堀井On-Line



7742、閑話小題〜 この非常時に何をしてる!

2022年05月11日(水)

   * 島国根性の極めとは…
 ロシアが隣国のウクライナに侵攻し占領をしようとして失敗、戦争になって
いる。ウクライナの背後にはNATOが有り、何とか持ちこたえているが… 
決着には数ヶ月は要するが、次は台湾と沖縄の尖閣列島か北海道の可能性が
出てきた。プーチンの独裁体制維持が背後にあるが…プーチンのボケの一念と
笑い飛ばすことは出来ない事態。戦時立法云云になるが、与野党とも、秋口の
選挙対策として表立てたくない。現実の戦争対策としての立法は、それは難問!
これでは北朝鮮、中国、ロシアに足元をみられる。悪い時には悪い首相で存在
するもの。この問題は、国会解散をしても真を問うべき事態。それさえも、理解
できないのが、この国の現状である。このパンデミックを逆手にとって隣国への
侵略とは… これが現実の国際問題。ウクライナも一歩間違えると、いま時分は、
ロシアの属国。多くがシベリヤへ送られ、国家としてのウクライナは消滅。
何とまあ、現実から目を背けるしかない島国の大らかさには驚く前に諦念である。
プーチンの抹消は当然だが、ロシア国家の解体に値する。100年前の世界と同じ道
をナゾッテいるような! としても、このままの政治路線で良いのでしょうか…

・・・・・・ 
7392,閑話小題 〜殿町の灯火
2021年05月11日(火)
   * 殿町を朝の散歩コースにしている酒友が言うには
 30〜40年と殿町を飲み歩いた酒友が言うには…
『 …昔、通った店の看板が意外と残っている。早朝でも、馴染みのママさんと
 出くわすが、70後半から80歳を超えようとするが、それが元気。…補助金が
効いているのでは? 地元では、酒場でコロナ禍で感染でもすれば、命取りに!
誰も飲み歩けない筈なのに… 』
 コロナ禍で、街中の飲食店、商店の入金が激減している上に、これ!
仲間内で店内で、こっそりと? これは厳しいはず。同店の管理職以上は、
毎日、眠れないだろうに! ネットで、検索しても、これが出てこない。
いや出ないようにしているのだろうか?

【 令和 3年 5月 3日
 お客さま各位 お客さま各位
長岡 信用金庫 信用金庫
 * 新型コロナウイルス感染者発生
及び追加発生 及び追加発生 に伴う対応ついて に伴う対応ついて に伴う
対応ついて に伴う対応ついて
 令和 3年 5月 1日、当金庫 日、当金庫 日、当金庫 日、当金庫 日、
当金庫 宝支店勤務 支店勤務 支店勤務 支店勤務 (従前、大島支店勤務 従前、
大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務
従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店
勤務 )の職員 の職員 の職員 1名の新型コロナウイルス感染がコロナウイルス
感染が ロナウイルス感染が判明しておりまたが、5月2日に大島支店勤務の
職員 3名の追加感染が判明。
当金庫は、関係機と密に連携を取りながら感染拡大防ぐべく組んでまいす。
経緯や対応等の詳細は、下記通です。
お客様には 、多大なるご不便 多大なるご不便とご迷惑をお掛けしているこに
つきま詫びとするともに 、ご理解と協力 を賜りますよう、何とぞよろしく
お願い申します   】
 ―
▼ これに類したことは、多くあるのだろうが… 城下町なるが故に…? 
 
・・・・・・
5170,人生相談という気晴らし! 〜
2015年05月11日(月)
              『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
   * 「いい人」やめて、「ろくでない」になれや
 母親の痴呆症と5年半の間、付合ったこともあり、相談者の切実な気持ちが
手にとるように分かる。兄弟の微妙な関係もあって、そう簡単に事は進まない。
ただ「いい人」を止めてしまうことには大賛成だが、「いい人」は簡単に止め
ようがないもの。介護は、それなりの強さと覚悟が必要になる。「ろくでなし」
にも、覚悟が必要。 正常と非正常の間を彷徨う肉親との同居は重く疲れる。
≪ Q: 〜母親の介護で、自分自身が壊れてしまいそうです!〜
 私は四十五歳で、現在母親の介護をしております。母の介護をするために
仕事を辞め、現在無職です。私には、父、兄、弟がいるのですが、まったく
母の面倒をみようとしないので、男一人で母の介護をしております。
 その母も痴呆が進み、モノの判断ができなくなり、外でゴミを拾ったり、
真夜中に叫んだり、私もその対応に、やり場のない疲れが溜まっております。
もういっそのこと、私も介護を放棄し、母親に早く死んでほしい気さえします。
同時に私まで気がおかしくなりそうなのです。しかし、これまで母親に世話に
なったことを考えると、それも出来ません。このように思う私はやはり
「できていない」人間なのでしょうか?
A: 〜「いい人」をやめて、「ろくでなし」になりなさい!〜
 これも失礼ながら、いらいらする相談ですね。あなたは、私の嫌いな
「いい人」なんですね。これまた細かい事情はわからないのですが、真剣に
考えれば社会的にはいろいろ道は開けると思います。お母さんには息子が三人も
いるのですから、三人でお金を出し合って、介護士を雇う、老人ホームに預ける
等々。(お父さんはともかく)ご兄弟がそれに協力しないのなら、あなたが介護を
続ける代わりに、彼らにあなたの心的・肉体的負担相応のお金を請求してもいい
でしょう。お二人がそれさえ拒否するなら、その原因は二つ考えられます。
一つは、あなたのご兄弟が「ろくでなし」だということ、もう一つは、あなたが
「いい人」という名の「困った人」だということ。「ろくでなし」と「いい人」
が共存すると、だいたいいまのあなたのような状況に陥ります。「ろくでなし」
は、「いい人」を骨の髄まで利用し続け、「いい人」は全身不満の塊になって
恨み続けるというわけです。一般に、人がある限度を超えて耐えるとき、碌な
結果を呼ばない。だから、なるべく避けたほうがいいのです。・・(略)
 あなたがお母さんを(間接的にでも)殺さないうちに、あるいはあなた自身が
「気がおかしく」ならないうちに、あなたは大変身する必要がある。つまり、
「いい人」をやめて、ご兄弟と同じように「ろくでなし」になることです。
そこで、私の提言はただ一つ。一度みんなを集めて、「俺だけおふくろの面倒を
見るのはおかしい!」と大声で叫んでみてはどうでしょう。「もう介護はやめる!」
ときっぱり宣言してはどうでしょう。つべこべ理由を言う必要はない。ことの
おかしさは、どんな「ろくでなし」にもわかるはずですから。一度、そういう
修羅場を経由しなければ、そしてみんなが全身ひりひりするほどの痛みを覚え
なくては、何も変わらない。もっとも、あなたがどうしてもそうしたくない、
そういう勇気がないというのなら、仕方ないですね。お母さんが死ぬまで、
あなたは介護を続けるしかないでしょう。お母さんを恨み、ご兄弟を憎み、
そして自分を責めて生きるしかないでしょう。≫
▼ 介護には、周囲の無理解がついて回る。「まだらボケ」が、その一つ。
 第三者が居るときには、緊張が入った正常状態に近いため、痴呆症の人との
同居経験がないと、「聞くと見ると大違い」と、勘違いをしてしまう。
で、「ろくでなし」と決め付けられる。 当人は今さら何をか!
私自身を振り返ると、見えてくるのが、「ろくでない」「いやなやつ」の影。
・・・・・・
6630,閑話小題 〜正面衝突の可能性もあった
2019年05月11日(土)
    * 他人事でない事故
 幼稚園児の列に右折と直進してきたオバサン2人の車が衝突、幼児の二人
が死亡した。やはり起こったかが感想。時どき、この判断で迷うことが多々ある。
2ヶ月ほど前にスポーツジムに行く途中の大通りで、右折しようとしたところ、
右折点滅をして直進してきた車があった。右折発進をしようとアクセルを踏む
瞬間だったが、何か嫌な予感がして留まったところ、その車はそのまま直進を
して通り過ぎていった。アワヤの大事故になるところ。私も右折サインを出した
まま、走っていることがある。ところで、こういううっかりミスに対する判断を
「自動運転車」は、どのように判断する?のだろう。
  〜ネット記事から〜
≪ 大津市の交差点で車同士が衝突し、弾みで1台が散歩中の保育園児の列に
 突っ込み、2歳の2人が死亡し1人が重体、園児と保育士の計13人が重軽傷を
負った事故で、大津署が事故車両に積載されたドライブレコーダーを解析
していることが9日、同署への取材で分かった。 自動車運転処罰法違反
(過失傷害)の疑いで逮捕された大津市の新立文子容疑者(52)の乗用車が
右折しようとした際、前方の安全確認が不十分で、直進してきた同市の
下山真子さん(62)の軽乗用車にぶつかったとみられる。≫
 ―
▼ 今回の事故で2人が逮捕されたが、状況をみるとドチラか一方が悪いはず?
と思ったが、案の定、一人が直に釈放された。直進する運転手の判断ミスの
ようだ。あの時の一瞬の勘は、何だろう? その判断で自らを助けたことに
なったが、思いだすたびに震える。私の車には車載カメラがついてないため、
事故っていたら、私の判断ミスと決めつけられる可能性もあった。
 40年近く前、通称『ありがとう事故』でオートバイを撥ねたことがある。
右折をしようと停車をしたところ、前の車が、停車をしてくれ、行けという
点滅をした。そこで右折をするとオートバイが、その車の左側から直進して
きて衝突して転倒。人身事故ではなかったのが、不幸中の幸い。保険内で
済んだが… 運転免許の取得の期間に、平均すると重傷事故を一回起こすと
いうデータがあるというが。 男女間の諍いを事故に類推すると面白い?
特に結婚生活。北欧では7割、アメリカで5割、日本は3割5分が離婚に至る。
問題は、子供に対する影響。世の中の大方の不幸は、両親の不和から起因する
性格形成で生じる歪みが多い。暴走車が人の列に突っ込むのを犯罪に例えると
何やら恐ろしくもなる。そう例える私の心象風景も問題ありますか。

・・・・・・
6267,閑話小題 〜「これ以上はいけない」と宣告する境界線 −3
2018年05月11日(金)
   * 「わかる人はわかる」というのは本当!
 過去を振り返ってみて、何度も、何故か「何か」に助けられたことがあった。
それが不思議である。母親も何時も危機になると不思議の力で助けられてきたが
口癖であった。それが幼児の頃に亡くなった父親だという。私のそれは何?
ユングの集合的無意識の家族バージョン、先祖バージョンか、原子脳の働き?
確かに霊感は、その人によって、時節によって強弱がある。両親の良し悪しで
人生の大方は決まってしまう。これも運。宿命は変えられなくても運命は変え
られるというが、そのためには、膨大なエネルギーの集中を要する。欧米では、
心の奥の院にアッラーの神が存在する。日本では多神教としても、その中核に、
仏教がある。太平洋戦争敗戦後、70年以上経過して、平和ボケしてしまった。
そこに情報機器の進化で、ネット社会が現実社会を覆ってしまった。神も仏も
ありはしない世界が日常になった。韓国や北朝鮮を「合せ鏡」にすれば解るが、
それ以上に危ないのが日本。
           《『街場の読書論』ー歩哨的資質についてーより》   
≪ …髑髏島の原住民たちがコングの人間界への侵襲を防ぐために建設した、
 あの巨大な「門」を想像してもらえればよろしいかと思う。 「かんぬきと
戸がしっかり機能している場所だと、私たちは「高ぶる波」のすぐ近くまで行く
ことができる。 聖人とは、「境を定め、かんぬきと戸をもって高ぶる波をおし
とどめる」人のこと。 私たち全員がそのような仕事をしなければならないという
わけではない。けれども、時どき、聖人が登場して、「かんぬきと戸」の点検を
することは私たちが人間的秩序のうちで生きてゆくためには必須のことなのである。
 私はかつてそのような仕事のことを「歩哨」(sentinelle)と呼んだことがある。
私たちの社会制度のさまざまな箇所で「ほころび」が生じている理由を私は端的に
「歩哨」の絶対数が減ったことだと思っている。 福島の原発事故は「恐るべき力」
を制御するための「かんぬきと戸」の整備と点検の仕事がほとんど配慮されて
いなかったことを示した。そこには会社の収益や、マニュアル通りの業務や、
自身の組織内の立場を優先的に配慮する人間たちはいたが、「あなたの高ぶる
波はここでとどまれ」と告げる「歩哨」仕事を自分に託された召命だと思って
いる人間はいなかった。
「境を守る」ことを本務とする人間を「戸」の近くに配備しなければならない
という人類学的な「常識」を私たちはだいぶ前に忘れてしまった。
戦争もテロも飢餓も恐慌もない、豊かで安全な生活が半世紀続いただけで、
日本人はその常識を忘れてしまった。 私たちの生きているこの狭く、脆い世界は
「境を守るもの」たちの無言の、日常的な、献身的な努力によってかろうじて
支えられているのだということを忘れてしまった。
崩れかけたこの社会の再構築のための急務は、「歩哨」の備給である。「境」に
おける歩哨のふるまいには定型的なマニュアルもガイドラインもない。もちろん、
一般的な「傾向」はあるが(それは神話や恐怖譚として繰り返し語られている)、
「存在しないもの」の侵襲はどのようなかたちをとるのかを私たちは正確には予測
できない。だから、歩哨たちには「どうふるまってよいかわからないときに、
どうふるまえばよいかがわかる」能力が必要なのである。
その「センサー」を研ぎ澄ますために経験的に効果的な方法が存在する。
宗教的な修業や武道の稽古は本来そのためのものである。
たしかに、そういうセンサーがきちんと機能している人がいる。
WTCへのテロのとき、「なんとなく外に出た方がいいような気がして」
ビルを出て難を避けた人がいた。その日に限って、「ふだんと違う行動をとって
生き延びた人」がどれくらいの数いたのか、誰かが統計を取り、その人たちに共通
する「生き方の傾向」を吟味するというのは興味深い研究主題だと私は思うが、
たぶん「非科学的」と一蹴されることだろう。でも、「わかる人はわかる」
というのはほんとうである。≫

▼ <「存在しないもの」の侵襲はどのようなかたちをとるのか>
 ・朝鮮戦争を勃発とする三次世界大戦なのか、
・数千、数億単位の犠牲者が出る、パンデミックか、
・首都直下型大地震か、富士山の大爆発か、三陸沖大地震による大津波?
などなど考えれば限がない。とはいえ、如何にもならないことが娑婆にはある。
「人生のデザイン」を自ら描き、それに近づく生き方をそれぞれしていけばよい。
難しいが、面白い時代でもある。 鼻歌を歌いながらスキップ? そりゃ無理?
顔が強ばり、泣き声になり、よろけながらも、人間は生抜いてきたんだから!
間違いないのは、「運の良い人は、何があってもプラスに出来る人。」
「運の悪い人は、何があっても運がない」ということ。楽天的に生き、幸運を
引寄せる生き方を心かけることですか。 周りは迷惑千万を承知の上で?

<わかからない人は、所詮はわかからない>のである。ならば…
で、以下の <「いい人」やめて、「ろくでない」になれや> に…
――
熊: せっかく、真面目に読んで来たのに… 今さら何を?
寅: 落ち落ちだよ。「わかる人はわかる」だがね、念のために。
大家: ろくでもない奴に、ろくになれと言ってもね。何だろうね。

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