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2011年03月10日(木)
* 精神科の医師の幸福論とは? 学生時代に「自己改革」「自己実現」たる言葉に出会った。そして、ニーチェ、司馬遼太郎の歴史小説に感化され、 その影響下で、ここまで生きてきたような気がする。何とか辿りついたと息を抜きかけた時に、一連の世界的変動である。 ところで最近、以前ほど自己実現とか自己達成という言葉を聞かなくなった。その反面、「自分の好きなことを見つけ、 それに向かって邁進しなさい」という言葉に出会うし、私も、ここでも何度か書いてきた。自己実現など仰仰しくなく、 一日一日を好きなことに埋没できることが幸せであると・・。 学生時代に上京し、都会人のセンスの良さに比べ、地方から抜け出せない自分に嫌気をさしていた矢先に、 抜け出す手立てとして自己改革・自己実現という言葉が、脱皮のための福音のように思えた。 ー その辺のことを、精神科医の大平健がレポートの中で、以下のように書いている ー ≪ 幸福とは、《自分が人生に満足している状態》と定義してみると、幸福になるためには、 * ‘人生の箇所’にアクセントを付けて「満足できる人生を手に入れる」のと * ‘自分’にアクセントを付けて、「人生に満足ができる自分になる」のと、二種類の道筋があることが分かる。 そこで、若者たちの場合、どんな"人生なら満足できるかというと、美味い食べ物・飲み物、綺麗な服、気の利いた 家具といったモノの数々に取り囲まれ、気に入った仕事、誇れる学歴、楽しい趣味といったコトの数々に浸る人生。 もちろん、おしゃれな彼や、かわいいベット、ほっとできる鉢植えといった‘生き物’も必要だが、それらは自分の人生を 幸福色に染めてくれるモノのようなニュアンスを帯びている。 次に、どんな"自分になれば人生に満足できるかというと、これは更にふたつの場合に分けられて、 ー1 とりあえず今までの(不満の多かった)「自分」から抜け出すという、のと、 ー2 新たな「自分」になるというのとである。 というのは、しがらみ(人間関係・社会的地位・財産などの束縛)から解放されてのびのびしたりすること。 若い人が「自分がきらい」というのは、大抵は、「きらいな自分」から抜け出せないで足踏みをしている状態にいるということ。 また宗教の力を借りてまで、自分の人生に(モノやコトの)不足ばかりを見ていた、それまでの「自分」から何としてでも 抜け出よう(解脱しよう)という若者もいる。{ 文藝春秋 2010季刊秋号 ゼロからはじめる幸福論 P28「幸福の白地図」大平健} ー― 私も自己実現という脱自を求め、ここまで生きて来たが、それが自由と名づけられたものだった。 しかし、これも廃れ無名称化してしまった。代わりに「好きなことを見つけ楽しむこと」が、最近の風潮になっている。 それに流されていただけでしかなかったのか? いや、こういう停滞の時代こそ、それぞれが己の感覚を信じて、 己の世界を構築することが求められるのか? マスコミに影響され流される時代は終わってしまったことだけは確かである。 ・・・・・・・・ 3271, 裏読み日本経済 ー1 2010年03月10日(水) 「裏読み日本経済ー本当は何が起きているのか」 朝倉慶/ 著 ー内容ー 資本主義は「神の見えざる手」ではなく「人の見えざる手」で動く!今の資本主義の中核となっている市場が、 「神の見えざる手」によって機能しているのなら、経済はうまく回っていくはずだ。ところが市場は時として 不思議な動きをみせて大きく崩れる。そして、ブラックマンデーや日本のバブル崩壊などの大暴落にの裏側には、 つねに莫大な富を手にする人たちがいた。決して表には出てくることのない資本主義のタブーに迫り、 「神の見えざる手」ならぬ「人の見えざる手」の存在を証明する。 <詳細>いま「日本売り」を仕掛けているのは誰なのか?株式と国債の大暴落から国家破綻までも 視野に入れた恐るべきシナリオとは?経済を裏側から動かしている仕組みをすべて教えます。 第1章 世界はデフレなのかインフレなのか(いまはデフレなのか、インフレなのか? ;40兆円の需給ギャップが日本をデフレに陥れている ほか) 第2章 これから起きるのは国家破綻の連鎖(ドバイ・ショックの本当の意味 ;世界経済はごまかしでもっているだけで、実質的には破綻 ほか) 第3章 金融ゲームの裏側で何が起きているのか (どうとでも説明できる相場の動き;お金の量が相場の世界の勝敗を決める ほか) 第4章 市場はどのように支配/コントロールされているのか (株はこうやって操作される;政府はなりふりかまわず景気対策に奔走する ほか) 第5章 恐慌経済を操る恐るべきカラクリ(SQという先物を作ったのは誰か;ブラックマンデーはこうして作られた) 〜〜 面白い本である。先日の日曜日に「マネー敗戦」「新・マネー敗戦」を再読し、「ドル亡き後の世界」と、 この本を読んで、何か虚無感に包まれてしまった。要は、我われはアメリカに「紙切れのドルと、アメリカ国債の 金融システムに組み込まれて、真面目に働いた貯蓄を巻き上げられいるのである。今度のリーマンショックも、 加害者はアメリカだが被害者は全世界。アメリカも傷ついたが身を切らせて骨を切ったのである。世界の混乱の中で、 膨大の借金を棒引きをするのが狙いである。リーマンショックも、彼らの国家戦略と仮説を立てると、合点がいく。 戦後の日本の政治家と官僚はアメリカの間接占領の中で、忠実な犬という仮説も、あながち穿った見方ではない。
・・・・・・・・ 2896, オーラをみたことがあるか? −2 2009年03月10日(火) *それをブロッケン現象というらしい! 前回の「オーラをみたことがあるか?」を書いた翌日、これを読んだ知人A氏が来て「自分も見たことがある」という。 「亡くなった父が登山が好きで、早朝の登山で自分の姿のオーラを見たという。それをブロッケン現象といい、 登山仲間の間では、これを見ると遭難しても助かるというジンクスがある。父も何度も登山で遭難しかけたが、 助かった経験を持つ。そういう自分も、早朝のゴルフで自動散水しているところにゴルフの球を取りに行った時に、 自分の影のオーラを見た経験がある」という。 それをブロッケン現象と言うと教えてくれた。 ドイツのブロッケンという山でよく見ることが出来るので、そういう。 ーそこでネットのウィキペディア辞書で調べてみたー ブロッケン現象は太陽などの光が背後からさしこみ、影の側にある雲粒や霧粒によって光が回折され、見る人の影の周りに、 虹と似た光の輪となって現われる大気光学現象。 光輪 ともいう。山岳の気象現象として有名で、尾根の日陰側かつ 風上側の急勾配の谷で山肌に沿って雲(霧)がゆっくり這い上がり、稜線で日光にあたって消える場合によく観察される。 航空機から見下ろす雲や、平地でも川霧等に現われることがある。 ・虹に比べて、見かけの大きさは10分の1程度と小さく、光の輪は何重にもなる場合がある。 また、見る人の影が十分小さければ、中心点にも輝点が見られる。内側は青色で、外側は赤色。 ・ブロッケンの妖怪(または怪物)とも呼ばれるが、日本では御来光、山の後(御)光、仏の後(御)光、あるいは 単に御光とも呼ばれる。これは、古くは阿弥陀如来が姿を現したと考えられていたためである。 槍ヶ岳開山を果たした僧・播隆の前に出現した話が有名。 ーー 私が母のオーラを見たときは、早朝の靄〈モヤ〉がカカッテいたため。ただ、あれが私が経験した稀な現象でないことを 初めて知った。昔の人が自分のオーラを見たら神の仕業と思うだろう。私は、人体の周りにはボデーフィールドが在ることを 知っていたので、たまたま見えたと思ったが。自分のブロッケン現象を見てみたいが、無理か。 ・・・・・・・・・ 2532, ウェブ時代 5つの定理 ー2 2008年03月10日(月) ーまずは第3の定理の概要から 第3定理は「技術者の眼(め)」である。21世紀のビジネスは、科学と技術を抜きにして考えることはできない。 アントレプレナーシップとチーム力を、その根底で突き動かしているのが「技術者の眼」だ。 シリコンバレーの中核には、 科学や技術を愛する人たち独特の価値観が深く根付いている。起業家やエンジニアばかりでなく、経営者、投資家や 金融機関にまで、文系的な管理者的な論理とは全く異なる精神が貫徹されている。特に2つのことが重要である。 ・1つが西海岸特有のカウンターカルチャー(伝統的・支配的な文化に対抗する文化)から強い影響を受けた思想である。 ・もう1つが「大きな技術の流れに逆らっては絶対にダメだ」という考え方である。 ≪カウンターカルチャーは中央集権化された権力に軽蔑(けいべつ)心を示し、まさにそれが、 リーダー不在のインターネットの世界だけでなく、PC(パソコン)革命に対しても哲学的基盤を与えた≫ これは、1960年代から70年代のカウンターカルチャー思想を牽引し70年代にシリコンバレー発で始まったPC革命から、 現在進行中のウェブ進化に至る思想的基盤には、技術こそが反中央、反権威、アンチ・エスタブリッシュメントの個をエンパワー (力を付与)するものだという考え方が根強くあった。その力を起爆剤に現状を破壊し、フロンティアを切り開こうというのである。 事実、PCは誕生当初から、個が技術を使って権威と対抗できる革命的な道具として産声を上げたものだ。 個人一人一人の自由を最大限尊重すべきだとし、国家や体制に縛られるのを嫌うリバタリアニズム(自由至上主義)に、 個の力を強めるパーソナルテクノロジー、管理されないネットの自由を信奉する考え方が結びついたのだ。 ーー 解)著者は「中央集権的な、経営者的な、社会的な視線より、全く違ったPC革命を見通せる技術者の目が必要」と看破している。 それは一人一人の自由を尊重する考えである。これはオープンソース化に繋がるものである。それとオープンソース化などで、 技術が日々革新されていく中で、革命的な技術者の目が更に必要になる。世界の頭脳が繋がってしまったから、 そこには止まることのない進化が核爆発を起こしているのである。その爆発の先を透視できる技術者の目こそニーズとなる。 全く統制経済の社会主義とは何だったのだろうか? 逆だったのである。 世界はネットで根底から変化を始めた。 「全く違う地球が、もう一つ出来た」と著者が述べているが、その象徴がグーグル・アースである。 そして、少し違った切口になるが、アップルの「iMac phon」である。 ー つづく ・・・・・・ 2007年03月10日(土) 2167, 「日の名残り」 ー1 読書日記 才八∋ウ _〆(∀`●) 福田一男著「成熟への名作案内」で紹介してあった本である。さっそく、インターネットで取り寄せた読んだが、 英国在住の日本人作家カズオ・イシグロ(石黒一雄)が執事スティーブンスにー偉大さの条件は、品格にあるー と言わせているところが良い。 ー2007/01/20 に「2118, 品格について?2 」ーで書いたが、その本の中で、他に幾つかのプロとしてのあり方、 そして品格について、英国的文化にも興味を引かれる。英国の上流階級のマナーと考え方と教養とは何かを、執事の眼を 通して論じている。ホテルのマネジャーの職業に似ているところがある。何か反省させられるところが多い本であった。 パタゴニアに行ったとき、ツアーの品の良い中年の添乗員が、若い時に何年間か英国暮らしをしていたといっていた。 (大手銀行系から脱サラしたが、事業に失敗して・・・・)「執事のつもりで、何なりと仰せ付け下さい」という言葉の通り、 執事のように自分を押し殺し手際よく役割をこなしていた。この本を読んでいると英国の歴史の深さと豊かさが感じられる。 イギリスといっても、その背後にはオーストラリア、南アフリカ、カナダなどの国が連邦をなしていて、 英国人が多く住んでいる。日本とは、その隠れた豊かさのレベルが違うようだ。 ーー 旅先の最後の日、桟橋で見知らずの老人と話す場面がある。その老人の言葉がよい!「なあ、あんた、わしはあんたの 言うことが全部理解できているかどうかわからん。だが、わしに言わせれば、あんたの態度は間違っているよ。 いいかい、いつも後ろを振り返っていちゃいかんのだ。後ろばかり向いているから、気が滅入るんだよ。 何だって?昔ほど仕事ができない?みんな同じさ。いつかは休むときくるんだよ。わしを見てごらん。 引退してから、楽しくて仕方がない。そりゃ、あんたもわしも、必ずしも若いといえんが、それでも前をみなくちゃいかん」 その時だったと存じます。男がこう言ったのはー「人性、楽しまなくちゃ。夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。 足を伸ばして、のんびりするさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。夕方がいちばん一日で いい時間だって言うよ」男が立ち去ってから20分ほどになります。私はここに残り、いまの瞬間をー桟橋のあかりが 点燈するのを待っておりました。さきほど申し上げましたが、楽しみを求めてこの桟橋に集まってきた人たちが、 点燈の瞬間に大きな歓声をあげました。その様子をみていると、先ほどの男の言葉の正しさが実感されます。 しかに、多くの人々にとりまして、夕方は一日でいちばん楽しめる時間なのかもしれません。 では、後ろを振り返ってばかりいるのをやめ、もっと前向きになって、残された時間を最大限楽しめという男の忠告にも、 同様の真実が含まれているのでしょうか。 ーーー 執事の自分語りの言葉を通して、イギリスの田舎の光景と文化を浮かびあがらせている。今年の旅行は、イギリスか アイルランドへ?と誘惑にかられる本である。品性か?!その視点で自分の人生を振り返ると、それは教養の深さに結びつく。 といって、品性とか教養を信じちゃいけません。ローマ帝国以来、それを自認して来た連中の残虐非道をみれば解ること。 結局は、アブラハムの発明した神に問題がある!といえるのか。(生意気そうに? これ先日亡くなった池田晶子の言葉!の租借) ーつづく (⌒▽⌒)/"”さいなら! ・・・・・・・・・ 2006年03月10日(金) 1802, 世界三大 (☆-v-)。o○《Gооd Мояйiиg》○ 「世界三大○○」と検索してみて、その種類の多さに驚いた。世界中で代表するような存在として、滝、山脈、料理、絵画、 美術館など思いつくが、それ以外は考えたことがなかった。それに興味を持つ者たちにとっても、三大という意味は大きい。 その3つを制することは、世界を制することにも等しい。本当に「世界三大」がどうか?より、「そう呼ばれる」ということが 基本であり、かなり微妙なものが多く含まれている。ナイアガラの滝など、世界の滝を見てきて、非常に疑問である。 ーその幾つかをインターネットでコピーしてみたー 世界三大というと一時でも細事から離れ、大きな気持になれるからよい。(゚ω゚)(。_。)ウミュ(゚ω゚)(。_。)ウミュ ー*自然、地形 ? 世界三大河川 アマゾン川、ナイル川、ミシシッピ川 世界三大運河 キール運河、スエズ運河、パナマ運河 世界三大瀑布 イグアスの滝、ナイアガラ滝、ヴィクトリア滝 世界三大夕日 釧路市、バリ島、マニラ ー*構造物・建設物ー 世界三大天然橋 雄橋、プレヒシュ、ロックブリッジ 世界三大図書館 大英図書館、アメリカ議会図書館、フランス国立図書館 ー*遺跡 ? 世界三大陵墓 始皇帝陵、大仙陵古墳(仁徳天皇陵)、クフ王のピラミッド 世界三大秘宝 ツタンカーメン黄金のマスク、ミロのヴィーナス、モナ・リザ 世界三大宗教空間 法隆寺(日本仏教)、サン・ピエトロ大聖堂(カトリック教)、 《パルテノン神殿(ギリシャ神話)、タージ・マハール(ヒンドゥー教)》 ー*文化・芸術ー 世界三大劇場 オペラ座 (パリ)、コロン劇場(ブエノスアイレス)、スカラ座 (ミラノ) 世界三大歌劇場 ウィーン国立歌劇場、オペラ座 (パリ)、スカラ座 (ミラノ) (字数制限のためカット 2011年3月10日) ・・・・・・・・ 2005年03月10日(木) 1437, 感動について 人間の一番重要な能力は感動である。感動力という言葉もあるが、その能力は‘感動の回数と質の賭け合わせ’により醸造される。 「質の高い感動をいかに多く体験をするか」が人生のポイントになる。親は子供に感動体験をシャワーのようにチャンスを与えることが、 躾と同様に一番の家庭内教育になる。展覧会、音楽会、名作映画、本、旅行、自然などに直に接する機会を増やしてやることだ。 それは個人ー自分自身ーにも言えるが。感動は自分を変えてしまう力がある。 その都度、感受性が鋭く豊かになっていく。 感動は、対象の振動に共鳴することである。 共鳴は対象と同一化することになる。共鳴するほど、振動の対象が内面に焼き付けられるのは、同一化のためである。 そして奥に沈殿し、心の豊かさになる。感動の最高のものが歓喜になる。いや歓喜は、その一歩手前の経験でしかない。 歓喜さえ通り越してしまっている状態が至高体験である。感動体験は自分の小さな殻を叩き割る役割を果たす。 その殻からの脱皮が重なりが多くの対象の波動に敏感にしてくれる。「一流のものを見て聞いて、体験しなさい!」とは、 そこから出ている波動に共鳴しなさいという意味である。人間も本も、然りである。良い学校に行きなさい!というのは、 良い先生、良い仲間に出会えるからだ。もっと青少年の頃、本を読んでおけばよかったと悔やまれる。今更だが。 ・・・・・・・・・ 2004年03月10日(水) 1071, フランチャイズ・ショー ?4 三日間もいると見る必要のないと思われるものまで見てしまう。コンタクトレンズ・ショップ、中古ゴルフ用品、中古釣具、 結婚紹介所、近視矯正器具販売、などなど。以前より関心のあった介護ビジネスも、経営という面で面白い。 数年で投資回収が可能なのだ。この厳しい経営環境の中で異質の世界であった。その中でデーサービスに絞ったFCがあった。 新潟では乱立ぎみで来年度で飽和状態になるというが、一年で投資回収可能のケースもあった。 ところで会場に足マッサージ器具の展示品があった。毎回、必ず会場で販促をしているのだが、行く度にドンドン良くなっていく。 プロが足を揉んでいるようであった。足を両側から包み込んで強く圧縮する。但し上代15万、割引で8万円もしたが、 それだけの価値があったようだ。健康機器もドンドン良いものが出てきている。フランチャイズ・ショーの会場は 今の第4次産業の見本市でもあった。今の時代、経験をパックにして売ることも買うことも可能なのだ。 ・・・・・・・・ 2002年03・10 旅行中で書きみなし
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