| 2286, LSDを一服した状態とは、どんな状態? −1 |
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2007年07月07日(土)
おはよー (((。・-・)从(・-・。)・゜ 植草甚一の「カトマンズでLSDを一服」という本が面白い。 ただし、30年前の本で、著者もこの本を出した直後に亡くなった。 しかし内容は、朽ちてはいない!
「植草甚一スクラップブック」の一冊でNO/11になるが 古今東西、植草甚一の読んだ麻薬に関する記事・文献などが話題になっている。 図書館で借りてきた本だが面白そうなので、ひととおり目を通して、中古本だが、 直にアマゾンで注文をいれた。 麻薬のトリップに対して興味がある。 しかし麻薬をまさか使うことは出来ないし、中毒になったら取り返しがつかない。 といってバッド・トリップやグッド・トリップの状態を経験してみたい誘惑もある。 まあ、死ぬ直前の楽しみにしておいた方がよい。 ならせめて、どういう状態なのか、知識として知りたくもなる。 手元に何冊か、その状況を紹介した本がある。
私の枕元にはトリップの状態に近づける音楽のCDのセットがある。 買って10年近く、寝る前などに聴いてきたが、そのためか寝つきが非常によい。 酒を飲んだホロヨイの気分と同じである。 私の場合、秘境旅行や、酒席などの盛り上がりなど、至高体験を数多く経験してきたので、 少しアルコールを飲んだり、寝る前の音楽で、直にトリップしやすい蓄積がある。 体質的に脳内には回路が出来ている、ということ! その体験の倉庫に入るようにすればよい。
以下は、この本の冒頭に出てくる心理学者ジュラール・ボルの 「麻薬への旅」の中の一節である。 麻薬のトリップの状態を書いた本を何冊か持っているが、どれも似ている。 ともかく、面白く解りやすいので紹介しておこう。 ーー1967年10月から著者ボルの2年間の経験談であるーー ーーー p・12~13「カトマンズでLSDを一服」 ネパールではハシーシを政府が許可しているし、1�舛涼傭覆�150フラン前後 (ヨーロッパでは五十倍の値段)なので、ヒッピーの顔ぶれは変るが、 いつも400人ぐらいいるそうだ。力トマソズには彼らの連絡場所になっている 「リトル・チペタソ」というチベヅト人経営の小さなキャバレーがあるが、 ある日のことリーというアメリカのヒッピーがLSDを持ってやってきた。 そうしてカトマソズの谷間の平地に仲間たちと「ヒヅピーラソド」と名付けた 小コミュニティのテソト生活をはじめるのだが、夜の十時ごろ、 みんなしてカプセル入りのLSDを少量の水で飲んだときの経験を、 著者ポルは書きはじめる。
暗い夜で、キャンプの焚火が赤い。遠くにヒマラヤ山脈の輪郭が見える。 みんな声を出さないでLSDが効きはじめるのをジーッと待っている。夜の静寂さ。 二十分したとき、耳のうしろの首筋が急に熱くなったかと思うと、舌ざわりが 金属的になった。まだ効果はあらわれないし、意識は平常どおりだ。 すると始まったなと思う感覚の変化。神経が局部的にピリッと硬直し、 その瞬間はロではいえない異常な現象がおそいかかった気持である。 いろいろなLSD体験記から想像していたのと同じ状態であって、自己が解体し、 まわりの知覚世界に溶けこんでいく。 それがすこしたつと、こうなった。 焚火を見ていると、その火のなかに、ぼくがいる。ぼくは火なんだな、 いや火の向うに存在しているようだ。というのは火や明りや影が、 ぼくの思考や意志に服従するように動いているからで、まわりの世界を、 ぼくが上からフタをしているような気持になってきたからである。 それなのに、ぼくとは違ったものなのだ。まわりのすべてと同じものになっていく。
と同時に余計だと思う漠然としたものが、仮面をかぶったように引っこんでしまった。 そうして宇宙的になりはじめた精神的内部の知覚作用。いろいろなものが重って見える。 その重なりかたの度合が強烈な作用をもっていて、たがいに矛盾するかと思うと 無限の連想へとみちびいていく。そのときレコードをかけた者がいて、 チベットの宗教音楽が流れてきた。
すると意識がより複雑になり、その音楽は、ぼくが作曲したものではないか、 なぜならばくの体内から生まれてきたようだし、ぼくの思考と厳格に一致しているからだ。 単調だが美しく流れていく音楽は、ぼくなのである。 一つの音が、つぎの音になるまでにハッキリと分離して耳に入ってくる。 ぼくと周囲との溶解状態が、さっきよりずっと完全なものとなった。
ハシーシやメスカリンが効きだしたときのように、しぜんと目ぶたがふさがる。 すると音楽が目に見えてきた。一つの音が明りで書いたようになり、キラギラと飛び散る。 無限に大きい万華鏡のまんなかにいるようだし、ある音が、ほかの音よりも強く、 ぼくのなかで反響し、それが後頭部や胃のあたりをシピれさせ、 打楽器の音が強烈な電気ショックのように全身を飛びあげるようにするのだった。 ぼくは手を見る。それは歪んだり、大きさや色の具合が変化したりする。 そばにいる仲間の顔を見ると、小さなダイヤモソドがちりばめられていてピカピカと輝き、 とても美しい。ぼくは目を閉じる。するとまた心の奥ふかくへと落ち込んでいく。
自己と別世界との溶解。 非現実の現実的な知覚状態。 これは,「シュールモア」(超我)と呼びたい。 そのときの解放感は、口ではいえないくらい気持を昂揚させる。 道徳的な規準といったタブーのすべてが取りのぞかれてしまうのだ。 そうした宇宙をなにかのシソポルや連想や知覚の種類や合理的なイメージで 説明しようとしても、文字や言葉は単純化された嘘になるだけである。 ただあとで考えたことだが、人間というものは、いかに不条理で憐れむぺき存在か、 歴史や文化の発展のなかで「権力」に支配されて生きてきたのだ。 そこから解放されるものがLSDだということはハッキリといえるのだった。
そのとき誰かの笑い声がした。なぜ笑ったのだろう。 それは、ぼくが四十年間というもの、無知だったことを笑っているような気がする。 三十人くらいの仲間が、誘われたように笑い声を出し、ぼくもいっしょに笑いだした。 以上は「麻薬への旅」の、ほんの一部の紹介だが、 LSDの研究は、ますます興味ぶかくなってきた。
ーーーーーー テリー伊藤の「死ぬまでのあと一週間あなたならどうしますか?」 という本があった。 今だけを捉えるなら「一週間、LSDを飲みまくる!」だろう。 いや、私の場合ガンで死ぬだろうから、痛み止めで・・・
「・・・自己と別世界との溶解。 非現実の現実的な知覚状態。 これは,「シュールモア」(超我)と呼びたい。 そのときの解放感は、口ではいえないくらい気持を昂揚させる。 道徳的な規準といったタブーのすべてが取りのぞかれてしまうのだ。・・・」 これは・・・秘境などの絶景を見て感動に打ち震えている状態と同じである。 一度、味わったら中毒になってしまう!これは。 いや、廃人になるだろう! ーつづく ヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・・ 2006年07月07日(金) 1921, ドラッカーの遺言 才八∋ウ_〆(∀`●)
去年の暮れ、20世紀の経営思想をリードした ドラッガーは世を去った。
*「自らの強みに重点を置け」 *「知識こそ、最大の経営資源である。 ‘学習こそ、一生涯にわたる冒険’として心から受けとめること」 *「自らをイノベートせよ!」、 *「『問題重視型』の思考に囚われるな。 『機会重視型』の発想を持て。」が、 彼の思想の中核を占めている。 全く「新しい時代」を生きる私たちへの最後の遺言としてみるとよい。 ドラッガーは我われに大きな経営思想をのこし、昨年の暮れに亡くなった。 ー以下、(少し時間がかかったが) この本から要点を抜粋した。
ーー (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが? ●国境が消えた インターネットの普及によって国境が取り払われ、 国と国の距離はゼロになった。 スペイン語を使えこなせる私の孫娘は、いつでも好きな時に ラテンアメリカから発信される情報にアクセスできます。 言葉の壁を乗り越えさえすれば、 世界中のあるゆる情報を瞬時に手に入れることができる。
●グローバリゼーションについて語っている時、人は情報について語っている。 グローバルの時代の武器は英語力である。
●絶えざるイノベーションによって、常に新しい価値を創造せよ。
●西洋の価値観に支配されない「まったく新しい世界」が登場する。
●「時代の変わり目」にいま自分がいるという自覚を持て。 この転換期は30年続くであろう。 誰も知らない世界が来る。 異なる価値観が共存する新しい世界では、ソ連崩壊後の15年間、 唯一超大国として君臨してきたアメリカも、その支配力を失う。 超大国が持つ「権力」でなく、グローバル化した「情報」によって 世界が強固に結びつく時代が来る。 ーそれは誰も理解しない世界であり、まだ見ぬ世界に不安を覚えるのは 当然のことといえる。
●新しい秩序へと向かう混迷した世界の中で、 新しい重責を担う二つの国がある。 一つはイギリス(西欧への窓口)、 いま一つは日本(アジアへの窓口)である。
●日本が直面しているのは危機でない、時代の変わり目である。 時代が変わったことを認め、その変化に対応していくための意識改革に 取り組むべきである。−その変化を拒絶してはならない。
●国際競争において意味を持つのは、唯一「知識労働における生産性」のみである。
●情報化が進展する新時代の世界経済のもとで、最も苦労する国は日本である。 つねにイノベートを追求し、新しい価値を生み出すことでしか、 日本は生き残れる道はないー。
●情報経済というまったく新しい世界経済の中で、日本は最大の 難関に直面することになった。 立ちはだかる相手は、インドと中国です。 この両国が急速に経済大国の仲間入りすることで最も脅威にさらされるのは、 日本なのです。
●人はリーダーに生まれない。 リーダーとして振る舞える習慣を持つ人が、リーダーになるのだ。
●現実における変化h、決して以前のものとは同じにならない。 そして、机上で考えるより変化は先に現れるー。
●過去50年間で最も大きな変化は、教育において現れた。 変化し続けるスキルを身につけるため、絶えず教育に立ち返ることが 個人のイノベーションを促進する。
●最も重要なことは、個人個人が自らの未来を切り拓くことである。
●成果を得るために、 どんな強みを活かして、 何をしなければならないか? −経営の本質は、すべてこの一言に言い表されているー ●『自分の仕事は何か』 『何が自分に適しているか』 『自分に何が適していないか』 を突き詰めるべきである。
●どんな職業であれ、有能な人間は自分の得意・不得意を熟知している。 そしてそれを知り抜いているから、 生じた変化に柔軟に対応することができるのだ。
●決定の本質とは、 『将来に対する現時点のコミットメント」でもあります。 決断通りにことがうまく行きません。 だからこそ、リーダーは注意深く人の話を聞き、 リスクとチャンスのバランスを考え抜き、 人選にできる限りの時間を割く必要があります。
●絶えざるスキル・アップを達成するためにも最も重要となるのは、 自分の強みを把握することです。 自分が何を得意とするのかを知り、磨きをかけていくー これこそ個人のイノベーションの要諦であり、成果を挙げ続ける 唯一の方法です。 ●個人の長所をどうして見出すか? それは過去のキャリアの中に現れています。 何をうまくこなせたか、こなせなかったのか。 ー 以上だが、どの言葉も鋭く響いてくる。 日本人は特に英語を学ばさなければならない! これが解ってるかどうかである。 i (ω・`) bai ・・・・・・・ 2005年07月07日(木) 1556, 将来の不安− ー島田裕己「不安を生きる」より、さらに抜粋してみる。
「不安というものからは、そう簡単に逃れられない。 逃げられるような気がしても、実は隠していただけに終わっているのかもしれない。 不安なのは覚悟が決まっていないからで、どこかで一度しっかり覚悟を決めないと、 不安から逃れる道を見つけ出すことは出来ない。」
「信仰を持ったって、必ず不安になるのです。そんな呑気な人は世の中にはいない。 何も疑問を持たずに一生そのままいける人ってあまりいるものではない。 不安そのものを根本的になくすと発想しないほうがよい。 山岸会の場合も、ユートピアをめざす運動として幸福一色の世界実現を考えた。 それがユートピアの恐ろしいところであって、人はユートピアのなかで 幸福でなければならないという考え方に陥ってしまいがちなのです。 そうすると、幸福でない人、不安を抱えている人が出ると、 その人が間違っているとして批判を受けたりする。 そうすると、その反対の逆ユートピアに転じていく。」
「だから社会は、若い女性達に結婚しろというメッセージよりも、 結婚なんてしても幸せにはなれない、子育ては大変だというメッセージを 流すことに熱心です。なんとか不安に安住させて、癒しを求めて消費させようとする。 それはもしかして、巨大な詐欺ではないか。社会のメッセージでは、 結婚は自由が奪われるという面ばかりが強調されすぎている。」 「欧米社会は、カップル社会で独りでレストランに出かけていってもよい顔を されない。カップル社会はデート社会だから、金曜日や土曜日にデートする相手がいないと かなり苦労するという。魅力のない女というレッテルを貼られる。 日本では、それがないから、色いろな産業が彼女らを狙う。 不安産業でいうと「エステ関連ー癒し産業」などである。 それに女性は踊らされている。「あなたは不安でしょう」とは言わない。 「癒される、ホッします」という表現で客を巧妙に誘う。
ーー 最近、「ラジウム石の癒し」とか「エステ」の店が開店している。 不安定な時代になればなるほど、癒しという言葉につられて女性が殺到する。 エステが潜在的には不安解消であることを、本人達は気づいてないのでないか。
不安とは、孤独感にもつながっている。 最近流行りの女性の「おひとりさま」も、その典型である。 男なら居酒屋でも、パチンコ店に平気で入ることができるが、 若い女性は気楽に入ることが出来ない。 しかし、都会で一人たくましく生きている女性が最近多い。 そのニーズを見越して都会では「癒しの空間」とかいうエステや石風呂などが 増えてきているのだ。ホテルの女性狙いの「おひとり様コース」も出てきている。
「癒しの世界」が、不安の解消であったとは意外である。 一見かっこよい世界が、実は心の闇の不安解消の世界とは。 健康食品も9割は不安感の解消と同じことである。 何種類も飲んでいるのは、潜在的に不安そのものの解消だったのか? 不安になったら、エステか運動ジムに行こうか? その方がまだましか?
・・・・・・・・・ 2004年07月07日(水) 1191, 異境・秘境ツアーレッスンー8 ートラベルはトラブル
アフリカや、南米、シルクロード、北極圏などの最終目的地に着くまでは 何回かの飛行機を乗りつぐ。 飛行機は気圧の関係も含め、快適の乗り物ではない。 一番価格の安いツアーを選ぶ関係上、エコノミークラスである。 特に成田からの最初のフライトの12〜13時間が厳しい。
酒を買い込んで、ドンドン飲んでトイレに通うのがコツである。 といって飲みすぎると、腹の具合が着陸時点でおかしくなる。 これも楽しみのうちと暗示をかけて、音楽を聴いたり映画を見る。 その合間に行き先のパンフレットや資料に目を通す。 少しでも嫌だとか、早く着かないかとは考えないことだ。 人生と同じでプロセスに気持の隙を見せないことである。 音楽が気持を和らげてくれるのも人生と同じである。
南アフリカに行ったとき、名も知れない国の、名も知れない飛行場で 猛暑の中、10数時間も足止めを食らったことがあった。 さすがにツアー慣れをした人たち、誰も不平をいう人はいなかった。 言ったところで、どうしようもないことを皆知っているからだ。 その場面をむしろ余裕で楽しんでいるようにも思えた。 人生の圧縮されたレッスンそのものである。 苦難こそ、余裕を持って楽しむ姿勢が、その苦難を苦難でなくしてしまう。
トラベルとは、トラブルの語源という。 旅行では苦難、問題が次々と立ちはだかってくる。
中国のタクマラン砂漠から、新羅ウイグル地区を抜けて、パキスタンの カラコルムハイウエーを通っての2週間の旅行は、まさしくトラブルの連続であった。 それを割り切っていたためか、そのトラブルがむしろ面白いのだ。
人生も同じである、トラブルはつきものと割り切ってしまえばよい。 振り返ってみると丁度よいトラブルが、そのつど与えられていた。 中心点から目をそむけず、ひたすら立ち向かっていれば、いつの間にか問題は 解決されるものだ。
感動を経験するために、トラブルを通り抜けていくから良いのである。 人生も旅行も、ゲームである。
・・・・・・・ 2003年07月07日 アラスカ旅行中 ・・・・・・・ 2002年07月07日 スイス旅行中
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