| 5827,閑話小題 〜しまった! ー人工肛門の話ー 14 |
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2017年02月27日(月)
* 人工肛門の現実 人間として、人工肛門をつけることほどの屈辱はないだろう。その運命を 受け入れ諦念に至る自己葛藤は並み並みならぬはず。そこに(シリ)アス な究極の心理のアヤを見いだす。 生きていればこそ人生。〜その辺りから〜 【 あるミシガン州の病院で行った調査がある。人工肛門の形成手術を受けた 半分が一時的人工肛門ですんだが、残りの半分は永久人工肛門だった。すべての 患者は半年にわたって、生活全般の満足度評価するよう依頼された結果が意外。 永久肛門の患者の満足度がどんどん、改善された一方で、いずれは普通の肛門に 戻せる患者は不満をかなり残していた。 なぜか? その研究者の結論は、 「なまじ希望があると、適応が妨げられる」というものだ。つまり、逃げられない 状況に陥った人は、受け入れることを学んでいく。そして、早く受け入れられれば、 それだけ満足度も高くなるなる。 この発見は、フロイトの時代から蓄積された 心理学の研究の結果と一致している。… 言葉を換えば、人は「適応」する。 だから遠目から見ると、こんなはずでなかったと思うことが多いのだ。】 ― ▼「なまじ希望があると、適応が妨げられる」は、この6年来、実感してきた。 「まさか自分が」と受け入れるには、あまりにも、そのギャップが大きいが… 逆に、ギャップに過剰適応で楽しんでいる自分が「何ともはや」が現実。 45年かけた「起承転結」の実業人生。その<「結」の結果は重要だが、人生 全般からみれば、あくまで二次的要因>と受け入れれば、それが「結」になる。 最後の決断直前の3・11東北大震災が後押しをした。その奇妙な偶然の重なりに、 「よりにもよって」と、不思議な感覚になっていた。シンクロニシティである。 既に亡くなった知人の二人が、大腸ガンで人工肛門をつけていた。 体裁屋だった二人が意外なことに、それまでよりも、明るくなっていた。どん 底から這上った(生きているだけ儲けもの)の諦念が、明るさに加わったため。 私の場足、会社清算における諦念に至る葛藤から見える、それぞれが持つ 「バイアス(偏見)」の観察と分析が何とも面白い経験。それぞれが持っている 薄っぺらな解釈?と、実態間のギャップが透けて見える様。これも、あくまで 自分の思いこみ。そうこう考える心奥の静かな対話の面白さ。それは過っての 人生を見つめ直すことにもなっていた。 あと一月余りで、『死んで花見が出来ようぞ』の時節。 激変の最中、今年も面白い年になりそうである。 『まさか』の坂さえなければよしとする。そういう年齢か。 ・・・・・・ 5461,こう生きて、こう死にたい −1 2016年02月27日(土) 「こう生きて、こう死にたい 」津本 陽 (著) * 織田信長は超現代人 当時の織田信長の戦略・戦術を駆使すれば、欧州全体を凌駕できる 能力があったという。群雄割拠の戦国時代の中 何の先入観も持たず、 与えられた条件の中で、整理をし、再構築し、判断、実行して、天下を 治めたのだから、想像を絶した能力がなければ不可能。何時の時代でも、 日本人の信長好きは変わらないが、それだけの人物だったようだ。 〜まずは、アマゾンの内容紹介より〜 <人生は一場の夢。この時代をどう生きるか。人間50年、運命の不可思議、 神仏の効験、サムライの美学、勇気と臆病など、津本・自らの作品から 抜粋した、歴史の英傑群像に学ぶ箴言集。> 作家・津本の以下の説は、当時、話題になっていた。 ≪☆ 私は織田信畏のことを、超現代人のと呼んでいる。なぜかー。 現代人は学校教育の恩恵をうけて大変知識はあるが、物事を判断するとき、 教育によってえた学識や先入観にわずらわされてしまい、自分が本来もって いる叡知、あるいは思考力を発揮できないでいる。それに対して信長は現代人 よりはるかに理性的で合理的。既成のすべてを疑ってかかり、与えられた条件 を自分のなかで整理し、再構築し、判断する。実行するに当たっては果断。 それゆえに、私は信長を‘超現代人’と呼ぶのである。 『旋風陳信長』 ☆ 信長の性格の際立だった特徴は、意識のうちに何の先入観も持っていない ことである。戦国期の侍は、大義名分によって行動した。彼らが依拠した 武家社会の枠組みは、「すべての武士の主人は将軍である」という約束である。 武田信玄は、将軍の補佐役になるのが生涯の念願であった。上杉謙信は、 足利将軍家の分家である関東公方の管領職(副将軍)になるのが、生涯の念願 であった。彼らはいずれも、自分の生まれる以前から社会に自然物のように 存在した、社会の枠組みに立脚して、行動をおこそうとした。 だが、信長は何物にも絶対的な価値を認めない人物であった。領国、金銀、 官位にも、それ自体の属性としての絶対的価値を認めず、自分の置かれた 状況に応じて、それらがどれほどまで利用できるかという、利用価値の判断 をするのみであった。 『乾坤一滴』 ☆ 明晰な論理を展開し、合理的判断をした後は、迷わず、自ら信じた道を 押し進む。そして潮時を計って、攻める時は一気苛性に、退く時は、躊躇 しないのが信長の戦いぶりであった。 『武将の運命』≫ ▼ 1575年、織田信長が3000丁の鉄砲を三列に並べ連続射撃を行い、無敵の 武田騎馬 軍団を打ち破ったが、これは欧州でもなかった画期的戦術。 この戦術を使えば欧州を制覇出来たのではとさえ言われている。死を賭けた 勝つか負けるかの瀬戸際で考えたため、次々と戦略・戦術が湧き出てくる。 当時の最先端の鉄砲に柵を立て、騎馬軍団の進軍を阻止し、その後ろから、 三列の鉄砲隊の合理的射撃。当時の鉄砲の射程は短く、再発射まで時間が かかる。戦慣れしていれば、次の射撃までの間に敵陣に切り込むが、近づいた 彼らを待っていたのは第二陣の射撃。更に追い討ちをかける第三陣がいる。 そして再装填を済ませた第一陣と繰り返えす。どれもこれも、当時は、想像も 出来なかった戦術、戦法。 後講釈の説があるとしても、『超現代人』の 言葉に何の違和感が出てこない。 ・・・・・・ 5097、遊ぶこと ーうさ晴らし 2015年02月27日(金) 〜「人間であること」時実利彦著 * 遊ぶこと 〜うさ晴らし ≪ ・第二の遊びはうさ晴らしである。新皮質の理性、知性に抑圧されている 辺縁皮質の本能の欲求と情動の心をかなえさせる。人間は、集団生活の中で、 フラストレーションがおき、その辺緑皮質を乱しかねない。そこで、あらゆる 手段で、それを解消しようとする。それは原初から存在している遊び、つまり、 歌であり、踊りであり、お酒(酩酊)である。 新皮質は、アルコールに 非常に敏感で、辺縁皮質がまだまいってないのに、さっさと麻痺してくれる。 ほろ酔い人生は、「鬼のいぬ間の心の選択」、「うさの捨てどころ」になる。 もう一つの手段は、リズミカルな刺激を脳に与えることで、統合の座である 新皮質の活動が弱まり、理性や知性の抑止力が鈍り、そのすきに、心の憂さを 晴らしてくれる。 アルコールで脳を麻痺させ、歌をうたい、踊ることで、 溜まったストレスを発散させる。 (『ルバイヤード』小川亮作訳) こよい、また、あの酒つぼをとり出してのう そこばくの酒に心を富ましめよう 信仰や理知のきずなを解き放ってのう ぶどうの樹の娘を一夜の妻としよう これは、ハムヤードの有名な4行詩である。 ぶどう樹の娘は、ブドウ酒。酒の効用を心にくいまでに歌い上げている。≫ ▼ スポーツジムは「うさ晴らし」に最適である。ポップスなどの音楽を バックに、合同でエアロをするのも場所が場所のため、抵抗感がない。 居酒屋もカラオケもしかり。ストレスは万病の元、前向きに発散することだ。 事業も人生も、生きている限りフラストレーションが起きて当然。 その数倍のストレス解消のスケジュールを日常に組みこんでおけばよい。 だから花金(金曜)には、サラリーマンが居酒屋、スナックで羽目を外す。 これをやり過ぎて、何度か大失敗をした。しかし、これが無かったら、 ストレス障害で早死していた? 私の一番の「憂さ晴らし」は異郷ツアー。 仕事と、アルツハイマーの母との5年半の生活と、事業のストレスが重なり、 非常に危ない状態で、ストレスでストレスを解消するしかないと、敢えて、 短期間で発散できる恐怖の異郷ツアーに参加してきたが、これが即効!だった。 ・・・・・・ 4732,閑話小題 ー年金生活者になって垣間みえてくる貧困問題? 2014年02月27日(木) 年金生活に入って、事業人生の気の張りも緩み、かわり映えのない日々が続く。 年金生活になれば、娑婆ッケも抜け、今さら欲しいモノも、してみたいコトも 然程ない。還暦までが人生の面白いところ。あとは、自然の流れに身を委ねて、 日々、面白、可笑しく生きることを心掛けるしかない。生活に心配ない収入が あるかないかだが、自然に適応するから不思議。同世代が、二ヶ月後から古希。 残された人生の期間が、あと平均10年になる。そのうち9年間が介護を必要 とする、というから、そう甘くはない。比較的恵まれた環境の生涯だったが、 ここにきて、周辺が寒々とした空気になってきた。貧困問題である。 以前も書いたが、世界と比較した相対的貧困問題である。この東北震災の 影響が今後、さらに深刻になり、日本は貧乏国になることは避けられない。 以前にも少し取り上げたが、ーその辺りをネットでみるとー 《 日本の貧困率についての最新のデータ、OECDの2009年の統計によれば、 日本の相対的貧困率は16.0%で、この年に調査された中では、イスラエル 20.9%、トルコ19.3%、チリ18.5%に次いで4番目に相対的貧困が高い。 同年調査された韓国(15.3%)よりも高い率。2009年には調査されなかったが、 かねて貧困率が高いアメリカ合衆国が17.3%(2010年)、メキシコが20.4% (2010年)である。日本より貧困率が高いメキシコ、トルコ、チリはいずれも OECDには加盟しているが、先進国と言える経済力ではないため、日本は先進国 の中でイスラエル、アメリカに次いで3番目に貧困率が高い国になる。 逆に西欧諸国は大半が10%以下、全調査国中最も低いスウェーデンとデンマーク の5.3%を筆頭に、北欧の貧困率が低い。厚生労働省の調査では、日本の相対的 貧困は2009年の時点で16.0%は、データが存在する1985年以降で最も高い数値。 2007年の国民生活基礎調査で、日本の2006年の可処分所得の中央値(254万円) の半分(127万円)未満が、相対的貧困率の対象となる。これは、単身者では 手取り所得が127万円、2人世帯で180万円、3人世帯で224万円、4人世帯で 254万円に相当。日本は、かっての調査で北欧諸国並みの水準で「一億総中流」 と言われたが、1980年代半ばから2000年にかけて貧富格差が拡大し相対的貧困が 増大した。なお、ジニ係数と相対的貧困率は定義が異るので一概に比較は 出来ないが、単身世帯を含めたすべての世帯における年間可処分所得(等価 可処分所得)のジニ係数で国内格差をみると日本はアメリカ・イギリス・ カナダ・オーストラリアの英語圏諸国より格差が小さく、フランス・ドイツと ほぼ同程度の格差であった。相対的貧困率は、1980年代半ばから上昇している。 この上昇には、預貯金や不動産を所有しつつも収入は年金しかない「高齢化」や 「単身世帯の増加」、1990年代からの「勤労者層の格差拡大」が影響を与えている。 「勤労者層の格差拡大」を詳しくみると、正規労働者における格差が拡大して いない一方で、正規労働者に比べ賃金が低い非正規労働者が増加、また 非正規労働者間の格差が拡大しており、これが「勤労者層の格差拡大」 の主要因といえる。》と、やはり深刻である。 ▼ 年金生活に入って、家にいるケースが多い上に、見栄など、どうでも良い 年齢だが、それでも思わぬ出費が次々かさむ。リーマンショックによる静かな 恐慌と、大震災による影響で、マイナスの影響を受けるのは、貧困層。我われ 世代は「良い時代」を生きてきたが、これから「悪い時代」に生きることになる。 良い時代を知らないから、それが当り前? ・・・・・・ 4365, セックスがあいさつ代わりの類人猿 2013年02月27日(水) 『あなたのなかのサル』 フランス・ドゥ ヴァール 読書の合間に、Youtubeの他に、アマゾンのネットサーフィンをしている。 で、見つけたのが、この本である。ボノボの、この習性を知ってはいたが、 立ち読みでも面白い! これが人間の隠された本質かもしれない。 ーまずは、ともあれ、この中の一節からー ≪ セックスがあいさつ代わりの類人猿ボノボは、発見が遅かったにせよ 人間のタブーに接触のためか、あまり知られていない。何と一時間半に一回 セックスする。体格的にもずん胴なチンパンジーよりスマートで、より人間に 近いと思われるこの類人猿、そのため動物園にもTVのお茶の間にも登場しない。 このフリーセックスというか、挨拶代わりのセックスは、子殺しを防ぐことから 起こったのかもしれない。父親がわからなければ、外から来たオスに殺される ことが防げる。セックス相手のオスから庇護を与えられるからお得である。 ボノボでは若いメスは相手にされない。熟女が歓迎される。若いメスは性皮の 腫れをパスポートにして、新しい集団におちつくのである。ボノボはメスの ほうが権力をもつ。メスはほかの集団のオスともセックスすることによって、 オスの縄張りの意味をなくして、ボノボは平和な社会の可能性を開くのである。 人間はセックスを社会生活から隠す。あいさつ代わりのボノボと違って、 セックス相手をひとりのオスに絞ることによって、育児の支援を受けるのである。 ために家が必要になった。チンパンジーは劣位のオスはセックスをとがめられる。 人間はチンパンジーのように縄張り意識や外集団に対する攻撃心をもち、 メスを囲い込む。子孫や経済の共有がないから外集団との争いが絶えないと 思われるのである。ボノボのように子孫と食物の共有が広くおこなわれる 必要があるのではないかとヴァールはいう。人間はチンパンジーのように 縄張り意識や外集団に対する攻撃心をもち、メスを囲い込む。 子孫や経済の共有がないから、外集団との争いが絶えないと思われる。 ボノボのように子孫と食物の共有が広くおこなわれる必要があるのではないか とヴァールはいう。チンパンジーには集団での権力闘争や序列関係があり、 観察記録には如実にそれが現れる。人間はそれがあたかも存在しないか のように暮らすから、動物たちの観察記録が参考になる。 動物たちは序列を明確にする。それをボティランゲージではっきりとわかる ように表わす。劣位の者は腰を低くしたり、腹を見せる。 人間には序列があるはずだが、それを明確に表わさないし、ときには無意識に 行っているのに意識の底に潜りこませるのである。それを明確に意識の昇らせる ために、このようなチンパンジーの観察記が役に立つのである。≫ ▼ Youtubeに、この映像がある。(今日のバードウォッチに掲載) これをTVで放映は出来ないのは当然。人間に最も近い類人猿の永年かけた 知恵というから考えさせられる。食肉系女子を重ねると、いやに納得する。 近親間ではどうかは、分からないが、恐らくないのだろう。 考えてみれば、これが桃源郷の世界ということ? 一時間半に一回ですか! ・・・・・ 3990, 日本の、今そこにある危機 2012年02月27日(月) 産経新聞一面に世界協力銀行の企画部長の論説【日本の、今そこにある危機】 の論説が現在の日本の実態を分かりやすくまとめてある。これが現在の日本。 * 日本のGDP(一人あたり)2000年には世界第3位だったものが 2008年には23位に低下 * 国際競争力は1990年には世界1位だったが2008年には22位に低下 * プラント(生産設備)輸出では2006年に韓国に抜かれ、今や成約実績で 3倍以上引き離されている * 貿易収支は31年ぶりに赤字転落 * イギリスエコノミストは『自動車の海外生産比率が2003年の49%から 2014年には76%まで上昇する』と予測。 * 日本の国と地方の債務の対GDP比率は213%でイタリアの129%を 大きく上回っている。 * サマーズ元財務長官(オバマ政権経済顧問)は『日本はもう終わっている』 ▼ 莫大な借金を政府部門が抱えているのに金利が上昇せず、円高が続くのは、 債務の95%を国内で保有しているため。このマイナス・スパイラルも、 ますます加速しているが、これに対し政治が混迷をし思い切った対策が出来ない。 もう「日本は終わった」のか? 更に東北大震災と、首都直下型地震と、 東海、東南海、南海地震が待ち受けている。これから10年間は、日本は 激しく衰退するしかないのか。 首相は一年しか持たないで交代するパターンを 繰り返し、ある日突然、国家破綻の道をひた走り、国内は空洞化。国民は今そこ にある危機にさえ鈍感で、ゆで蛙状態。国が滅びるとは、こういう姿か。 充てがわれた民主主義の行き着き先が、これ。 ・・・・・・・ 3625, 人は人生に何を求めるのか 2011年02月27日(日) 人生の終盤に差し掛かり、ふと「人間は一生を何のために生きているのか?」 という学生時からの問いが再び俄然と立ち現れてくる。何度も問いかけ、問い かけられてきた問題だが、この年齢の、その問いかけは自分の人生の奥から 沸きあがってくるから学生時代のそれとは違ってくる。「己の魂を磨くため、 高めるため」というのが、現在のアリキタリな答えになる。キュープラー・ロス のいうレッスンとは魂を磨き高めるためである。それは社会的に成功したとか、 何かを残したとかいうことより、内側に一歩踏みこんだ自分独りだけの醒めた 問いかけと、その答えになる。 そこで、何度も問かけてきた、「魂とは、 そもそも何ぞや?」という根源的な話になる。魂とは= 物理的には、大宇宙の 中の微細な最大100年間与えられた肉体。それに対し、魂は、己の心の背後に 広がる内的宇宙と、そこに繋がっている己をいう。それは「いま、ここ」から 過去・未来に広がり宇宙に通じている。それを人間は一生をかけ心を通して広げ、 高め、開放していくことが、人生が求めること。 自分の人生が半年、三ヶ月と、 区切られたときに、己は果たして何を求めていたのか、問題が立ち上がる。 「人生は魂の研磨を通して己を高めること」とすると、そこに知識と経験が必要。 求める対象にエネルギーを集中していく過程で己を高めることそのことが人生。 よく遊び、よく学び、よく働く、こと。その3つを心がければ、自動的に求めて いるところに近づくはずだが。人生が何を求めているかというフランクルの哲学 になっていくが。 そんな難しいことを考えることもない。 今ここ、を大事にすればよいのだが!
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