| 7595,閑話小題 〜そろそろ本格的冬の到来ですか! |
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2021年12月13日(月)
* 師走とはいえ… 冬の到来の時節だが、ふるべき時にはフルが良い。 地震、台風、噴火、 パンデミックなどが日常化した昨今、何もない方が不思議な感がするだけ。 情報機器の進化などで、全国津々浦のニュースが、全国区まで細部の出来事が 入り込んでくる。震度4未満なら、その地区だけにすればと思うこと屡々。 としても、災害が激増したことは間違いない。… 76歳も初体験。なる程、到達すれば、この年齢の肉体に魂が宿り、その苦痛を 味わう破目に。しかし経験、体験、知識の質量が増えた現在、それでも、何も 知らない自分に毎日のように遭遇する。 毎日が新鮮な世界と遭遇する現在、 味わい方が違ってくる。情報化の恩恵は、それなりに、受けていることになる。
人生とは困難解決の道すがら… 比較的順調?に生きてこられたことになる。 何処に大黒鳥が隠れている可能性がある年齢になってきた。…このコロナ禍で、 誰もマサカの坂に遭遇する可能性がある。それも人生だが…、それぞれの時節に 燃焼してきた実感があるので、気持ちは穏やかである。でも、思いもよらない 事態が来ても、何ら不思議でない。とにかく何れの時節にも、一期一会の思いの まま、書き残してあることも、気持ちを和らげる。 年々、日々、これ好日の 心がけが、苦難・苦痛を小さく納めてくれる。 ・・・・・・ 7240,閑話小題 〜ラスト♪ソング =2 2020年12月13日(日) 『ラスト♪ソング』佐藤由美子著 目を閉じて、自らのラストソングを考えると、思いのよらない曲が魂の底 から湧き上がるのは何だろう… これはと思う程に次々と湧き上がる。魂の 故郷は、幼児の頃の原風景というが…こういうこと。 4〜5歳頃の年末、年始 のジングル・ベル、ホワイトクリスマス、正月ソングなどなど、姉、兄と過ご した曲が次々と…。 両親が長岡戦災の焼け跡から、新しい事業を立ちあげようとしていた時節。 子供ながらに、毎日が新しい経験を家族供ども、生きていた。そのバック グランドには、流行歌が流れていた。地元の駅前の一等地には次々と競合店が 近隣に出店。子供ながらに眠れない日々が続いていた。 頼れるのが、その日の 売上。一つ間違えると、一家が路頭に迷うのが商売。そのため、両親だけでなく、 兄姉たちは、家族として結束をしていた。それらもあって、この本には直に反応。 魂の底流に流れているのが、特に年末の繁盛時に流れていた流行歌。死ぬ時は、 これらのソングが、『ラスト♪ソング』になる。 この本を読みながら、20歳時に創業を思いたったのが、正解だったと気づく1! 人生のピークポイントは、あの時節に有ったようだ。 激流に漂う木の葉に、 家族がシガミツキ必死に生きていればこそ、そこが魂の故郷! そのバックグランドで流れていた音楽こそが、『ラスト♪ソング』になる。… …当時の現実は、そう甘くはない。兄4人のうち、3人が、その渦中に亡く なっていた。姉4人は、緊張の日々の中で、欠けることもなく生き抜いたが、 敗戦からの再生プロセスでは、極限状態にあった。それは我が家族だけでなく、 一般国民が総じて同じ状況であった。このコロナ禍で、危惧しているのは、 世界戦争である。いつ何時、戦争勃発の可能性があるため!独裁者にとって、 混乱をする程、権力が集中するため、欠くことが出来ない物語のなるからだ。 トランプのように、わざわざ、世界とアメリカを分断しようとする企みと 想えてしまう振舞いもあった。 …まだまだ序盤でしかない。
≪◉ 死が迫った患者にも聴覚だけは残っている。著者が音楽療法士として最初 に担当した80歳の末期がん患者テレサはほぼ意識がなくて眠ったままだった。 ベッド際には息子と娘が見守っていた。 著者がギターを弾きながら「エーデル ワイス」を歌うと息子と娘が母親との思い出を語り始めた。その後でリクエスト に応えてテレサの好きだった「きよしこの夜」を著者が歌い始めるとテレサに 変化が起こった。それまで閉じていた目がまばたき、やがてしっかり見開き、 にっこりと微笑んだのだ。そして、著者が最後のフレーズを歌いきり、歌声が 消えると同時にテレサはゆっくりと息を引き取った。(1章、きよしこの夜)
◉ 音楽療法とは、患者とその家族の心身の健康の回復、向上をめざす音楽を活用 した治療法である。この治療法は、死に直面する患者のための施設である ホスピスにおいてとりわけ重要な役割を果たしている。患者へのケアは、患者が 残された時間をどれだけ有意義に過ごせるかに焦点を当てるが、そのために音楽の 力が役立つのだ。著者は19歳で渡米し、大学院で音楽療法を学んだ後にホスピス 専門の音楽療法士として10年間働いてきた。本書には著者にとって忘れられない 10人の患者のエピソードが曲とともに紹介されている。
敬虔なカトリック信徒であった母親 =「きよしこの夜」 ジャズシンガーだった老人 =“What a Wonderful World” 囚人の息子との別れ =“Love me Tender” 長男の高校卒業までは生きたい =「輝く日を仰ぐとき」 死の前に知る大切なこと =「千の風になって」 よみがえる忘れられない恋 =“Unforgettable” 一人娘を残しての別れ =「椰子の実」 母を亡くした深い悲しみ =“The Rainbow Connection” 受け継がれるユダヤ人の悲しみ =“Over the Rainbow” なつかしの沖縄の海 =「すべての人の心に花を」
―― ▼ 自分の人生の最後に聴きたい曲は何だろうか? あれこれ迷い、自問して 生きていくのは悪くない。死を意識することは強く生きることに繋がる。 設定していた死期に後1ヶ月。 あと数年は生きそう?、ピンコロは如何だろう。
・・・・・・ 6847,閑話小題 〜「13日の金曜日」 2019年12月13日(金) * 今日は「13日の金曜日」 さて、今日は数年に一度はある13日と金曜日が重なる一日。 その前後に騒がれるが、記憶には、大した問題は起こってはない。 ネットで、その辺りの解説ニュースを見ると、アルアル… ― 《12日(木)は英国総選挙、13日(金)はメジャーSQ、12月調査の 日銀短観も発表される。欧米で「金曜日と数字の13は不吉」という概念は、 キリストの最後の晩餐が金曜日に催されたと広く信じられ、その場には13人 の人物がいたので、13が不吉と見なされるようになったという。 米国の国家標語は「IN GOD WE TRUST(我々は神を信じる)」で、 紙幣・硬貨にも表記されている。 トランプ氏は支持基盤に配慮し、「神」を 否定するような共産主義・中国とは厳しく交渉に臨むだろう。12月に入り、 米中対立は通商・ハイテク分野から香港・ウイグルなど統治問題へと変貌、 今後、どうなるか予測困難、師走相場に寒風が吹くかもしれず冷静に構えたい。》 ― ▼ 何やら現状はバブル崩壊時の日本経済に空気が似ている。日本にとって、 太平洋戦争以来の敗戦で、甚大な衝撃だった。そのツケは、現在の国債発行高 が示している。アメリカの国家戦略の陰謀で、敗戦後からの蓄えを、そっくり、 持っていかれた。12月に入って、米中対立は通商・ハイテク分野から香港・ ウイグルなど統治問題へと変貌、今後どうなるか予測困難で、師走に寒風が吹く 可能性がある。 ― * 楽観的って 寒さが増す師走は悲観的になりがちだが、今日は〔師走+13日の金曜日〕 アメリカは狂信的キリスト教国家で、どうしても神経が敏感になるのだろう。 そこで逆に「楽観的」の意味を調べると… 小さなことに気を取られず、 明るい気持ちを表す言葉だが、最近、妙に納得する楽観論を知った。 〔あるがままでいれば、何とかなる。何故なら、これまで、そうだったから…〕 なる程、節目の度に、そこで想うこと、そのもの。これ、一休の名前の由来の歌 「人生は、この世からあの世のまでの間の一休み」や数々の奇行、腐敗した宗教界 への批判、そして悟り…数年後、弟子たちが本当に困り果てその手紙を開けると、 中には「心配するな、大丈夫、何とかなる」と書かれていたという話に似ている。 哲学者・アランの言葉には、「悲観は感情、楽観は意志」がある。東洋では、 二項対立をしたがる西洋的なやり方は、整理・分類には適し、あまりに整理し 易いため「東洋哲学の深さ」というものを抜かしてしまい、本質的なものを 忘れてしまう傾向になる。
・・・・・・ 5386,閑話小題 〜クソバイス 2015年12月13日(日) * 立場かわれば、クソバイス 「クソバイス」とは、「クソ」と「アドバイス」と掛合わせた造語。 アドバイのつもりが、言われたほうからすれば、クソ!という屈辱の言葉 を浴びせられたにすぎない。過っての具体的嫌味を言われた経験を街角で (女性に)聞くインタビューを放映していた。 アドバイスそのものは、 上から目線。それが正しいほど、相手を傷つけることになる。私も何人も、 これで傷つけたことか!このブログ自体、多くのクソバイスが埋まってる? 〜ネットで、私がみた番組を検索すると、以下のとおり〜 ≪ 12月7日に放送された日本テレビの番組「スッキリ!!」で、 「クソバイス」という言葉が特集され物議を醸しています。 この言葉の意味は「クソみたいなアドバイスで、一見アドバイスみたい だが上から目線で自分の持論を押し付けること」ですが・・ 番組によれば 「クソバイス」という言葉は犬山紙子さんが作った言葉 番組では、「あなたが受けたクソバイスは?」という質問を街の人たち にしていた。 〜次のような人たちがインタビューに答えていた。 ・ママ友に「働いていたらお子さんが寂しがるよね」と言われた47歳自女性 ・彼氏がいる友人に「恋愛は頑張るものじゃない」と言われた20歳女子大生 ・ママ友に「赤ちゃんぽくしないためにはお母さんも努力をしなきゃ」 と言われた 49歳保育士。子供の発達が遅かったらしい ・上司に「もうちょっと日焼けしたら」と言われた 23歳アパレル非常に肌の色が白い女性 ・女性の上司に彼氏を作りたいと相談したところ「短いスカート履いたら」 と言われた 26歳会社員 ・旦那の母から「ママらしい格好を」と言われた 26歳のギャルメイクママ ・旦那から「ママの格好をしなさい」と言われた 30歳女性 ・旦那に「いつも一緒の服を買うので違う服を買えば」と言われた35歳女性 この言葉を作った犬山紙子さんは「クソバイスで悩むのはもったいない。 クソバイスの場合は真剣に悩まない。受け流すのが一番いい」とアドバイス。 コメンテーター陣からは、 「クソバイスを聞くことがある。"あなたのことを思って言うけど"というのは クソバイス」という意見や、逆に「言われているうちが花」「言われないと 寂しいから言って欲しい」「愛情の表現だし、そこには真実もある」も。 ≫ ▼「クソバイス」も悪くはないが、造語で、「ヘド」を絡ませた「ヘドバイス」 も考えられる。 最近、中古ビルを購入して得意満面の人に、 『バイパスか高速道路の出入口を間違え、逆走を始めた車と同じじゃない。 気が狂った?』と、思わず叫んでいた。4年前に4つの中古ホテルと、一つ の駐車場を持つビジネスホテルを清算。その結果、過大借金から開放された 経験をしたこともある。その前にも中古ビルの購入で、数億の損失経験も あって、思わず、「クソバイス」を叫んでしまったが、本人は目をパチクリ。 それと、知人が二つの中古ビルの処分で苦労しているのを身近で見聞き している。 果たして「高速道路の逆行」は言いすぎの、クソバイス? 「中古ビルは、ババ抜きのジョーカー。最後に引いた者が負け!」 これだけは経験しないと分からない。 中古の飲食ビルを次々を買い捲って いる得意満面の知人がいたが・・「どんなに安くても買ってならないのが 中古ビル」が私の経験が教えてくれた教訓。 私が30年間経営していた ホテルを競売で半値八掛で購入、同じホテル名で経営している現オーナーの 苦渋の姿が目に浮かぶ!それも私の妄想かも?都会のビル郡のオーナーは、 不良物件を、あれだけ抱えていることになる。数年後に、ハイパーインフレが 生じれば、先を読んでの正しい投資になる。 ハイパーインフレは、根こそぎ 社会を破壊するからやはり正しくない、とも考えられる。『貸ビルという長期固定 投資は、激変の時代に問題あり』が、助言の資格がない(逆にある?)私の 「クソバイス」。 長期投資は難しい!が、経験上の実感。あの空きスペースに 過剰人員を抱え込む可能性がある。それより、投資物件に資金が縛られる のが良くない。長期の結果が歴然とするのは5年〜10年後。その時は、その時? まったく、こんなことを言いえる立場じゃないが、言いたいのだろう、この男!
・・・・・・ 6483,閑話小題 〜注意に注意しても、転倒!… 2018年12月13日(木) * あわや、後頭部の打撲に ベランダのインコに餌をやろうと、篭の前の折りたたみイスに座った瞬間、 布地の底が真っ二つ。後ろ向きに転倒、あわや後頭部を打つところ。…どこで 災難が待っているか! 10数年もドンと思い切り座るため制度疲労のため。 躓きの転倒、階段の下り、風呂場、自転車には、特に注意を払っていたが、 思わぬところで… ひと事ではない、危ない危ない! 家内の知人の転倒話は日常的に聞いていた。一週間前に、3月に一度位、お茶を する友人が利き腕を骨折するなど…。骨折は主に腕か、足腰になる。どっちらも、 厳しい状況。問題は、それを起因とした運動不足と、それによるストレス。 50歳半ば頃から、知人や学友が、転倒で半身不随などで看護生活の人が 出はじめ…。その結果、運動不足やストレスで、ガンや、鬱病になリ… 現実はシリアス。 ということで、注意に注意をしていたが、思わぬところに 落とし穴。先日の東京の同級会でも、股関節の骨折の話になり、骨折保険に 入っていて助かった旨の近況報告があった。 ガン、脳卒中、心臓病の三大 成人疾病病の他に、思いもよらない骨折の伏兵が控えていた。リタイア以降、 飲酒機会が激減したが。家の中のチョッとした隙に転倒する可能性がある。
・・・・・・ 4289, 学ぶということ −3 2012年12月13日(木) 「最終講義 生き延びるための六講」内田樹著 * 教えたい人間が引き受けるべきリスク ー教育の原点 教育だけでなく、事業も、忘年会の幹事も全てに通じる内容である。 何かを引き受けたり、事業を立ち上げたようと決心した瞬間から全うしよう とする自己責任が起きる。これは誰の問題でなく自分の問題。決心と実践の 本質の問題。著者は教育者のため「教えたい人間」が主語だが、実は 「実践者としての人間」が、引き受けるリスクのテーマである。 ー まずは、その辺を書き出して考えてみる。 ≪ 教えるということは本質的には「おせっかい」だということが骨身に しみたのは、ある出来事のせいです。・・80年代の中ごろ道場を始めた。 台風がきて、一時間くらい薄暗い体育館の中でまっていたけど誰も来ない。 そこの道場の中に座りこんで、来るか来ないかわからならない門人が来るのを 待っている。これは理不尽でないかな、と。 「だいたい、ただ同然のすごい 安い月謝で教えているのにさ、ちゃんと来いよな」と思ったり、だんだん気分 が沈んできた。そのときに体育館の鉄の扉がガラガラと開いて、近くの中学生 が顔を出した。「あ、先生いたんだ。今日台風だから稽古ないのかと思った」 「台風でもやるよ」。それから二人で一時間くらい稽古をしました。 そのとき、外で嵐が荒れ狂う暗い体育館で腕組みしながら、誰も来ない畳の 上に座って待っていたときに、僕は覚悟したんです。人に教えるって、 多分こういうことだろうって。誰も「教えてください」と言ってこないけれど、 こちらが「教えたい」と言って始めた以上、教える人間はこのリスクを引き 受けなければ! そう思ったんです。誰かが扉をあけて来てくれるまで、 待ってなければいけない。畳を敷いて、準備体操をして、呼吸法もして、 いつでも稽古できるように備えていなければならない。それが「教えたい」 と言った人間の責任の取り方じゃないか、と。そのとき、教育というのは 多分そういうものと思ったのです。27・8歳の頃でしたが、気持ちは 今でも変わっていません。それが僕のなかの起点的経験としてあるのです。≫ ▼ 新潟で30年近く前に立ち上げた会が、今でも続いている。私は10年ほど 前に抜けたが、先日、参加してきた。私の経験からして幹事は大変。 これを立ち上げに際して、3年は続ける!が、後は成り行き次第と決心をした。
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