堀井On-Line



7717,閑話小題 ~神様に崇めたてられ、スターリンの道を選んだプーチン

2022年04月16日(土)

 ◉ ‘ソ連再構築の道’を選んだプーチンのロシア、スターリン化の野望が、
さて如何に!’ 傍から見れば、彼自身の自虐の道である。 社会主義、
共産主義は自己コントロール不能が、明かに致命的欠陥が…。
神様ゆえに、悪事も許されるという勘違いが自覚できないから、恐ろしい。
アメリカとの軍事同盟が無ければ、ウクライナの代わりに北海道が狙われて
いたとも考えられる。太平洋戦争の敗戦で、ソ連は、北海道の半分の割譲を
要求した事実を下地に、三次世界大戦をネタにアメリカに揺さぶりをかけて…
など考えるにつけて、あり得ない話ではない。
 日本には、敗戦後、80年近くかけて、ロシア、中国が、国土にスパイが
浸透して、下地が充分に構築してある。日本の象徴の富士山の袂に長距離
ミサイルでも打ちこみ、北から攻め込めば不可能という事ではない。

◉ ロシア人の多い東ウクライナを独立させ、それを承認する。そして、
 攻め込む。頭の軽いリベラル派を頭に据えて、傀儡政権を持つ、理想国家に
権限を与えて関節領土化を図る。現在の日米関係も似たようなものだが…
 天皇の替わりに、ロシアの皇帝。沖縄は、琉球と改名して独立させ、中国の
領土に… リベラル派の琉球人を帽子に据えて、尤もらしい体裁をつくる。
満州を独立させたのだから、中国が真似て、どこが悪い… と国家間の
争いとは猿のテリトリー争いより性質がわるい。厳しい21世紀の到来である。
 ―
時どきアップ完了したのを翌日見て、不具合で不掲載を知りガックリとくる。
今朝が、そうである。まあ、毎日、大したことない日常を、真面目腐って…
それでも、書き残してこそ、それを自覚する。

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7367,閑話小題 〜東京オリンピックの行末
2021年04月16日(金)
    * スケジュールどおりに…
 4月半ば、それも首相がアメリカ大統領の就任挨拶の出発日に、スケジュール?
どおりに?…自民党幹事長がオリンピック中止の可能性に言及。聖火ランナーも、
出発したが、全く盛り上がりはない。国民が、この開催は無理と判断している。
それにしても、この混乱… 酷いもの。 如何でも好いことだが…
100年前も確か東京オリンピックが中止になっていた。
                   〜ネットニュースより〜
≪◉ 7月23日から予定される東京オリンピックについて、自民党の二階幹事長は
15日、新型コロナウイルスの感染状況次第で中止もあり得るとの見方を示した。
菅首相が五輪の実現に強い意欲を示す中、党の実力者の二階氏が表だって中止の
可能性に言及したことで、政権内に動揺が広がっている。二階氏は同日午前のTBS
のCS番組の収録で「これ以上とても無理だということだったらこれはもうスパッ
とやめなきゃいけない」と発言。「オリンピックで蔓延させたということに
なったらなんのためのオリンピックかわからない」とも述べた。
◉ 報道各社が二階氏の発言を速報すると、政府・与党内で「世論が中止の方向に
行ってしまう」(閣僚の一人)、「なぜ党の実質的トップが開催機運が低下する
ことを言うのか」(五輪を担当する中堅官僚)などと、その影響を危惧する声が
すぐに広がった。官邸幹部は「幹事長が公に中止と言うと、そこだけがニュース
になる」と頭を抱えた。公明党幹部も、コロナ禍での五輪への不安を念頭に
「抑えているものが崩れてしまう」と述べた。首相は15日夜、訪米前に記者団の
取材に応じ、二階氏が発表したコメントで「安全・安心な大会の開催に向け、
しっかり支えていく」ともつづったことに触れ、「政府としても開催に向け感染
防止に万全を尽くしたい。これは変わらない」と語った。
◉ 一方、立憲民主党の安住淳国対委員長は党の会合で「慎重に見極めなければ
ならない時期が来たのではないか」と訴えた。国民民主党の玉木雄一郎代表は
「客観的にみて開催は相当難しい。政権中枢がバラバラに思いを言い、国民、
アスリートを不安にしている」と述べた。≫
 ――
▼ この時節、当然の言明であり、遅いぐらいである。外地目線でみれば、何で
また、開催に拘るのか不思議だろう。 オリンピックも突き詰めれば利権絡みで
動きがとれないオリンピック利権団体の特別イベント! 被害者は、国内外に
多く存在するのに、アスリートだけが例外になるのか?

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6972,閑話小題 〜つれづれに…「新コロナ感染」について
2020年04月16日(木)
   * 日が経過するほどに、
 このパンデミックス、日が経過し、実態が表立つほどに、その酷さに、
未だに現実として受け入れられないのが現実である。居酒屋、スナックなどの
現場で<「志村けん」が亡くなった翌日から、来客がバタッと止まった>とか。
日銭でまわる現場は深刻。駄目なら、何処かでというのが、状況では、働き場が
皆無。昨日の朝日新聞の一面トップが「世界恐慌以来の大不況」の記事。
非常勤で食いつないでいる店員が、まず首を切られ、次が店の廃業が通り相場。
必死に老舗の店を開いてきたところも、救いようがない。
 個人店は、飲食業だけでなく、物販も然り。TVをみれば、首長が口を揃え、
『ステイ・ホーム』と宣う度にドッキリ。働く意欲がなくなる。 9年通った
スポーツジムも、日ごと会員の姿が減っている。
 平日の昼の時間帯は、7〜8割の中高年の男女の姿がみられたが、これも1〜2割
に激減。 お風呂と、プールとホットヨガ教室は閉鎖をしているのを加えると、
1割ほどだろう。 夜の店で誰一人も来なければ、それは悲観的になる。…
…それも、この数年来の災害と、不景気風で、体力を使い果たした上の、これ。
 ―
‘暫くすれば客足が戻る’という想いこみが拭えないようだが、これも疑問。 
かくも日常が脆くも崩れ去るとは… 私も9年前に、10年にわたった数羽の黒鳥
の飛来で、事業清算に至ってしまったが… それでも10年のスパンがあった!
 しかし、この一瞬のフリーズは2〜3ヶ月。考える間もなし!さて如何なる?
先行き予測不能とくれば…。 これは一種の自然災害で、怒りの矛先を見つけ
ようがない。 半年もすれば元に近い状態で収束しそうと期待したいが、これは
グローバルのフリーズ。 一人あたり月10万と、困窮家庭に30万のばら撒きも、
しれている。 誰も助けようがないのが実情。
 ―
「私の苦痛が少しは分かったか!」と、一瞬で凍り付いた世界中の相手に、
何も言っても仕方がない。 9年前に、「こんな有得ないような現実が次々と、
やってこようとは…」と思ったが、これは、そんなものではない。
このところ、午後から1〜2時間のスポーツ・ジム通い。今日は行こうか、行き
まいか迷う日々。「8割方、人との接触を減らせ」なら、あとはジムの休会だけ… 
私の寿命が75歳と公言してきたが、あと数ヶ月になってしまった。私にとって、
それに相応しい事態の到来かも! こうなると、リタイアの年金暮らしは気楽
だが、やはり、不安感が強い。残った充実感だけが、心の支え。
 ―
 韓国と日本の、この問題対応の差が表立ってきた。韓国は成人病対策では
劣るが、こと疫病対策は万全。その比較を知る程に、ふるい上がる。日本は
東京オリンピックの開催で、初動が遅れてしまった。アメリカのニューヨーク州
と同じ道を辿りそうだ。いや、より悲惨の可能性がある。クラスター<集団感染)
対策に重点を置き、乗りきりを計ったが、失敗だったようだ。あとに残るのが
ニューヨーク州の地獄絵。あと数日で、それが表立つのか?独自の行動変異を!
というが、如何だろう! あとは寝室のTV前と、パソコン前で大人しく巣籠り
しかない。あとは、ミニチャリ… …ということは、本来の習慣を繰返せばよい。
今までの疫病絡みの映画の世界が、今では現実世界になって、現れてきた。
敵は進化する細菌対人類の英知。 さて、どうなるのか。何かしら胡散ぐさい
臭いが気になるとしても、目先、乗りきらないと。
  まさかこんな現実に出あうとは。

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6605,つれづれに哲学 〜「遊び」について再び
2019年04月16日(火)
   * 遊びについて 
 これまで‘遊び’について、数多く書いてきた。 HP内検索で引き出して
よみ直すと、納得することが多い。人は、年代によって、その比重が変わる
としても、「良く遊び、学び、働くこと」の質量の拡充が必要である。
人生を振返えると、まず、「もっと遊んでおけば良かった」と、次に
「もっと学んでおけば」と。最後に「もっと働いておけば」と思うのが人の常。
その逆は少ない。「死を恐れる主要因は、やり残したことが多いため」。
その荷重が強いほど、「もっと楽しんでおけば」という後悔。底意地が悪い人の
性格形成の元が、これである。 目先の現実に溺れて、外海に出ようとしない
人たち。 地下の石牢の囚人のように、一生を常識の石牢の中で微かな光をみて、
外界の世界を思い知るしかない。その妄想は、所詮は石牢のそれ。遊びには、
うしろめたさが付きまとうことがある。それを払拭するには、遊びについての、
知識と経験が必要となる。内的、外的悩みや、心配事、不安を抱えた遊びでは
面白味が少なくなるが、それを背負って遊ぶことも遊びを面白くすることもある。 
忙中閑の遊びである。 躊躇するのは、その終わりに、虚しさ、寂しさを伴う
予感があるため。それでも、遊んだ後の爽快感と、満足感は、この上なく良い。
 遊びには、
・無邪気に遊ぶ解放されたものや、
・創造性の原点となる完全リラックスの遊びや、
・車のハンドルの遊び、
・日常からのトリップのための遊びがある。
 ウィトゲンシュタインが、「私の言語の限界が私の限界だ」と宣っているが、
‘遊び’も然り、<遊び楽しんできた限界が私の限界>。 その意味で、18年間
のブログの「テーマ日記」と、30年にわたる「秘・異郷ツアー」の集積には、
少なからず満足を…。 他人は人、私は自分の分際のこれ!と、思うしかない。
 これが際どい遊びほど、面白い! とくるから… もっと際どくともという、
後悔は有るか、無しか? 遊びは際モノほど面白いというが、過去形で想うと、
実に面白かった。

・・・・・・
2688, 「エリック・ホッファーの 人間とは何か」
2008年08月14日(木)                  
  ー遊びをせんと生まれけむー    −読書日記−
亡き佐治敬三氏がサントリーの会長だった頃(1995年頃)、
口ぐせのように言っていた言葉に「美感遊創」がある。
・「美」は、羊が大きいが語源。大きく艶やかな羊の美しさを表わしている。
  美に感応する心である。
・「感」は、感性、感動、共感。旅に出て自分の世界の外に出会って感動したり、
  絵画、音楽、映画、演劇などに感動することが人生を豊かにしてくれる。
・「遊」は、神代の昔から人間にとって一番大事なこと。
 「遊びをせんとや生まれけむ」と「梁塵秘抄」にあるように、人間は
 「ホモ・ルーデンス」。遊ぶことで人間性を回復し、活力を得る。遊び心。
・「創」は、新しい断面、局面を切り開いて、個性のある創造をすること。
  一瞬の新しいものへのシュンパツ力。
 以上だが、この4つが人間の心の豊かさの要素である。確かに、人生はこれを
磨くプロセスであった。この中でも、「遊び」が人間にとって最も有用な行為に。
「エリック・ホッファーの 人間とは何か」という著書に、遊びについて
次のように述べている。
《実用的な道具はほとんどすべて非実用的な関心の追求や暇つぶしにその起源
がある。最初に家畜化された動物ー小犬は、もつとも役に立つ動物ではなく、
もつとも遊び好きな動物であった。猟犬が出現したのはかなり後のことである。
最初に家畜化された動物は子供たちのぺットであった。おそらく,植物栽培と
灌漑も、初めは遊びとして行なわれたのである。車輪・帆、煉瓦なども遊びの
中で発明された可能性が強い。たとえば、南アメリカのアステカ人は車輪を
使わなかったが、足の代りにローラーをつけた動物の玩具をもっていた。
装飾が衣服に先行した。
  (字数制限のためカット2010年8月14日)

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