堀井On-Line



8103,,閑話小題 〜つれづれに・・・ 来るときが来たのか? 〜(2)

2023年06月18日(日)

家内に強く勧められて、以前,コロナ禍の注射を打った近郊の内科医へ。
そして、結論は肺癌など内臓に異常はありません。脳もありません。
何よりも、肺癌は大丈夫にホッとしたが、いざ検診となると、やはり延命は
欲しいもの。これで4,5年は大丈夫のようだ。としても、一月ほど前の
駅構内の転倒に付け・・・ 今回の検診に付け何やら、医院の対応は、まずは
御身大事が透けてみえる。一度、医院でコロナの患者が出たとしたら、存続
の問題から問われることとなれば、特に個人医の姿勢は、当然の対応になる。
中学校の同級会が、休会していたが、久々に、幹事の女性から電話が入って、
28日に開催するという。現在の事態では,物理的に無理と、細かく説明
すると、【皆なそうよ!】の一言。本人も激痩せをして、ほうほうの体で
乗り切ったばかりと宣う。80歳の壁は茨の棘が加わり・・・ なる程、甘くは
ないようだ。今回は私は欠席! しかない。

・・・・・・
6668,閑話小題 〜今週のYouTube!
2019年06月18日(火)
   * YouTubeでみる大波の襲来
 土日の週末は、TVはYouTubeを中心にして見ることにしている。
自然とテーマが絞られる。「アフリカの野生動物」「KOシーン」や、
「逃走車の追跡劇」「ムササビ・スーツの滑空」「ドローン・レース」
「バンジージャンプ」‥など。
 先週は、津波などの大波による、事故現場の映像を中心に見た。 
大波に飲まれていく人を、近くで高みの見物している人たち。ところが、
自分たちも、その後、更なる大波の襲来を知らずに… そして次の瞬間、
飲みこまれる。それを見ているうち、1990年のバブル崩壊から、2001年の
9・11テロ、2008年のリーマンショック、東北大震災で、廃業に至った我姿が
重なりみえてきた。『まさかの坂』『ブラックスワン』が突然に現われ、
襲いくる恐ろしさ。自分だけは絶対大丈夫という慢心が知らない内に、
身に付いてしまっている。私の年齢では、『死』の問題。
 で、…
―
   * 75歳まで、あと一年半!
 最近、高齢者による交通事故が問題視されている。首都圏で交通網が張り
めぐされていればよいが、地方暮らしは車が必要。まさか自分が高齢者に
仲間入りするとは?思いもしなかった。足腰は年々重く、怠くなるにしたがい、
何をするにも億劫になる。マイナスの連環が、老化の特徴。後期高齢者に75歳
まで、一年半! 免許証の返還も、考えなければならない時節。
 社会施設は、あくまで現役を中心につくられている。
「老いるとは無念のコトじゃ!」と天敵の母に宣った病床での伯母の言葉が
浮んで来た。たしか、90歳近かったが。
藤山一郎の『恋はやさし野辺の花よ』じゃないが、『老いは悲し野辺の石よ』
に向かって一歩ずつですか。 それでも生きていること自体を味わないと…
段々と書くことがうさん臭くなる。それでも元気な内ですか。

 ・・・・・・
7430,閑話小題 〜ミケランジェロの言葉
2021年06月18日(金)
   * 否定の道・肯定の道、そして超越の道
 …幸福を手に入れるのではなく、不孝を避けること!…
 
 同時代の天才のレオナルド・ダビンチに隠れたミケランジェロも
多くの名言をのこしている。日本の彫刻師も似たような言葉を残している。
幸福を手に入れるのではなく、不孝を避けること!… 幸福の人たちの
一群は、それを守ること。老いるにつれて、あるタイプの絶対量が減っている。
 <金持…喧嘩せず>で、卑しいのが早々に淘汰される為。これも自然の原理。
常に、人生の変り目に道標を囁いてくれた姉がいた。
 ♦ 夢も長期的に粘れば叶うもの。長期目標を具体的持つこと!
 ♦ グループや相方の選定は「成行きでなく、自分より数ランク上」を選びな。
◉ 余分の大理石がそぎ落とされるにつれて、彫像は成長する。
◉ 美は、余分なものの浄化である。
◉ 絵は頭で描くもの。手で描くのではない。
◉ 私は大理石の中に天使を見た。そして天使を自由にするために彫った。
◉ 天才とは永遠の忍耐である。
◉ 時間の浪費ほど大きな害はない。
◉ どれだけの労力を注ぎ込んだかを知れば、天才なんて呼べないはずだ。
◉ 千の歓びも一つの苦しみに値しない。
◉ 主よ、私がいつも、成し得る以上のことを望むことを許したまえ。
◉ 優れた絵画とは、まるで彫刻のように見えるものである。
◉ 死と愛は、善人を天国へと運ぶ二つの羽だ。
◉ 私がこの芸術の域に達するまでに、どれほどの努力を重ねているかを
 知ったら、芸術家になりたいとは誰も思わないだろう。
◉ 羅針盤は手の中にではなく、目の中に持つことが必要だ。
 何故なら、手が実行し、目が判断するからだ。
◉ 私は、出来うる限り私の命を永らえるために、神が私に与えられた
 芸術分野で働いている、貧しく価値のない人間だ。
◉ まだ彫られていない大理石は、偉大な芸術家が考えうるすべての
 形状を持っている。
◉ おおよそ完全無欠な仕事というものは、多くの小さな注意と、小さな
 仕事とが相集って成る。ゆえに大事を完成するものは、細心の注意と努力。
◉ 真の芸術作品は、神が与える完成の影に他ならない。
◉ どんな石の塊も内部に彫像を秘めている。それを発見するのが彫刻家の仕事。
◉ ダビデではないもの(すべきではないこと)をすべて排除すれば
(すべて否定すれば)、素晴らしいダビデ像を完成することができる。
(素晴らしい人生を送ることができる)。
 
こうした思考法をキリスト教神学の分野で『否定の道』と呼ぶ。

これまで生きてきて思いしるのは、長年かけて地道に築き上げた蓄積が、
些細な逆上せ上りの為に、一瞬で消え去ること屡々。釈迦の説法、屁一つ。

いずれにせよ、
�仝興蕕梁減澆聾斥奸箆斥�・理性)である。
�⊃世聾斥奸箆斥�・理性)である。
��世界のすべての存在は、言葉(論理・理性)である神によって創られた。
 という3つの命題が、端的な真理として、真理探究の方向性としての
 肯定の道の形式で語られていることになります。    ≫
 ――
▼ <千の歓びも一つの苦しみに値しない> 
 <まだ彫られていない大理石は、偉大な芸術家が考えうるすべての
 形状を持っている> 
人生そのものの格言になるが、

・・・・・・
6305,読書日記 〜『死の準備教育』 ー1
2018年06月18日(月)
             〜『死の準備教育』曽野綾子著より       
   * 死ぬまで5分間我慢する  
 曽野綾子女史の言葉である。死について数多の書物を読んできたが、
この一言は、「強烈」である。 たった、これだけのこと誰が教えてくれた?

【私は弱いから、暗示がよく効いたのである。私はいよいよ或る種の男よりも
強くなり、ますます、女らしくなった。何にせよ、いつ死んでもいいと思うこと。
死ぬまでに5分我慢すれば死ねる、と考えることは、私の精神の安らぎに役立った。
私はその5分間に決して平成ではあり得ないだうけど。】
―
▼ そうか、5分か! イメージとして、先だった家族に囲まれてボンヤリ
 消えていく。こらなら、イメージコントロールが出来る。面白そうである。
しかし、死期を悟って、最期の5分に至る道は地獄道である。煉獄といういう
のが、それだろうか? 恐怖心がつくり上げた究極の心理状態で、恐れて待つ
より、早く、その5分後先の安楽を期待する方が、気持ちは遥かに楽?
 生まれてきたからには、どのみち、死ななけらばならない。
どのみち、人生、プチッで、終わるのだから。 暗い? 暗黒の中心点を
凝視するしかない、この問題は。そうしないと灼熱砂漠の真只中で慌てるよ。
――
   
   * 死の果たす役割は、平等の『死』である
 死の清算があるからこそ、面白く、味が出てくるのである。死からすれば
全てが夢幻である。人生で、何が面白いかといえば、死ぬからである。その
当り前のことを、我々は忘れてしまい、無駄に人生を過ごす。
 勿体なじゃないか、など微塵も思わない。公平でないところが、奇妙?
【もし人間が平等であるとするならば、それを果たしているのが「死」である。
 誰もが一回ずつ死ぬのである。しかし、日本の教育は死を教えなさすぎた。
…戦争体験をした私は小学校のうちから、否が応でも毎日、死について考える
癖をつけられた。だが、戦後教育では死を考えることがタブーになった。
人が何歳までも生き続けることが医学的に目指すようになり、人が死ぬかも知れ
ない状況をつくる政治は「悪政」とみなされて、批判される。
今は死を覚悟しましょうというだけで、戦争を連想させるとか、貧困を肯定する
とか、批判が出るが、それがおかしい状態である。死は人間の運命であり、人間
の生きかたなんだから。】  
―
▼ 中学校の古希を祝う同期会で、司会で、「古希を過ぎると、背後にいる死神が
 前から迫ってくるとか云々…」を話していると、『3・10・60・27の法則』の
27%男が、『暗い!』の一言。ハイデッガーって何?は、60+27=87%の問い?…
メメント・モリは、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」。
 【小説】「死を忘れるな」CommentsAdd Star
< イギリスの作家ミュリエル・スパークの『死を忘れるな』。
 登場人物の平均年齢が70歳代半ば以上という高齢者小説。それぞれのところへ
「死ぬことを忘れるな」という謎の電話がかかってくるが、対応はさまざま。
慌てふためく者、警察に訴えて犯人を見つけようとする者、そして穏やかに
それを受け入れる者。生きることは常に死ぬことと背中合わせになっている訳
だが、人生の真っ只中にいると、そういうことは忘れがちである。
だから、「メメント・モリ」。>
 72歳男の心象風景は、「同年代が4分1が亡くなり、残りの半数が介護。
とすると、健常者は8分3の世界」 死は、ある日、突然やってくるのではない。
「生/老/病/死」と、じわじわと前側から近づいてくる。近づけば近づくほど、
その影は色濃く迫ってくる。

葉自体が「自然の分身」
2015年06月18日(木)

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