けようとすると、彼らはこの事実を
逆手にとって、問題を提起することを封じこめた。彼らの望みは、理解できる
事物の領域に自分の人生を閉じこめることだった。最初に挙げたクルーブと比べ
ると、わずかながら深遠で批判的でもあったが、結局、両者の態度には多くの
共通点があったのである。大人になるにつれて、世界にまつわる驚異の念にひたり、
世界が差し出す解決できそうにない問題(とくに、時間、空間、物体の知覚、
物体の本質などに関する問題)にのめりこんでいったおかげで、私はまわりの
人たちからやや孤立することになった。こうした問題を語りあえる相手が
見つからなかっただけではない。そんな問題をもち出せば変人扱いされかねない
ことを思い知らされたのである。人づきあいをしなかったわけではなく、
人生のほかの局面ではとても社交的な人間だった。昔から友人はいたし、
17歳になって恋愛もした。 パーティが大好きで、熱烈な音楽愛好家にして、
芝居通でもあった。それでも、経験のきわめて形而上学的な次元に心を奪われて
いることは、たとえ日々そうした問題に取リ岨んでいたとしても伏せておくべきだ
と知った。そんなふうに孤独感を覚えながらも、この問題に取り組んだのは、
なんといってもこの問題が圧倒的に重要であったからだ。私たちの本質や、
私たちが暮らしている世界の本質にとって根本的であるのに、こうした問題に
何故誰も魅了されないのか理解できなかった。頭の良い人なのに、何よりも
重大な問題に暗黙のうちに禁じられているには、何とも奇妙に思われた。 】
▼ ここで、マギーは「 私にとって自明だったのは、常識は正しくない
ということだった。あっという間に不可解さと自己矛盾の泥沼に嵌ってしまう
からである。さらに正直に言うと、彼らは常識的な世界観を否定することを
ばかげているとみなしたけれども、私からすれば、それを容認することこそ
ばかげていた。彼らの見解は、その基盤を顧みないあいだしかもちこたえ
代物だった。」と、述べている。常識は、殆ど正しくないことは、今さらだが、
あえて事を荒立てることもない。私も常識とやらは、ほぼ間違えていると、
この年齢で実感する。考えてみれば「あの人は常識人」ほど侮蔑の言葉はない。
大部分である常識人のいうことを、まともに聞いてきた人生、何だったのだろう。
 

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]