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2012年04月07日(土)
「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955〜2010 図書館で借りてきたが、直ぐにアマゾンで購入した。谷川俊太郎の詩集や特集の雑誌を何冊か、読んできた。 その散文集なら面白くないわけがない。谷川の詩も文章も、ストンと心に落ちて振動する。青年期に、谷川の著書を読んでいたら、 人生は変わってはず。 言葉を仕事にしている詩人の書いた文章は、分かりやすい。読み手の目線を常に意識しているためだ。 * 「青年という獣」1957年 ーより ≪・・生きているということと、生活しているということとの相違をもっともてっと早やく云えば、前者を非人間的、後者を人間的と云って 差しつかいないだろうとぼくは思う。生きるとは、コスモスの中に生きることだが、生活するとは、人間の社会の中に生きることだ。 現代ではこの違いを理解する人は少ない。下手をすると、コスモスなどという言葉は野暮な言葉で、悪くすると危険な言葉にされかねない。 青年は意識的、無意識的にかかわらず、これに抗議する。青年は生きようとするものであつて、生活しようとするものではない。 一見如何にソシアルに見える彼の行為も、その意味では本当にソシアルになり得ないものだとぼくは思う。何故なら、人間以外のものに なることを、いやいやながらでもあきらめてこそ、始めて人は人間になれるものだからだ。人間は生活という唯一の現実によって人間になる。 青年は生活以外のすべての夢によって青年になる。青年は人間である必要はないのだ。彼は自分の夢を喰って生きる位の非人間的な強さを もつていなければならぬ。倦怠はおそかれはやかれ彼を襲うのだ。その前に彼の肉体がまだ新しいうちに、青年は彼の役割を果さねばならぬ。 ビリイ・ザ・キッドは若かつた。彼は太陽や風や、残酷な青空や、愛らしい女を知つていた。彼はコスモスとその中の生命とに気づいていた。 彼は人間や、その生活などを知りはしなかった。彼が強かつたのはそのためだ。彼は死のもつ非人間的な意味だけに気づいていた。 死のもつ人間的な意味などに気をとられなかつた。彼の手が震えなかつたのはそのためだ。そのためにこそ、彼は人間としても偉かつた。 彼は人間を代表して、コスモスの真只中に立つてひるまなかつた。彼は人聞を殺すことで、コスモスと戦つたのだ。≫ ▼ 創業は、全く経験のない思い込みの未知の生命体を創り上げること。それは「生きる」分野にある。それは創業という獣的行為になる。 生活のためであっても、それを創るには人間性を、普通の生活者の考えを、根こそぎ捨ててかからなければならない。 ここで、 「青年は生活以外のすべての夢によって青年になる。青年は人間である必要はないのだ。彼は自分の夢を喰って生きるくらいの 非人間的な強さをもつていなければならぬ。倦怠はおそかれはやかれ彼を襲うのだ。その前に彼の肉体がまだ新しいうちに、青年は 彼の役割を果さねばならぬ。」とある。新たな事業を始めよう決心した瞬間から、非人間的になる。獣にならなくては創業など不可能。 何時の間に獣から普通の生活者になっていた。地元の生活者の中の創業は獣の姿を曝すことになる。 本当の生活者になるのは、これから。 ・・・・・・ 3664, 閑話小題 2011年04月07日(木) * 駅やSC内のATMが閉鎖は 今だに駅やSC内のATMが節電を名目に閉鎖されたままである。これは間接的、現金引き出しの窓口規制そのもの。 支店、営業所内のATMは開かれているが数は僅か、不便そのもの。経済的側面からみたら、大震災と原発事故全体を 大地震とすると、大津波は本格的経済恐慌で襲いくる。電力と節約の呼びかけは、消費を冷やす効果は充分にある。 * スポーツクラブだけは盛況 家内がスポーツクラブに10年以上も行っているので、同行してみた。 驚いたのは平日の午前に関わらず、中高年の人たちで満杯だったこと。100人位に人たちがマシーンと共に 無言でひたすら運動していたことである。雰囲気は開放的で明るい。分かっていたら、前から通っていただろう。 「平日の10時から17時までの時間帯コース」の会費が大よそ6千円、10〜22時のフルコースだと8千円。 週に4日×4=16日が平均とすると、一日400円〜500円。 施設からみてそう高い感じはしない。 それより、歩いて15分のところに、公営施設の中に、大きなジムがある。これは、一回300円、3月で1800円。 以前、入会しそうになったが、止めたことがあった。 早朝のウォーキングか、サイクリングをしていたが・・・ ・・・・・・・ 3299,金融世界大戦 という捉え方 2010年04月07日(水) * 軍事戦争から金融戦争へ(兵器から債権へ) 経済評論家の田中宇が「金融世界大戦」という造語で、現在の金融恐慌の本質を説明している。 さらに「金融兵器」という恐ろしい言葉が加わったのである。これをアメリカ国内だけでなく、世界中に時限爆弾入り兵器 という危ないやつである。 何処かで爆発をすると、それは繋がっていて連鎖爆発をする危険なシロモノ。 「世界的な軍事戦争が出来なくなった代わりに、金融による世界覇権をめざした米英が、破壊兵器=金融債権を武器に世界制覇を 狙ったが、それが敢え無く破綻し、世界を恐慌に導いてしまった。 一時、世界経済を米英を親とした「ねずみ講」をつくり上げ、 世界中のものを紙切れで買い漁っていた実態が崩壊した。 これで世界中の貨幣制度の根底に大きなヒビが入ってしまった、しかし 大元のアメリカは破壊した金融機関やGMなどを国有化し、何とか体裁を保っているドルを注入し、立ち直りを図っている。 詐欺師は元もとの金や資源を温存しているから、ドルや債権の価値を徹底的に下げてしまえば、傷は最小で済む。しかし被害者は 輪転機を持っているわけでない、その負債を負わされ国家破綻、すなわちハイパーインフレで国民の金融財産の大部分が消滅する。 世界の国々はアメリカの、こうしたネズミ講の危なさを知らずにアメリカ国債や、アメリカの銀行が発行するCDOやCDSを 見境なく買ってしまったのである。 現在、各国が何とか金融破壊兵器を爆発させないように必死に持ちこたえているが、 これも時間の問題。 ユーロ圏か、アメリカか、中国から、その爆発が始るのは防ぐことは不可能である。 破壊兵器(債権)は、 世界中にばら撒かれ、連鎖して世界中を破壊する。 それはデフレスパイラルから、ハイパーインフレへの転換期に始る。 日本はアメリカの金融占領国の悲哀を株価暴落か、(一時的な円高の後?に)円安という形で日本を襲ってくる。 「気がつきゃホームでゴロ寝」で、IMFの管理国家として裸同然の国に落ちぶれることになる。アメリカは第二次大戦後、朝鮮戦争、 ベトナム戦争、冷戦、そしてソ連の崩壊後は、アフガン、イラク戦争と戦い続けている。 ところがソ連が弱体化を始めた1980年頃から、米英は軍事から金融戦争に軸を変え始めたのである。その一つがプラザ合意 から始る日本のバブルと、破綻である。 (字数制限のためカット 2012年4月7日) ・・・・・・・・ 2924,中沢新一の『三位一体モデル』 −3 2009年04月07日(火) 『三位一体モデル』中沢新一著 読書日記 * 煉獄の発明 キリスト教の資本主義にとって、都合の良い「煉獄」を発明した。中世にこれを発明したのは、実に都合の良い大発明にある。 それまでは天国と地獄しかなかった。しかし、この発明で、いったん地獄に落ちた人が煉獄に地獄から這い上がれば、 上から天子がやってきて、天国にむかえてくれますよ、と、こんなことを言い出したのである。こういう経緯を経て、 資本主義が動き出したのである。これは恐らく商人のために考えられたもので、動物の殺生などに従事していた職人たちも、 その恩恵にあやかった。それまでは彼等には、まったく救済がなかった。だから、生前、極悪非道の金貸し商人だった人が、 死後に、煉獄の山を苦労して登り、天国に行ったという話しがでっちあげられるようになった。こうした経緯を経て、 西欧州の資本主義が動き出した。ガシャガシャと動き出したのが13〜14世紀。それから、16,17世紀を経て、 19世紀にフル活動をするようになった。もし煉獄とうの考え方がなかったら、今日の西欧資本主義はなかった、といえる。 ようするに一神教である限り、資本主義の潜在力は抑えられてしまう可能性があった。発達を可能にしたのは、それに加え、 増殖の原理を飲み込んでいたからである。キリスト教は、西と東に分裂したが、東のギリシャ、ロシア、東欧のキリスト教圏では 資本主義は実現できなかったのも「三位一体」の理解法にあったのである。1990年代まで続いた東西対立の、 いちばん深い根っこの部分にも「三位一体」は関係している。さらには、現在のロシアの経済が何故あんなに混乱しているのか、 また、70?80年前に。その地に何故社会主義なるものができたのか。これも、この三位一体の歴史問題と関わってくる。 ▼ 煉獄という言葉を知ったのはロシアの文豪ソルジェニツゥインの『煉獄の中で』である。 地獄の一歩手前のところと解釈していたが・・・ ・・・・・・・・ 2560, ホモ・ルーデンス ー2 2008年04月07日(月) (*´∀`)」" おはよう☆彡 子供の頃、無我夢中で遊んでいた頃の楽しさ、あの時の無我夢中の気持ちが人生の中で大きな位置を占めていたのである。 人生の要諦、「よく学び、よく遊び、よく働く」のうち、一番満足度が高いのは、「よく遊んだこと」である。 ただし「よく」である??。 まずは遊びの本質と定義について書いてある部分を抜粋してみよう。 ー文化は遊びのなかにはじまるー 遊びは文化よりも古い。動物は人間とまったく同じように遊びをしている。遊びの基本的な要素のすべてが、 すでに動物の戯れのなかにはっきりとあらわれている。子犬が遊び戯れているところを観察してみさえすればよい。 子犬は一種の儀式めいた身振り、動作で、たがいに気を引きあったりする。相手の耳を血が出るほど噛んではいけないという 規則も守っている。まるで恐ろしく怒っているかのようなふりをして見せる。 もっとも重要なことは、子犬はこれらすぺてを明らかに嬉々として楽しんでやっているということである。 このように動物の場合と同様、人を夢中にさせる力、〈面白さ〉のなかに遊びの本質があり、〈面白さ〉こそ、人間にとって もっとも根源的なものである。人類が共同生活をはじめるようになったとき、その行動にはすべて最初から 遊びが織り交ぜられていた。 たとえば、人類の最初にして最高の道具である言語である。 言語によってものごとを表現したり、伝えたりするという行為はいつも遊びながら行われるのである。 どんな抽象の表現でも、その背後にあるのは比喩であり、いかなる比喩のなかにも言葉の遊びが隠されている。 *遊びを定義すると 遊びとは、ある限定された時間および空間のなかで行われる、自発的な行為もしくは活動であり、自発的に受け容れられた、 絶対的な拘束力を持つ規則に従っている。遊びの目的は行為そのものにあり、それは、緊張と歓びの感情を伴い、 また〈これは日常生活とは別のものだ〉という意識に裏づけられた、何ものかをめぐる闘争ないし表現である。 このような遊びが地球上のあらゆる地域に同じような形式や観念のもとに存在することが確かめられているが、 このことは、人間に遊びという機能が先天的に与えられているということの何よりの証拠である。 ▼ 日本文化の典型の、茶道とか、華道は、遊びなのか、それとも修養なのか? 前記の内容からしたら、遊びそのもの ということが出来る。ひと時の安らぎの茶のひと時を、茶道という文化に高めたのだから粋である。パソコンのインターネットも、 携帯電話も子供や若者の遊び心から飛躍的に普及した。ホモ・ハーベン(働き蜂人間)だけでは人生はつまらないだろうが、 仕事を遊びまで昇華させれば、良いだろう。 死を直前にした人間で、もっと働いておけば良かったと後悔する御仁は少ない。 もっと色いろなことをして楽しみたかった!という人が大部分である。 。・∀・)ノ ホナ! ・・・・・・・・・ 2007年04月07日(土) 2195, ファンタジー文学の世界へ ー1 *^○^*)ハ?ヨウサン! 「ファンタジー文学の世界へ 」ー主観の哲学のためにー 工藤左千夫著 (成文社) ー読書日記 一般的にファンタジーとは、夢 のような空想を元にした小説のことをいい、現代社会から、かけ離れた人物、 事実、世界観がテーマとなる。前回にも書いたが、ファンタジーには、二通りのジャンルがある。 ハイ・ファンタジー とロー・ファンタジーである。*ハイ・ファンタジーとは、社会構成・環境・文化など、世界観が 詳細に設定されたファンタジー小説のことです。 過去にも未来にも、世界のどこにも存在しない別世界を題材にしている。 *それに対しロー・ファンタジーは、現代を舞台にしたファンタジーで、ちょっとした不思議な世界を題材にする。 情報社会の中で合理的世界観から一歩はなれて、非合理的な世界を持つことで合理的社会を鳥瞰することも必要となる。 この本はファンタジー感覚の発祥と変遷について書いている。初期ファンタジーは、強烈な目的性を志向し、その通過儀礼を 特徴としている。 それに対し現代ファンタジーの傾向は、目的よりも存在論的視野を目指す傾向が強い、と論じている。 この本の面白そうなところを、幾つか抜粋してみよう。 (字数制限のためカット 2010年4月7日) ・・・・・・・・ 2006年04月07日(金) 1830, あちら側の世界 ー8 (’0’)d おっ w(゜Д゜)w ハァ? 「ウェブ進化論」の中で、「グーグルアース」を紹介していた。地球地図・映像検索である。 早速、グーグルのHPよりソフトをダウンロードをして使ってみた。ただただ驚きである。 月の位置から地球に近づいて、見たい場所に降りていって、家や車や木まで見えるところまで接近できる。 もちろん首相官邸や皇居の中もみえる。これで世界中の都市を見ていると、雲の絨毯で下界を飛び回っているような感覚になる。 殆んどの大都市の衛星写真が貼り付けてあり、家の屋上や木や池まで識別ができる。使ってみると、リアルな感覚になる。 「グーグルアース」と、グーグルの検索に入れたところ、皇居や首相官邸、インド沖の大津波の写真、アメリカの本土のステルス (飛行機)まで紹介されていた。数日前の新聞に、「インド政府がグーグルアースの写真公開に抗議!」という記事が載っていたが、 これでは問題になるだろう。 世界中の政府が衝撃を受け戸惑っているというが、当然である。 北朝鮮など、嫌味か?、かなり詳細の平城の写真があった。原子炉?らしき写真もあった。大都市圏以外は地形認識までしか できないが、有名観光地には、その情報の入った小さな箱が貼り付けてあり、クリックをすると見ることができる。 検索で「グーグルアース」のキーワードを入れソフトをダウンロードをすれば、誰でも無料で見ることができる。 マウスでズームアップもダウンもできる。手塚治のアトムの目を持って世界中を見ることができるということだ。 この大本の「グーグルマップス」のAPIを公開しているが、リクルートの不動産関連のHPに、マップで日本中の都市圏の場所に 矢印を当てると、地図がアップででてきて、周辺不動産物件の詳細を紹介をするサービスがある。現在は地図だが、 近い将来は写真になるのだろう。アフガンやイラクでは、アメリカ軍がこれを多用して勝利に導いたが実際は顔の認識まで 可能という。スパイモノに出てくる衛星利用のSFもどき内容が、実際に個々人で使えるようになったのである。 「ウェブ進化論」を毎日、繰り返し読んでいるが読むほどに情報化社会の実態がおぼろげながら見えてくる。 ー以下は、あるHPにあった内容だが解りやすく紹介してあったので、貼り付けておきますー (字数の関係でカット2008年04月07日) (v^ー°)バイバイ! ・・・・・・・・ 2005年04月07日(木) 1465, なんじゃい、こりゃ! またかい!このホームページを見ている常連なら、オーバーな表現と思うだろう。 ただ実感でいう正直な話で、その時書いた文章である。 (字数制限のためカット 2012年4月7日) ・・・・・・・・ 2004年04月07日(水) 1100, 撃墜王の秘密 ある本の「撃墜王の戦法」がなかなか面白い。そのまま書き写してみる。ー第二次世界大戦で「独特の戦法をとった」 二人のパイロットは、ハルトマン少佐とその師であるロスマン軍曹。ハルトマンは確認されているだけで敵機352機、 ロスマンも80機以上も撃墜している。その戦法を最初に考案したのはロスマンである。彼はパイロットになりたての頃、 完治不能の傷を負った。普通、接近戦になると体力が勝っている方が有利であった。そこで普通の戦法ではとうてい 生き残れないと悟ったロスマンは、考えつくした末、自分の体力を補うテクニックを編み出した。 彼は体力戦勝負の接近戦をやめて、計算しつくした戦法に切り換えた。一つ一つの攻撃に、それぞれの計画を練り上げた。 敵に実際に銃弾を浴びせることを考えないで、どうチャンスものにするか、さまさまな情況を分析することに多くの時間を 費やしたのである。彼が攻撃に出るのは確実に勝利が取れるポジションを取れたときだけだった。 理想的な標的となった相手にだけ、ありったけのエネルギーを使って集中攻撃をしかけるのだ。 ハルトマンは、ロスマンの「相手をよく見極めてから集中砲火を浴びせる」戦法が優れていることを自らの戦果で証明をした。 ▼ ー以上のことより学ぶことは、完治不能の腕を持ったことで、考えつくして全く違った戦法を自ら作ったことである。 (字数制限のためカット 2012年4月7日) ・・・・・・・・・ 2003年04月07日(月) 733, 30年間着ている礼服 現在も着ている礼服は忘れもしない記憶がある。ちょうど30年前になる。父が「あと2週間の命」と医者に宣告された直後に 母にいわれて、「村田仕立て屋」に、父に解らないように出かけて、つくったものだ。今でもしっかり冠婚葬祭に着ているが、 全く古い感じがしない。私が子供の頃に注文服も扱っていた頃から出入りしていた仕立て職人で、腕がよい人だった。 (字数の関係でカット2011年04月07日) ・・・・・・・・・・ 2002年04月07日(日) 369,植民地経営 西アフリカに行った時聞いた話しである。 文明国を統治する方法として、次の3つがある。 1、直接統治 2、間接統治でそこの王族と手を組み統治 3、隣国に間接統治の王国に攻めさせ統治 大体がこの3つである。まずはフレンドリーに入って行き、徐々に統治していく。その前にキリスト教の宣教者を派遣して、 内側から攻めていくのが常套手段だ。秀吉がそれに気づき、キリスト教禁止令を出したのは賢明だった。 戦後の日本も戦犯の天皇や官僚をそのまま温存させたのも王族の間接統治を狙った為だ。今の日本は王族を飾り物に、 戦後から続く官僚の支配がそのまま続いている。そして悲しい事に、間接統治をされていることに全員満足している。 この不況は「1986年のアメリカのバブル押し付け政策」の結果である。そして、直接支配に今露骨に入ってきたのは 周知の事実だ。今回の9・11テロは、この間接支配の露骨のアメリカ世界戦略に対するテロである。
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