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2012年04月06日(金)
ー 品格と、自分を高める言葉のノートより ー * 情報や知識が少ない場面では 「何をするにしても、勝手が分からないこをやる時は安全な方を選ぼう。手堅いことは独創であることよりも大切である。」 これも人生を振り返ると、骨身に感じること。情報不足の時は、奇をてらえば、必ず失敗をする。 * あえて敵をほめること 敵を褒め、親切にすること。特に復讐のチャンスの時ほど、逆に寛容にすべき。その品格が求心力を生む。 ボクシングの勝者は観客を意識し敗者に対し、「良い選手だ」と必ず褒め称える。ファン対策のためだ。 人生は、闘争である。まともに生きていれば、罵られ、足を引っ張られる。しかし、決して愚弄してはならない。 憎い相手ほど、冷静に褒める。それが品格を高めることになり、敵を少なくし、求心力を生む。 * 放っておく術を知る 人間関係の諸問題は、さまざまな感情の暴風雨を引き起こす。そんな時は、港に退避し、碇(怒り)を下ろして乗り切ること。 殆んど時間が解決する。複雑な問題を解決できるのは「時間」か、強い権力だけと知るべき。 「低俗の人たちが起こす問題の嵐を静めるには、何も手を出さず、自然に収まるのを待つこと。一度、退くことがベスト。 * 見かけも重視すべし 信用は金を出しても買えないが、外見は僅かな投資で整えられる。 正義でさえ、正義に見えなければ、それにふさわしい 敬意を受けられない。きちっと見抜ける人は、見かけで騙される人よりずっと少ない。清潔な服装を着るだけでなく、時計も靴にも 高級感のあるものを選んで、いつも磨きをかけることが必要。話す言葉も、少し保守的に、謙虚さを装うべきである。 第一印象は僅かな投資で良くすることができる。それが信用の土台になる。 * 感情の波を乗り越える 感情は、常に理性を踏み越える。常に冷静な態度を保てる賢明な仲介者を間に入れれば良い。激情にかられたらその場を離れる。 * 失うもののない人と争わない 人物を選ぶこと。 危ない人は、いつの間にか悪い情報のタネにする。 * 言葉はやわらかく、態度はやさしく 「言葉を使えばたいていのものは買うことができ、不可能を可能にできる」言葉の力と恐ろしさを知って、用心深く、 やさしく使うことが、品格を作り上げる。 ▼ このブログの公開が恐くなってきた。「本当のことは休み休みに言え」が、社会。この箴言は現在の私への諌めの内容ばかり・・ ・・・・・・・ 3663, 9・11、9・15、それをしのぐ3・15 −2 2011年04月06日(水) この大震災と原発事故の3・11が、9・11と9・15を超える歴史的事件の仮説の上で、この今後の行末を考えてみる。 それだけ大きな事象なら、これから生じる問題は想像するだけで恐ろしい。 * 9・11の結果、アメリカのアフガンへの攻撃、イラクのフセインへの攻撃で数十万人を殺害し、新しい政権を確立をした。 このテロは、白(白人系宗教)対、赤(アラブ系イスラム教)の対立が表面化した事件で、文明の衝突である。 * 9・15は米英の金融支配の崩壊であり、世界経済を根底から破壊を始めたばかり、それだけでない500年の欧米的価値観を 根底から変える歴史的大転換の大事件である。。 * これに対し3・11は、東北の太平洋岸で100年来の最大規模の地震と大津波を発生し、沿岸の原発に直撃。 その結果、放射能汚染が日本の国そのものを崩壊するかどうかの瀬戸際に陥っている。その上に、世界に汚染を拡大させる 可能性もある。 さらに世界の原発推進の流れを根底から変えようとしている。 事実の中には、真実と虚偽が混ざっている。TVで「風評に気をつけて下さい!」と、政府筋がコマーシャルを流している。 しかし政府の流してきた情報こそが虚偽?で信用ならないことを国民は熟知している。 ネットで、政府より国民の方が 情報を素早く得ているのである。 政府が「原発は絶対大丈夫!」といい続け、それを信じてきた純朴の住民が最大の被害者。 あの歴代の保守系の政治家と官僚の連中に騙された結果が、この様である。 それを今さら「風評に気をつけてくだい!」 といわれても、誰が信じるかである。 地震発生と原発事故の発生して数日後に「本州全滅!」と、ある筋から聞いたときは、 それでも心の何処かで「まさかだろう」と思っていた。しかし日々刻々、入ってくるニュースを見ていると、「もしかしたら?」でなく、 その仮説?の上で、原発事故の行き着く先を考えなければならない。「首都圏の官僚の子弟は、遠くの親戚に疎開を始めている」とかが、 決して風評で軽々しい、とは思えない事態。「外国人が、早々、列をなして国外に逃亡した行為と、大多数の人たちが、 風評として見逃している情報の方が正しい」という仮説を立てて自分の中で立てておくべきである。 私たちの年代は、充分生きたが、若い人、子供は気の毒である! ・・・・・・・ 3298, 一年の重み 2010年04月06日(火) 図書館で久々に小林正観の「人生を楽しむための30法則」を見つけ借りてきた。例の「ありがとう」教の本を書いた人。 それで一番ありがたかったのは、彼だろう。それはいいとして、何げなく目を通していると、以下のような面白い内容があった。 (字数制限のためカット 2012年4月6日) ・・・・・・・・ 2923, 中沢新一の『三位一体モデル』 −2 2009年04月06日(月) 『三位一体モデル』中沢新一著 −読書日記 *「霊」は何か? ここでいう霊とは、英語でスピリッツ、ドイツ語でいうガイスト、日本語で霊(たま)という。 語り得ない「神」とか「霊」をどう表現するか興味を持って読んだが、神を三位一体モデルとして、「父」「子」「精霊」と 構造的に分解している。一つの見方だが、それを思考法として利用したり、この世界を理解するには有効になる。 その一つの「霊」を、ひとことで「増えていくもの=増殖するもの」としている。「父」たる普遍的なことを、現実の姿として 「子」キリストなどの現象とし、霊(増殖するものとして)を使って世界中に布教していく便利な存在?である。 この霊を組み込んだキリスト教が、<増殖>現象を自分の中に抱えこんで世界に爆発的に布教していくことになる。 それが西欧資本主義の出発点になるのである。ここが、イスラム教と、もっとも深い対立点になる。 * イスラム教との「増殖」をめぐる対立とは?イスラム教は、キリストが神の「子」という点、そして増殖原理である 「霊」を唯一神の中に組み込むという点については、絶対に認めない。イスラム教にとって、神と人間のあいだに立つ媒介する 存在など、あってはならない。イエスなど、ただの預言者でしかない。 ただひとつの神に霊を組み込むなどということは、 絶対にありえないこと。なぜなら、霊は「増殖現象>を起こすなど、唯一の神アッラーは増え得ないからである。 イスラムにとって、アッラー自体は変化しない。しかしキリスト教徒は、じつに微妙なかたちで、「増える」という原理を 組み込んでしまった。イスラムにとって、「神の本質が増えるとはどういうことなんだ」ということになる。 キリスト教は、増殖という現象を内部に組み込むことによって、その後の奇跡的な勢力拡大の基礎をつくっていったのである。 ▼ 結局は、キリスト教は欧米人の世界からの略奪行為の尖兵として、情報機関として建前として使われてきたのは自明だったが、 ここで、その宗教の歪みの部分を解明している。この世界恐慌も、その崩壊の一つとみてよい。 霊を増殖するものという見方は初めてである。 ・・・・・・・・・・ 2559, 印度放浪 ー3 2008年04月06日(日) ー語録ー2 人間の身体を見ていて神々しいと思ったのは、一ぺん沈んで浮かんできた水葬体だね。水葬にしていったん沈むんだけど、 沈んだあと底につかないのはそのまま浮かばないで流れ浮かばないで底についたのは必ず浮かんでくるんだ。 そうやって浮かんできた時の顔とか身体というのは、不純なものがいっさい流れたような美しいものなんだね。 半眼微笑の仏像そっくりな場合すらある、それが二、三日経つとだんだん膨らんできて、中の血管の血がバッーと表に出て、 まるで不動明王や五大明王みたいに赤黒くなる。それからまた血が引いて漂白されたようになって行く。 水に投げられたひとつの死体をずーっと見ていると、人間のもっているすべてが見えるよ。 日本でも死ぬ時に、これは単なる比喩的な言いまわしだろうけどさ、死ぬ時に一回苦しんだか二回苦しんだか、 三回苦しんだかで、その人の生前にもっている業みたいなものが出るということを言うじゃない。 それとは違うけど、水葬死体も人間のもっている生前のことを全部見せてくれるような気がするね。 解)日本人は死体を特別に大事に考えている影響が40年前の著者に残っているようだ。 こういうのを読むと、さっさと重油をかけて焼いてしまうのも良いと思う。その方が余程ドライである。 ーー 犬が水葬体を食っているのを見て、法華経に出てくるクンパーダカをふっと想像したんだ。クンバーダカ鬼は架空の 生きものだから見たことはないが、そういう感じがしたんだ。広角で撮ろうと死体を食っている中洲の犬に近づいたら、 そこにいた一匹が逃げたんだ。それが遠くから十二、三頭を連れてきた。砂けむりを舞い上げてね。僕がエサを取って しまうとおもったのか、全部がうなりながらにじり寄ってくるんだよ。人間を喰っている犬ににらまれたんだから、 かなり危機感を持ったね。眼を離して逃げたらワーッと襲われてやられるとおもったから、こっちも動けない。 川の中洲だから人間は誰もいない、助けも呼べない。カメラを持って投げつけるような恰好しながら、 それでもこれを投げたら壊れるからやめとこうとおもったりしながら、投げるものを探したわけね。 そのへんは写真にも写っているように頭蓋骨とか骨がけっこうあるんだ。で、犬の目から目を離さないように しながらゆっくりとしゃがんで、頭蓋骨を四ツくらい集めてこれをかかえて投げるかっこうをしながら、頭蓋骨もったまま 少しずつあとずきりをして川の中に胸まで入ったんだ。犬は向うでウロチョロしている。 奴に向けて力いっぱい投げつけたんだ。暫くするとあきらめて、また向うの死体を喰いはじめてくれたんだね。 こちらは川づたいに三脚のあるとまでやっと辿り着いてね、これでやっと安心して、この三脚を持てぱこれ殴れるから 何となく大丈夫だと思ったわけ。これは後で考えると、地獄で何かしていたような気がするんだ。 解)インドでないとこういう経験は出来ない。宗教で、かくも文化が違うかが理解できる。 ベナレスのガンジス川の底には骨が重なっているというが。その骨についている貴金属をあさっている子供もいる。 ーー インドはね、撮りすぎるとダメなんだ。インドってのは撮れちゃうから。まわリ三六〇度ぐるりと一回転して三十六枚押したら、 一本フィトストーリーができてしまう。だからインドへ行った人の写真ってのはみんな同じになる。写りすぎるってことは、 全部撮ってもダメということなんだね。インドは「何を撮らないか」というマイナスの作業でしか自分の視点が出てこないのね。 加算とかブラス信仰の社会から行うた人からは、撮らないということも表現であるという発想がなかなか生まれない。 解)これって写真だけでなく、全てにいえることじゃないですか。 ・・・・・・・・・・ 2007年04月06日(金) 2194, 大人のファンタジー読本 おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ ー読書日記 ー未知なる扉をひらく180選ー 出版:マックガーデン この本の副タイトルが、そのまま当てはまる内容である。1Pか2Pに一つの小説の概要が書いてある。 その概要だけで大きくイメージが広がるから不思議である。わずか数分の間、ユックリと読んでいるうちに日常を超えて ファンタジーな世界に引きずりこまれるのである。この本は10年前のパソコン通信の時代からあったネット上の仲間が出会い、 ネット上の語らいからつくり上げた本。180選を45人が要約した共同執筆で10年がかりのエネルギーが入っている。 1P~2Pの要約の中に好きな人の魂が詰まっているから、要約というエキスに引きずりこまれるのだろう。 これこそ現代の本と云えよう。「エネルギーを使わないで、いつ読んでも現実を忘れられる本がないか?」と言われれば、 間違いなくこの本を勧める。何せ一ヶ月間新幹線の列車の中で読み続けていた本である。初めは図書館で借りて読んだが、 アマゾンでさっそく発注をした(中古本だが)。 (字数制限のためカット 2011年4月6日) ・・・・・・・ 2006年04月06日(木) 1829, あちら側の世界 ?7 「ウェブ進化論」読書日記 (ヾ(。・ω・)ノ☆゚+.オハヨゥゥゥ゚+.☆ ー「アマゾン」とはー =この本から「アマゾン」という会社とは何かを要約しながら、考察してみる。 (このウエブ進化論ー3・ロングテールに ついてーに重なるが敢えて取り上げる。ロングテールが書籍以外の商品群に広がるからだ。それは全ての流通経路の大変革を 予感させる)IT革命の地殻変動を実感させる、もう一つの会社が「アマゾン」である。 アマゾン・コムの「ロングテール現象」が、その象徴といえる。 本の流通の関係者といえば、インターネットが登場するまでは、 出版社と流通業者と書店であった。今までの流通経路は店舗や倉庫や在庫といった固定費を抱え、ある程度以上売れる本 ーつまり「恐竜の首」で収益を稼ぎ、「ロングテール」(恐竜の尾の部分ー80%以上の売れない部分)の損失を補う、 事業モデルであった。2004年秋にロングテール論が脚光を浴びたのは、「アマゾン」が、この構造を根本から変えて しまったことである。日本での年間出版点数は約7万点であるが、アマゾンは230万点もの書籍を取り扱うことができる。 売れない本には価格競争がないから利幅も大きい。2005年に入って、アマゾン・コムは全売上の約3分の1をリアル書店が 在庫を持たない本から上げていると発表した。インターネットの世界に異変が起こっている分りやすい事例である。 (字数の関係でカット2008年4月6日) 以上だが、最近、本以外の分野に枠を広げてきたが、アマゾンの本当の恐ろしさが出てくるのは、これからである。 世界中の人が、このネットで本格的に買い物を始めるのは、これからである! 間違いなく、あちら側の世界が、こちら側の世界を大きく変えようとしている。 ー (*"・∀・)ノバイバイ! ・・・・・・・ 2005年04月06日(水) 1464, 発想名人 ?読書日記 最近よく本屋で見かける斉藤孝の本を図書館から数冊借りて読んでいたが、また「発想名人」を借りて読んでみた。 (字数制限のためカット 09年04月06日) ・・・・・・・ 2004年04月06日(火) 1099, 「80対20」革命 ー4 「自分の20?のスパイク(強み)を見きわめる問い」が考えさせられて面白い! ー以下に書き写してみる。 △あなたが心底興奮するのは、どんなことに対してか? 一番熱心になれることは、どんなことか? △自分が有名になったと想像してみる。 どんなことなら有名になれるか? △自分の個性でもっとも特徴的なことは何か。 人と一番変わっているところは何か? △何をしているときがもっとも幸せで充実していると思うか? △一番得意なものは何で、他の人より得意なものは何だろうか? △どんな役割や仕事がもっとも適していると思うか? △別の分野や活動で、自分が優れていることがないか、あらためて考えてみる。 できるだけ現在とかけ離れた意外なものがよい。あまり深刻にならない方がよい。 △もし新しいベンチャーを始めて驚くほど成功するとしたら、どんな事業であろう? 想像力をはたらかせて考えてみる ー以上であるが、現在の自分について考えてみて書いてみた。ここでは書けないが、 如何に深耕があった部分と、無かった部分がよく見極めることができた。今回は内容を書くのは控えるが、この随想日記に殆ど 書いてあることばかりである。まあバカの壁を辛辣に見えてしまっているからだ。もう見せているから今更だが。 全て反省の言葉が多いのが人生と思っているが。 ・・・・・・・・ 2003年04月06日(日) 732, 「こうすれば良くなる」 いまの日本の議論で大部分が「こうすればよくなる!」という発想が基点となっている。 これに対して 「もうこの発想から脱却すべきではないか?」という論が新聞にあった。その内容を私なりにアレンジをして書いてみた ー誰もがいまの日本は縮小すべき時期にきていることを知っている。それを回復とか現状維持を前提に議論しているから、 ますますおかしくなる。失業率だって今の倍の2?3倍になってどこが悪い。 それで西欧並みでしかない。 日本をとりまく環境が変わってしまったのだから失業が増えて当然である。デフレもグローバルになったのだから仕方がない。 (字数制限のためカット 2012年4月6日) ・・・・・・・・・ 2002年04月06日(土) 368,リオのカーニバル いまTVをつけたら、NHKのハイビジョンで「リオのカーニバル」をやっていた。 2時間があっという間に過ぎてしまった。7年前に行った内容をコピーしておくが、本当に素晴らしい内容であった。 今見ている内容は当時に比べ、かなり豪華にかつ派手になっているようだ。 カーニバルは元々はヨーロッパで行われていた、キリスト教のお祭りである。 南米の農園に売られていった奴隷が、一年に一度のカーニバルに与えられる休日に輪を作って歌い踊ったという。 普段でも彼らの楽しみは歌と踊りだけで、それが段々サンバに変わっていったという。1888年に奴隷制度が廃止された時、 彼らはリオに仕事を求めていった。彼らはグループを作って踊っていたが、そのそのトップクラスと準トップクラスが正式に 会場で競う。それぞれチームごとにテーマがあり、それによってストーリがある。それにより、衣装や歌や踊りが決まってくる。 上位のチームにそれぞれのチームにスポンサーが付いているという。それぞれ項目があって、厳格の審査のうえで順位が決まる。 去年から見ているが、ハイビジョンのせいもあるが素晴らしい。一年は全て、カーニバルを中心に回っている。 ーーーーーーー H0703ブラジル旅行記 “行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。カーニバルはリオディジャネロだけでなく全国津々浦々の 都市で行われており、四日間全国がお祭りの為休みとなる。その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれ。 リオのカーニバルのランクがA・B・CとなっておりAランクが9チーム、Bランクが15?16チーム、 Cランクは数十チームとなっている。 AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー850mを80分の持時間で 踊りながら行進する。そこは六万人の観客席があり、審判席で厳格に審査され、その年の優勝等順位があらそわれる。 (字数の関係でカット2010年4月6日)
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