堀井On-Line



8034,〜春期の高校野球も、プロ野球のオープン戦も…

2023年03月30日(木)

   * この春の野球も、大相撲も!
 WBCの日本の活躍で、この春の野球、大相撲も、そのエネルギーの大部分を
削がれてしまった。それと相まってロシア・ウクライナ戦争である。
そのライブ的動画がYouTubeで流されると、一般視聴者にとって、これほど
刺激的で生々しい映像はない。これで大谷のブランドは一桁、二桁は上がった。
あらゆるスポーツでNO!が、この人物というのは、少しオーバーだが、それでも
言い得ている部分が多くある。次に出てくるのが下ネタだが… 下手なことは
書けない。果敢に批判していた批評家が、大谷の実績が故に、総スカンを浴び
消されたとYouTubeにあった。そろそろスランプにはいっても良い頃だが、その
兆しは全くない。日本の景気回復にも役立つことになる。徳川300年の鎖国が、
花咲く土壌にある。このパンデミックも振りかえ見れば、最も無難に切抜けた
ことになる。それにしても、北朝鮮の焦りからくるミサイル実権
は目に余る。
 ーー
   * 春麗ら、庭には桜が満開で…
 今年は一週間程前から、桜が満開に… そして、聞いたことがない、野鳥の
囀りが聞こえてくる。早朝には、挨拶のような… 長閑で心が晴れるような!
蟄居?から12年経過したが、寝るだけ寝て、人生の疲れがホボとれたころ。
そこで問題が出るのが老い現象の病… 痴呆症である。このブログの継続で、
何とか正常を維持しているが、我ながら怖ろしくなってきた。身近では義兄が
4人とも鬼籍に入り、実の姉も一人が旅たった。寝るだけ寝ると、あとは成行き
次第に身を委ねるしかない! 

 ・・・・・・
7701,閑話小題 〜実質、ロシアの敗け
2022年03月30日(水)

* 勝負はあった…
 ロシアのウクライナ侵攻は、完全な失敗に…
< 大義名分無き…プーチンの為の、プーチンによる失敗 >である。
 ウクライナのトップにコメディアンを据えて、また元世界チャンピオンを
首都キエフの市長に据えて、北京オリンピックの終了直後に、電撃的な攻撃で
勝利を得る魂胆だったが、首都近郊の飛行場を奪い返され、首都キエフの奪還
に失敗、現在、膠着状態に… ウクライナ側には国土防衛という大義名分が存在
する上に、世界中が味方に…! ウクライナ国内には、防衛が第一の責務という
高揚感が満ちている。それが画面こしに避難民の顔に明るさがさしていた。
 
 怯え泣く新兵のロシアと、やる気満々のウクライナ兵では… 欧米側には、
電撃的侵攻を察知しており、ウクライナ兵に新型兵器の訓練済み。 ロシアは、
在庫処分のための旧式武器。 ウクライナ側は、携行ミサイルなど防衛のための
新型兵器。それに加えて、ドローンにミサイルを積み。証拠が残らない。 
ロシア側は国内から訓練と称して新兵を搔き集め、大義名分なき戦いを強いられ
戦意が上がらない。
 これからは、プーチンが、脅しの核弾頭を使うかどうか。まさしく、ドラマ
仕立て。 悪党は、精神安定剤と称した麻薬漬けの御保存。かたや気の毒なのは、
国内外の1000万の難民。 そのドラマがカメラ越しに世界中に発信される。
80過ぎの御婆さんが難民の中で独り佇む。「最初は家族と一緒だったが、今では
全てが殺され、自分だけ生き残ったと!」…ロシア新兵は「食料がまわってこない
ため飢えそうだ!」と悲鳴。これでは世界中を敵にまわす。現在、誰もがスマート
フォンを持ち中抜きで、その場を世界に発信するため、上層部は堪ったものでない。
戦争が長引くほど、ロシアの財政が圧迫。

・・・・・・
7350,閑話小題 〜『主観年齢』について
2021年03月30日(火
    * 老いた女性…?を褒める言葉、「可愛いい」「若い」
 往年の女優、タレントの多くが歳を重ねるにつれて、鬱症になるという。
美しさが老いるにつれて失われ、今までとは、相手の反応が違うため。
主観年齢が変わらぬが、実年齢による老いは隠せない。 その欠点、欠陥を
化粧と衣装でカバーする。TV、ウィンドウ・ショッピングなどで、主観年齢と
実年齢の差を埋めるため、常日頃、血眼になり情報収集をする。そして… 
 老いるにしたがい、諦めた瞬間、その実態が一瞬にして現れ出るため、それは
必死になる。供給サイドは、それを熟知して『年齢コンプレックス』広告を、
しつこく流す。オカマタレントの口を借りて、センスをこき下ろす。
 
  〜ネットの検索によると…
≪ 主観年齢とは、自分のことを客観的に見たときに思う自分の年齢、気持ちの
 若さを表す。 フランス・モンペリエ大学のステファン博士の研究によれば、
主観年齢が実年齢より8〜13歳上の人は、対象期間中の死亡リスクや病気による
負荷が、通常の18〜35%高かったという。

 主観年齢の持ち方が長寿の秘訣. 日本人の平均寿命が過去最高を更新。
男性は81.09歳、女性は87.26歳である(厚労省「平成29年簡易生命表」より)。
平均寿命の伸びは、がんの死亡率が下がったことと、心疾患と脳血管症の治療
効果もある。

 人間は25歳をピークに体力も免疫力も落ち、老化のプロセスが始まる。
そのように人間の遺伝子は組み込まれている。即ち、子供や若者のほとんどが
実年齢より主観年齢が高いのだが、25歳を境に逆転する。ここからは、主観年齢
が実年齢より若くなり、30歳になると全体の7割が実年齢よりも自分は若いと
感じるようになる。それ以降は偏差が広がるだけで、その思いが実際に若さを
保たせて寿命を伸ばしている。即ちアンチエイジングは、心の持ち方次第で
可能になり、少なくとも老け込むことを遅らせることができる。

 昨今の高齢者は単に寿命が延びただけでなく、総じて元気である。
従来「前期高齢者」と呼んできた65歳〜75歳はまだ活力があり、勤労意欲も
高く、体力や健康に自信のある方が多い。一方、この年代は個人によって
老化度に差が大きいのも特徴だ。同じ実年齢でも老けて見える方もいれば、
若く見える方もいる。暦年齢は必ずしも体の老化度を表しているわけでない。
生物学的老化指標が明確になれば、老化を遅らせる研究の更なる進歩も期待可能。
しかし、今のところ暦年齢以上に人の老化度を適切に表す指標はなく、当分は
暦年齢に頼る以外はなさそうだ。≫

 ――
▼ スポーツジムに通いだして、10年になるが、やはり、その効果がある。
 それでも、当初から通っていた同年代を見るにつけ、その老い方の角度が
年々、大きくなっていくのが理解できる。「年齢には勝てない」実感は、
年々増していく。通ってないとしたら、今頃は、三途の川を超えている。
毒素が知らずに蓄積しており、歪みとして襲いくるから、普段の毒出しが必要。

・・・・・・
6955,閑話小題 〜AIロボット
2020年03月30日(月)
   * 脳ロボット
◉ 『翻訳ロボット』に驚かされたが、対話する『脳ロボット』には更に仰天。
 ある人物のデーターを入力して、それを元に本人の脳を形作り、知人や、
自分と対話するAIが現実に出現した。これなら、その人物が亡くなった後でも
対話可能になる。19年近く7千のテーマを書き続けてきた効用として、不思議な
経験を度々する。
◉ この程度の文章でも… 資料集めを含め、2時間以上の集中したエネルギー
 をかけている。それが数年来にテーマとして書上げた同月、同日と偶然に
脈絡として繋がることが屡々ある。 その時に時間を超えた魂の融合のような
妙な心持ちになる。7千のテーマが、一つの魂の塊りとして無意識に働いている
ような…。その番組を見るうちに、ネット上のAIロボットが、別人格として
当人から独立し、独り歩きしているような… 「一人」から、「独り」という
言葉の変容。それまで要した1万5千時間の塊りが、魂として厳然として、そこに
存在している不思議さ。
◉ この19年の集積は、脳の外在化でもあり、それぞれの時節の魂の痕跡になる。
 それと毎朝向き合うことは、内省そのものになる。その時々の己と、現在の己
と対話をしていることになる。とすると、7千の内容が、その日の『自分』になる。
◉ 紀元1世紀〜2世紀にかけてキリスト教徒たちによって書かれた文書で、
『旧約聖書』とならぶキリスト教の正典だが、これもまたキリストの魂の外在化
ともいえる。皆で祈れば、現実に功徳になろうというもの。

 仮に『脳ロボット』とすると、これが進化すると、それぞれにデーターを集積
した歴史上の様々な天才ロボットの出現が考えられる。とすると、読書の効用が
クッキリと浮かび上がってくる。その実践から得た知恵と知識が教養として人格
を築き上げる。「脳ロボット」の効用は、それを直接、擬人化して対話をして
教えてくれる。そうこう考えると、あと5〜6年、80歳までは生きたくなってきた。 
 …まずは、この風邪に引っ掛からないことだ。
毎日、この継接ぎの、同月、同日の脳ロボットとの会話を「対話」に格上げから!
つまらない本より、はるかに良いが、詰まらないのを選んだ自分に問題がある。

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6588,閑話小題 〜即席ショートショート
2019年03月30日(土)
    * ショートショート ―独白録―
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2007/02/10
2139, 白い雲に乗って ー1

  * 両親の思い出  
夜半に幻想的な夢をみた。小さな白い雲があった。それに乗ると、ふかふか
浮いて異次元の世界に引き込まれてしまった。そこは4歳の頃の世界におりたよう。
すべてが鮮明な蘇った当時の世界が浮かび上がってきた。
両親がいて、兄達と姉達、そして多くの従業員がいた。
そこは越後長岡の十字路のど真ん中にある当時の私にとって大きなビルの中。
一階が店、二階に事務所と倉庫があり、三階に家族の住まいと台所、四階には
従業員と姉達の部屋があった。白銀に輝くファンタジーの中に包まれていた。

三階の住まいに猿のタロー、そしてタマという茶色の猫がいて、そこでラジオ
から童謡とか歌謡曲が聞こえていた。店には若い女店員が多くいて、ぼくを
「ハッちゃん」と頭を撫ぜてくれている、正に当時の真っ只中にいた。
コロという生まれたばかりの白黒の小犬を運一・兄が拾ってきた。
そして三毛猫のタマとコロがジャレている。
その空間には何時も緊張感がただよっていた。

燕が飛んできて窓に当たって死んでしまった。初めて死をみた瞬間だ。
いやに首の下の赤い色が印象的だ。そこを出たところには大きな通りがあり、
多くの人が歩いている。小さな三輪車で駅の方に行くと右手に小さな公園があり、
その脇に池があり小さなスイッカスが水上を泳いでいた。

そうだ、ここは公会堂の裏にある小さな山の上に神社が祭ってある公園である。
周りを見渡すと植木の展示会が開かれていた、多くの植木鉢がところ狭しと
並んでいる。その先に大きい広場があった。それは阪之上学校の運動場。
何時も遊んでいる近所の子がいたので声をかけると、スーと消えた。
夢をみているのだろうか?いや、夢のはずがない。
ぼくは間違いなく、ここにいる!

 ズットここにいるのだ。
何で、ぼくは、ズ~ットここにいるのだろうか?
忘れたが何か遠い遠い旅をしてきたようだ。
何の旅だったのだろうか、僕はどこにいってきたのだろうか?
    
そこで、無性に悲しくなり大声で泣いてしまった。
泣いても泣いても、あの遠くのズット向こうの世界は戻れない!
ぼくはもう、あの遠い世界には返れないのだろうか?
ふと脇をみると小さなコロが悲しそうな顔をして、ぼくをみていた。
でも、コロがいたので安心をして三輪車を引っ張りながら家路についた。

 両親は忙しそうに働いている。
その横で姉達は今度法事で着る洋服を試着して笑っている。
その後に夕飯の時間がきて、丁度みんなで食べようとしていた。
父チャンがいて、ぼくもふくめて子供達が8人が勢揃いをしてご飯を食べた。
外がいやに賑わしいのでみると、長岡祭りの山車が次々と通っている。
三階の窓から手を振ると、屋台の上から男の人が笑いながら手を振り返した。
何かそれをみていたら、嬉しくてケラケラ笑ってしまった。

しばらくすると父親が今日の売り上げを持って、下にある店から上がってきた。
札を十枚ずつ数えて束にまとめて小さな金庫に入れている。嬉しそうな顔。
何か自分が白い雲の中で浮いているような感じがしている。
ふと目が醒めると、隣に両親が寝ていた。
あ〜ぼくは、一人ではないんだ!よかったと独り言をいっていた。

ここは間違いなく大手通の世界である。
どうして、ぼくはここにいるのだろう!
それにしても、それにしても、どうして浮いているのだろうか?
    
というところで、目が覚めてしまった。
幻想的な遥か彼方の遠い世界に舞い戻ったのだ。

ーーーー
2007/02/18
2147, 白い雲に乗って ー2
         b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪
 先日のつづきの夢をみた。半分は覚醒をしていたのかもしれない。
前回の夢が契機になって当時のイメージがドンドン出てくる。
如何いうことなのだろうか?それは57年前の世界そのものである。
その世界から此方をみている感覚と、此方の感覚の間にある塀の上での
微妙な世界に立っているようだ。    
ーー
 白い雲に乗って再び、その世界(4歳)へ行ってきた。
そこは前回よりリアルな当時の世界があった。
中央保育園の面接があるというので、目新しい服を着せられて、
母の手に引かれて「同じぐらいの小さい子が多くいるところ」に行った。
そこは家から10分ほど歩いた小さな小路にあった。
面接のオジサンがニコニコしながら、色々なことを聞いてきた。
母に前もって聞いていたので、驚くほど上手く答えた。
恐らく入れるだろうと思った。
家(店)に帰った後、三輪車に乗って前の安栄館というビルの同じくらい
の友達のところに行った。やはり最近できた大きなビルのところの子だ。
何か遊んでいると楽しい!

 その数日後に場面が変わり、幼稚園の合格のしらせがきた。
手紙を待っていたが、何時までたってもこないので、お母さんが
「落第したのかもしれないけれど、そんなことがないはずだが・・」と言う。
ガッカリしていたところ、合格の葉書がやっと届いたが、凄く嬉しい。
クリスマスの飾り付けのため、二番目の姉の恭子と近くにツリーの飾りを買いに
二人で行った。大きな雪がフワフワと降っている。ツリーに吊るす色いろな
ものを二人で選んだ。小さな家とか、星とか、動物とか、人形などがあった。
それを袋一杯に買って家に帰って3Fの食堂で飾り付けをした。ラジオの
クリスマスの音楽を聴きながら、それを他の姉たちと飾りつけた。
ツリーの電飾がいやに奇麗だ!
こんな楽しい気持ちは初めてと喜んでいる自分を誰かがみている。
あれは誰だろう? 翌日の朝、枕元に箱に入ったサンタの贈り物があった。
雪が、ドンドン降っていて窓の下は雪で埋まりそうだ。
    
突如、周りを見渡すと誰もいない空間になってしまった。
何処に行ったのだろう、皆は!
白い靄がかかり、その中で恐ろしさが襲ってきた。
目をつぶって白い布団を被った。
  目が覚めると、そこは寝室の布団の中であった
               (o ・д・)ツ  バイ!
・・・・・・
2007/04/25
2213, 白い雲に乗って ー3
          (・_・) ノ オハヨウ!
 これは現在の日常の話。 
お風呂に入った直後の22時過ぎにクラッシックを聴きながら就寝する。
就寝30分後に爆睡を4〜5時間した後、午前の3〜4時に一度目が覚める。
そして冬時間の起床時間が5時半、夏時間は5時に起床する。
起床前の2時間が半睡状態の時間になる。その時間が、ある意味で
ゴールデン・タイムになる。夢をみたり、夢と現実の塀の上を遊ぶ?

 以前書いた「白い雲にのって」は、半覚醒で子供時代に立ち返った内容。
夢のような、魂の故郷を漂った白昼夢の世界の描写である(いや白朝夢か)。
白い雲に乗ったイメージで当時の思い出の世界に入ると、記憶がドンドン
出てくる。脳の奥行きの深さに驚いてしまう。

 ある意味で夢と同じぐらい深い脳の領域に思える。
50〜60年前の赤ちゃんから幼児の記億の世界は、魂の世界である。
殆んど忘れてしまった、古い古い記億の痕跡への旅である。
立ち返って気がついたのは、それからの人生の激しい時代の記億より、
ず〜と刺激の強い世界の思い出である。

 白銀色の毎日が新鮮な経験のシャワーを浴びているようで、愛情に包まれた
夢のような日々であった。ドラマをみているような、自分そのものが舞台劇の
小さな子供の役者を担っていた。

 初めての大きなショックが、柏崎の親戚の近くの海を初めてみた時である。
それまでは近くの公園の池しか見たことがなかった。
海のコバルト・ブルーを見たときの驚きは現在でもはっきり憶えている。
それと、舟と漁師の姿と磯のカオリも記億に鮮明に残っている。
よほどショックだったのだろう。

 ところで、私が生まれたのは第二次大戦の終戦の5ヶ月後の1946年1月15日である。
越後長岡の東神田で産湯をつかり、長岡駅から100�胆菷鵬擲垢了佑蝶僂忙扱邯紊�
戻ってきた。百日風邪になり「もしかしたら駄目かもしれないと医者に言われた」
と、父は口ぐせのように言っていた。
 私の名前は八人兄弟の末で「八郎」というが、実際は九人目で、
もう一人2歳で亡くなった兄がいた。父が42歳、母が38歳の時の子供である。
そのためか、特に父親にはペットのように特別愛されて育った。
16歳、14歳、年上の兄と、その下に姉が4人、その下にすぐ上の兄がいて、
最後に私という構成であった。(2~3歳違いで、双子、年子は一人もいない)
終戦直後で両親は大家族の生活維持のため人一倍働かなくてはならない条件が。
産まれてから10年間の長岡のど真ん中の大手通の生活は刺激の強い環境にあった。

 東神田から大手通に連れてこられた生後三ヶ月後の記憶が残っている。
リンタクに乗せられて、大手通の家に行った記憶である。
そこでは、「福ちゃん」という喫茶店をしていたが、一年もしないうちに
止め、衣料品店に転業をした。

 そして2歳になった頃に、その店兼住宅を丸太を下にいれ、転がしながら、
近くの公会堂の前に引きずっていき、仮店舗を開きながら4F建のビルを建築した。
個人名義のビルは国内で始めてと市役所で言われたとか?その記憶が一つ一つ
記憶として残っている。人生を振り返って一番楽しい日々といえば、10歳までの
大手通のビルの立ち上げから、店の開店、そしてそこで起こった悲喜交々も日々。
 本当に刺激的な日々だった。
                  ヾ(@⌒▽⌒@)ノ バイ
・・・・・・
6225,閑話小題 〜贋作の世界 −1
2018年03月30日(金)
           「ピカソになりきった男 」ギィ・リブ (著),
   * 贋作の世界

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