堀井On-Line



8039,閑話小題 〜金持ちと貧乏人の差とは…?

2023年04月05日(水)

   * この情報化で、その差異とは?
 一時代前までは、それは情報の質量の差異だったが、現在は、情報となる。
今ではネット社会、特に映像にある。以前だったら、1年を要した情報伝授も、
僅か数分で可能になる。このロシアによる、隣国侵犯も、映像なら、数分で
筋書きは理解できる。プーチンの失敗は、その理解が全く足りてなかった。
 宇宙の理解も、映像の羅列で、数分で理解可能になってしまう。
ビッグ・バン、宇宙創成、多宇宙論など、検索すると…あるある。
無についての理解も、多宇宙論を理解すれば、違った切り口で、その道理を
把握可能となる。現在、社会主義の不都合の真実は、平等と自由の問題。
どちらを優先するかの難しい問題が、巧妙に絡んでくる。人生は面白くて、
面白くて、絶妙な物語である。金があれば、コト足ることと、足りない問題が
ある上に、時間が刻々と経っていく、金持ちとは、何か? 貧乏とは何か…?
老いて気がついたコトはあと何年、近い将来に時間的余裕が存在するか?
大して残されてないと、何事も面白みが無い。半世紀前の、あのワクワクした
金銀色に輝いていた日々は、様々な夢の輝きだったのでは。

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7707,閑話小題 〜ウクライナ戦争、まとめると!… ��
2022年04月05日(火)

  * 「これが戦争だ!」の一言で片づけられないのが問題
 プーチン、‘何ゆえに、無抵抗の民間人を殺戮して撤退したのか?’
「敵味方を追詰めるため」、戦意の上がらないロシア軍の退路を断った
のである。大義ない戦いを強いられて、戦えと言われても、生抜いて何ぼまで
追詰められて、初めて殺意、戦意も起きようというもの! 北朝鮮の王様が、
恐怖政治を演出しているが、馴れとは恐ろしい。今では何とも思いはしない。
特に誰も持っているスマ―フォンには高性能の撮影、録画機能が付いている。
これが強く世論を形成してしまう。

≪  =産経新聞=
 ♦ 戦火が激しくなる母国ウクライナの現状に心痛める 
 「これは戦争ではなく、ジェノサイド(民族大虐殺)だ」。
ロシア軍が撤退したウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊のブチャなどで多数
の民間人が犠牲になったことが判明、国際社会に衝撃と非難の声が広がっている。
日本に住むウクライナ人女性は「あまりにひどく、言葉もない。
今明らかになっている露軍の残虐な行為は、氷山の一角だ」と憤った。
【写真】ロシア軍が去ったキーウ近郊に残ったものは…
「あと20分後に殺しに来る。逃げるなら今だぞ」。露軍の若い兵士は、
一般市民の家にいきなり押し入り、声を張り上げた−。
4日、産経新聞の取材に応じたウクライナ出身の会社員、木岡ユリヤさん(33)
=大阪市=は、ブチャ近くの一軒家に住む親戚から聞いた証言をこう説明した。
ユリヤさんによると、親戚夫妻はロシアの侵攻後、激しい露軍からの砲撃から
逃れるため、自宅の地下室での生活を余儀なくされていた。
侵攻から約1週間。次第にひどくなる砲撃や発砲音におびえながら過ごして
いたところ、突然、玄関のドアが壊され、露軍の兵士が入ってきたという。

30代の妻はユリヤさんに「市民の車も容赦なく撃たれていた。家に残っていたら
露軍に殺されると思い、何とか車で逃げ出した」と避難するまでの恐怖を語った。
夫妻は現在、ウクライナ西部の街で避難生活を送っている。「本当に怖かった
と思う。露軍は子供や女性にもひどいことをしていると聞く。
許せない」とユリヤさんは非難する。

キーウ近郊に住むユリヤさんの友人からは、「露軍の撤退後、避難先から
家に戻ると、家の中の多くの物が盗まれていた。自宅に放火された住民もいる」
という連絡も入った。ユリヤさんは「露軍が罪のない市民にどれだけひどい
ことをやってきたか。今後、明らかになると思う。人間がやることとはとても
思えない」と声を震わせた。

キーウ市内にとどまっていたユリヤさんの60代の両親も現在はポーランドへ
向けて避難中だといい、「キーウから露軍は撤退したといわれるが、再び全土を
一斉攻撃するかもしれない。どうなるか本当に分からない。国際社会はさらに
強い制裁をするべきだ」と訴えている。(田中一毅)   ≫

――
▼ 己の命を捨て去れば、怖いものはない。プーチンのガン末期説が、恰も
 実しやかに報じられているが、その真偽は解らない。問題は「気違いに刃物」。
現在のロシアにとって、北朝鮮が一つのモデルでもある。何せ、核ミサイルの
ボタンを持った異常性格の独裁者を演じれば、コミックでも、それで済む。

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7356,読書日記 〜『同調圧力〜日本社会はなぜ息苦しいのか』
2021年04月05日(月)                     
     <『同調圧力〜日本社会はなぜ息苦しいのか』
                  鴻上尚史・著 (現代新書)2020/8>
    * 「10年先から戻ってきた」と思うという方法
「タイムマシンを使ったか、時間の奇跡が起こったかして、10歳若返って今、
いるんだ」と考える 。そうすると嬉しくなる! 現に、欠かさず書いている、
このテーマ日記。怠け者で、好い加減な自身を管理するには、、
我を忘れてた没頭する時間を2時間持つことで、魂を閉じこめている。
同月、同日には、「20年間×365日×2時間=1万4600時間」も凝縮した時が篭る。
{その割には、蓄積効果は少なすぎるようだが!}… 能力の問題で、それは
それで!自らの程度を見つめ、自制するには丁度良い効果がある。
 
 10年、20年と読返す度に、理解が少しずつ深まっていく。そして同調圧力の
中で、好い加減に生きている他者の脳が透通って見えるような錯覚に陥る。 
再読して、新たな考えが浮かんだ分、自らが深まった感覚になる。7年前の文章
に同調圧力を感じると、7年前の時空が、再び再現したような錯覚に陥ることが…
TVの旅番組で、行ったことがある旅先のエピソードをみたのと同じ感覚になる
のと同じである。 
 現在、75歳! 10年後なら85歳。しかし、生きていても、寝たきり…か!
なら今の内にすべきことは山ほどある。10数年前に己の寿命を75歳に置いた。
ところが何やら、それがブラックホールになり、心の中心になり、それから
心を軽くしてくれ、現在に至っている。絶対孤独感だろう、それは!

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6961,閑話小題 〜メラビアンの法則
2020年04月05日(日)
   * 馬子にも衣裳
 韓国では女性の約6割が自分の容姿に不満を抱いており、
4割を超える女性が美容整形の手術を受けたことがあると回答した…
また韓国騒然となった「芸能人の100人中99人は整形している」と。
  〜それによると、
< 人間が他者の印象を決定する際に重要視するものは、
 視覚情報(Visual)・・・55%
 聴覚情報(Voice)・・・38%
 言語情報(Verval)・・・7%
この結果から伺えることは、非言語のコミュニケーションが、
人物の印象の90%以上を決定づけているというわけ。>
 上記が「メラビアンの法則」である。名古屋の花嫁学校は、内的美容より
如何に良質の相手をゲットするか手練手管の技量を磨くことに絞って教え込む。
名古屋的でシリアスだが本筋をついている。社会は格差で出来ている。
男なども年頃ならサカリのついた犬と同じ。如何に表ッツラを飾て、収穫するか。
その為には、色気を清潔感と、お嬢様風に飾りたて、良い漁場を探し、自らを
餌にして、数うちゃ当たるで勝負。そこで効果が出るのは、「メラビアンの法則」。

 ―
▼ ネット炎上のリスクを分散するため、同じ内容を掲載した2つのブログを運用
 しているが、片一方に関連した写真を貼りつけている。これに30分を要するが… 
テーマの内容を選ぶか、ブログの写真から空気を選択するかは、好みの問題。
書いたテーマにそぐうイメージの写真を探すのも、なかなか面白い。折角のテーマ
日記の文章に写真で気持ちを込めるのも悪くはない。写真は、ある意味、絵画の
額の役割を果たす。 …ファッションも然り。
 ところで、聴覚情報が4割近いことを改めて自覚して、早速、このところ使って
なかった二つのiPodを聴きだした。 …これ見よがしにブランド品で身を固めてる
御仁も、逆に卑しさしを感じられるのも愛嬌といえば愛嬌。それはアフリカ人が
ブランドを身につけているのに奇異を感じるのと同じ。ブランド物は白人金持の
特権を擽るように構成されている。だから黒人には不自然で、似合わない。
視覚情報は、その本質まで公開する。4k、8kTVも、5Gも、恐ろしい貧弱な内面
まで公開することになる。誤解しあって結婚した挙句に、理解し合って離婚するが、
実体になる。哀しいかな、これが娑婆の実態である。何やら、いやに実感が籠ってる。
 
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6231,閑話小題 〜遊びについての断章
2018年04月05日(木)
            <「群れるな」寺山修二著>
 昨日、「加山雄三とヨット」のテーマで、遊びについて書いたが、手元に
図書館から借りて積上げてある10冊の本の中に、『遊びについての断章』が
あった。これまで「遊び」について繰返しテーマにしてきた。
 「遊べるうちに遊んできなさい! 直、泣くときが来るんだから!」と
諭され、数十年が経つ。確かに切ない場面が多々、あったが、その数倍、
数十倍、楽しいことがあったのが実感。遊びの価値を両親の後ろ姿に
学んだことに加え、学生時代に味わっていたこともある。
      
   * 『遊びについての断章』 
       ー人生は遊びながら年老いて行く―
 ‘JRA’のCMのために書いた原稿。
実際に使われたものはこれからの抜粋である。
このCMのなかでの寺山は得意の肩かけコートで町をあるき、府中のスタンドを
バックにたたずむ。その後ろであの独特の語り口でこの断片を朗読していた。
――

かもめは飛びながら歌をおぼえ
人生は遊びながら年老いてゆく
   *
遊びはもうひとつの人生である
そこにはめぐり逢いも別れもある
人は遊びのなかであることを思い出し、あることを忘れ、
そしてあることを捨てる
   *
人はだれでも
遊びという名の劇場をもつことができる
悲劇 喜劇 活劇 メロドラマ
そこで人は主役になり、同時に観客になることもできる
   *
ぼくは人力飛行にあこがれていました
飛行機はただの道具にすぎなかったが、飛ぶことは思想でした
ぼくあ大空を見あげて思いました
プライバシーなんかいらない
フライバシーがほしい、と
遊ぶことは 冒険することであり、
ためすことであり、知ることだったのです
ぼくは「運の悪い女」がきらいです
なぜなら「運の悪い女」には、人生が一つしかないからです
遊びは、不運な人たちにも
「もう一つの人生」があることを教えてくれるのです
だからぼくは、いつでも自分に掛ける
   *
どういうものか「誰が故郷を思わざる」という歌をうたうと、
ツキがまわってくるんです
はじめて競馬場へ行ったとき
はじめて玉突きを覚えたとき
はじめて女を口説いたとき
だからぼくは
皆で一度、一緒に唄ってみたらいいんじゃないかと思っているんです
政治の悪い時代には、「誰が故郷を思わざる」でも唄ってみる
そういうもんじゃないのかな、遊びなんて
   * 
人生が終わると、遊びも終わってしまう
しかし、遊びが終わっても人生は終わらない
遊びは何べんでも終わることができるから、何べんでもやり直しができる
出会いと別れのくり返し
そこが遊びのいいところなんだね
   *
人生では敗けられないが、遊びなら敗けられる
そして敗けを知ったものだけが味わえる風景というものがある
「誰が故郷を思わざる」なんて唄は
競馬をやったことのある者にしか、味わうことができない唄ではないだろうか
   *
人生が、いつばん安上がりの遊びである
死が、いちばん高くつく遊びである
   *
遊びは、人生の時刻表である
人はそこに立ち止まり、自分の乗る汽車をえらぶ
人生は汽車である
旅をしながら年老いてゆく
   *
遊びは不幸な人間の第二の人生である
遊びは不幸な人間の第二の魂である
   *
人は誰でも、もう一つの人生をもつことができる
それは遊びである
ドストエフスキーは言っている
「一杯の茶のために、世界など滅びていい」
   *
夢の中で無くしたものを
目がさめてからさがしたって見つかる訳はない
現実で失くしたものを、夢の中でさがしたって見つかる訳はない
人は誰でも二つの人生をもつことができる
遊びは、そのことを教えてくれるのです

―
▼ 個人のHP内の検索で調べると、次々と出てきた。
 まあ真面目に遊びながら書いだこと。
――
2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」
2008年08月14日(木)
                   −読書日記−
 ー遊びをせんと生まれけむー
亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、
口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。

・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。
美に感応する心である。
・「感」は、 感性、感動、共感。 旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、
  絵画、音楽、映画、演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。
・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。 
「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」にあるように、人間は「ホモ・ルーデンス」。
  遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。
・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。
一瞬の新しいものへのシュンパツ力。 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素。 
確かに、人生はこれを磨くプロセスであった。この中でも、「遊び」が、
人間にとって最も有用な行為になる。

「エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、
 遊びについて次のように述べている。
《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源がある。
最初に家畜化された動物ー小犬1は、もつとも役に立つ動物ではなく、もつとも遊び
好きな動物であった。猟犬が出現したのはかなり後のことである。最初に家畜化された
動物は子供たちのぺットであった。おそらく,植物栽培と灌漑も、初めは遊びとして
行なわれたのである。 車輪・帆、煉瓦なども遊びの中で発明された可能性が強い。 
たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を使わなかったが、足の代りにローラーを
つけた動物の玩具をもっていた。装飾が衣服に先行した。弓は武器となる以前は楽器
であったといわれている。人間が初めて粘土を使用したのも、土器をつくるためではなく、
土偶をつくるためであった。 こう見てくればわかるように、昔から人間のもつとも
有用な行為は、遊びであった。土器をつくり、布を織り・金属を加工し、動物を飼育
するはるか以前に、人間は絵を描き、線刻画を描き、彫刻をし、像をつくったことを
銘記すべきである。 芸術家としての人間の誕生は、労働者としての人間の誕生より
もはるかに早かった。 遊びが労働に先行し、芸術が有目的な生産に先行した。
人間はしばしば必要に迫られて楽しむためのものを有目的なことに利用した。
必要に迫られて働いている間は、依然として人間は動物界の一員である。
人間は、ただ生きるだけであったら不必要なもののためにエネルギーを注ぎ、さらに
生命の危険さえもおかす場所に、特異な存在としての人間となり、最高の創造力を
発揮する、したがって、人間の人間化が起こったのは、自然の恵みで豊かで、
余暇があり、遊び戯れる性向があった状況においてであったと考えるべきである。 
自然界における人類の台頭は、心細い戦場においてではなく、
エデンのような遊びの庭において起こったのである。・・
私にいわせれば、オートメーションの時代の到来は、魔法円の完成である。人間は
エデンという遊びの庭で初めて人間になった。そして今、人間は遊びの庭に帰還して、
人間の究極的使命を、すなわち人間性の完成をはかりうる機会をてにしている。 》
〜〜
遊びの重要性を上手く説明している。良く遊び、良く学び、良く働く、を
バランスよく豊富にすることが人生の豊かさだが、私の場合は、そのバランスは
とってきたが、「良く」に問題があった? まあ、いいだろう。遊びが4、学びが3、
働きが3というところだろうが、厳しい娑婆では、働きが4で、他が3だろう。
学びも、働きも、遊びまで持ち上げるのが理想である。そのためには好きなことを
仕事にすれば良い。

・・・・・・
2786, 人生ゲームを楽しまむため、生まれけん!
2008年11月20日(木)

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