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2007年07月06日(金)
詐欺師や占い師や、健康食品のネズミ講などで、 相手を信じこませる言葉のつかい方に、 「バーナム効果」という手法がある。 ーネット百科辞書の「ウィキペディア」によるとー ーー 「誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす記述を、 自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学の現象」という。 アメリカ合衆国の興行師・バーナム にちなんで(心理学者のポール・ミール によって1956年に)命名された。 アメリカの心理学者バートラム・フォアの名をとってフォアラー効果ともいう。 ーー 被験者に何らかの心理テストを実施し、そのテスト結果を無視して 事前に被験者とは無関係に用意した 「あなたはロマンチストな面を持っています」 「あなたは快活に振舞っていても心の中で不安を抱えている事があります」 といった診断を被験者に与えた場合、被験者の多くが自分の診断は適切なものと 感じてしまうが、これはバーナム効果によるものである。 占いや超能力(特に千里眼など)、霊視、血液型性格診断といった試行や現象が 科学的根拠がないにも拘らず持っている説得力の大部分は、このバーナム効果で 説明出来るとされる。 ーー 「フォアの実験」 1948年、フォアは学生たちに性格テストを実施し、 そのテストの結果に基づく分析と称して下記の文を与えた。 フォアは学生たちに分析がどれだけ自分にあてはまっているかを 0(まったく異なる)から5(非常に正確)の段階でそれぞれに評価させた。 このときの平均点は4.26であった。その後、フォアはどの学生にも、 次のようなまったく同じ分析を与えていたと種明かしをした。
『あなたは他人から好かれたい、賞賛してほしいと思っており、 それにかかわらず自己を批判する傾向にあります。 また、あなたは弱みを持っているときでも、それを普段は克服することができます。 あなたは使われず生かしきれていない才能をかなり持っています。 外見的には規律正しく自制的ですが、内心ではくよくよしたり不安になる傾向がある。 正しい判断や正しい行動をしたのかどうか真剣な疑問を持つときがあります。 あなたはいくらかの変化や多様性を好み、制約や限界に直面したときには 不満を抱きます。 そのうえ、あなたは独自の考えを持っていることを誇りに思い、 十分な根拠もない他人の意見を聞き入れることはありません。 しかし、あなたは他人に自分のことをさらけ出しすぎるのは賢明でないと気付いている。 あなたは外向的・社交的で愛想がよいときもありますが、 その一方で内向的で用心深く遠慮がちなときもあります。 あなたの願望にはやや非現実的な傾向のあるものもあります。』
フォアはこの文章を占星術から構成していた。 次のような条件を満たす時、被験者はテストの正確さにより 高い評価を与える事が後の研究でわかっている。 * 被験者が分析が自分にだけに適合すると信じている * 被験者が評価者の権威を信じている * 分析が前向きな内容ばかりである
ーーー 以上であるが、言葉のテクニックでお仕事をなさる方の ノウハウをまとめてある。政治家の口先の公約のようなものである。 健康食品を小道具にしたねずみ講や、TVで最近よくみる女ヤクザだった 細木和子などが、このバーナム効果を最大限利用している。 引っかかる人は、その手合いからみると、すぐ分るという。 「迷いが先に立って適切な手を打つことが出来ない他人志向的な人」である。 詐欺師や類似した方々は、こういう子ヤギ?を探しに癒し系の会や、 宗教団体の会、会員系の健康食品の会に素知らぬふりをして顔を出す。 そして子ヤギを見つけ出しフレンドリーを装い近づく。 そしてこの話術をフルに使う。 元々相手は騙されたいのであるから、これほど楽な相手はいない。
以前の話だが、家内が興奮して言うには、あるファッション店で、 女店員が「奥様、不思議でしょうがないです。どれを着てもお似合いです。 どういうことでしょう?鏡のせいでしょうか?」と言われて次々と 試着させられた。ところが、どもこれも鏡に仕掛けがあるのでは?と、 思うほど似合ったという。たまたま、そういう商品が揃っていたのだろう。 これも一つの暗示か、それとも偶然の一致なのだろうか。 「誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす記述を、 自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学の現象」という、 バーナム効果を服に書き換えてみると・・ 「誰にでも似合うようなありきたりの服を、 その人だけにお似合いと捉えてしまう心の現象」ということになる。 ファジーが世の中の現象なら 「世の中、ほぼバーナム効果で成り立っている」というと言い過ぎか。 ・・・・・・・ 2006年07月06日(木) 1920, 浮かれる景気 \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/ 「浮かれる景気」ー 読書日記
浅井隆の本である。書いてある内容は極端に聞こえるが、 中長期的視点からみれば当たり前のことである。 発刊されたばかりの本を偶然図書館で見つけた。 この数年彼が主張してきたことを書きかえているだけだが、決して間違ってはいない。 「現在の景気は、目先のミニバブルでしかない! 来年か、再来年から、間違いなく国家破産に近い状態が来る。 現在からでも遅くはない、それに対応した準備をしておきなさい」というのが主旨。 さっそく速読をした。かれのHPに要点が書いてあった。
ーー 株式会社第二海援隊 浅井 隆
皆さんお久しぶりです、浅井隆です。 今年も年頭からライブドア・ショック、イラクを中心に頻発するテロ、 インドネシアで再度発生した津波など波乱の幕開けとなりました。 一方、日本経済そのものは、多くの人の予想以上に景気の回復が進んでいます。 かつて私は、 拙著「国家破産サバイバル読本(下)」の中で、 2004〜2005年について「嵐の前の静けさ」と書きました。 厳しいデフレが一時的に緩和され、株も最悪の状況を脱し、 国家破産が表面化する前の一時的な小康状態が出現するというわけです。
景気回復が力強さを増す中、ようやく量的緩和は解除されましたが、 ゼロ金利政策は依然として継続されています。 一般庶民にはなかなか回ってきませんが、大量のお金がダブついている状況です。
都心部を中心に地価も上昇に転じ、東京や名古屋の一等地など一部地域では バブルが指摘されるほどに過熱しています。 銀座、丸の内、さらに最近では表参道の裏通りの物件まで不動産業者による 物色の範囲は広がっています。 また、住宅地についても、特に田園調布や成城などの高級住宅地では 路線価の1.5倍や2倍もの値段で売れるという状況が見られます。
また大企業を中心に最高益を記録する企業が相次いでいます。 かつて不況業種の代表格であった造船会社などでも、受注が数年先まで 埋まっているという活況ぶりです。
株価はライブドア・ショックで一時大きく下落しましたが、 ここにきて持ち直し、再び上昇する気配も感じられます。 4月か5月頃に中東のオイルマネーが日本に入ってくる、 という情報も私のもとへ入ってきました。 株についてはあと1年ほどは良好な状態が続く可能性が高いと思います。 場合によっては「黄金の1年間」とも呼べるものになるかもしれません。
ただし、以前から申し上げているように、日本の財政赤字はますます膨張しています。 この点には注意が必要です。すぐにではないでしょうが、 いずれ大きな転換点を迎えることになるでしょう。 私はその転換点を2008年か2009年頃と予測しています。
そのような中、これから数年の日本経済の動向を予測した 「浮かれる景気」(第二海援隊刊)という私の最新刊が出版されます。 4月初旬(都内の主要書店では3月末)より全国の書店にて発売予定ですので、 ぜひお読み下さい。
さらに、私が主幹を務める「経済トレンドレポート」なども利用しながら 財産を守り、混迷を深める時代をしたたかに生き残っていただきたいと思います。 (浅井隆の最新コメント 2006.3.24) ーー−− ー最後の円高局面に対処ー
「浮かれる景気」(第二海援隊刊、P79)や 経済トレンドレポート(2005年12月30日号)の中で指摘したように 急速な円高ドル安がやってきました。 2005年12月上旬に付けた1ドル=121円台をピークにドルは下落に転じ、 2006年5月現在で1ドル=110円を割り込んでいます。
これはアメリカの利上げ打ち止めが近いという観測と日本の景気回復をにらんだ 動きといってよいでしょう。 この調子ではもう少し円高が進行する可能性が高いと思います。 円高がいつどこまで進むかは正確には誰にもわかりませんが、 私自身は1ドル=105円前後がピークと見ています。 あと半年ないし1年くらいは円高局面が続くかもしれませんが、 5〜10年という長期で見れば、今回の円高は最後の円高になると思います。 日本の破滅的な財政状況を考えますと、長期的には円安にならざるをえないでしょう。
そういう意味では、現在の水準は非常によいドルの買い場といえるでしょう。 それどころか、円をドルなどの外貨に換える最後のチャンスとなる可能性さえあるのです。 円を外貨に換える際には、銀行預金ではなく海外の優良ファンドを買う方がよいでしょう。 銀行に外貨預金をしていて円高になった場合は、大きな損失を被ることになります。 ところが優良ファンドであれば、仮に円高が大きく進んだとしても高いリターンが 為替差損をカバーしてくれることを期待できます。
いずれにしても、10年後に振り返ったときに、 「あれほどの円高があったのか」と驚くほどの局面にさしかかっているのは ほぼ間違いないでしょう。 国家破産にともなう将来の円安やインフレにより資産を目減りさせないためにも、 総資産の半分程度はドル、ユーロなどの外貨建てファンドに分散しておくことが大切です。 皆さんも、最後のチャンスとなるかもしれないこの円高局面を有効に活用し、 国家破産という困難な時代を生き抜く対策を万全なものにしていただきたいと思います。 (浅井隆の最新コメント 2006.5.22) ーこれに「ドラッガーの遺言」を重ねてみると、 間違いなく、大きな混乱期に入ったのが解る。 特に、日本は七転八倒の苦しみに入りざるを得ない。 そういう視点で理解できなかった事象をみると、解ってくるから・・・・ (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! ・・・・・・・ 2005年07月06日(水) 1555, 将来の不安−3
不安について考えてきたが、図書館で島田裕己の「不安を生きる」 という本があった。 2005年・4月10日発刊というから最近の本である。 オウム教事件の時にオウム教擁護的発言でバッシングにあって、 東京女子大学の教授を辞めざるをえなくなった人である。 宗教学が専門のためか「不安」心理に対しては専門であり、深い。
宗教には「不安」に対する明確な解答が用意されている。 不安と宗教心は裏腹の関係にある。 不安こそ誰もが何時も直面している心の闇である。 その闇に神の世界を提示して見せるのが宗教である。 不安の正体を知ってしまえば、自然と解決方法は出てくる。 更に不安を解消する一つの手段として具体的にネットワークの存在を提案している。
ー面白そうなところを抜粋してみる。 P-76 ところが不安がないということは、下手をすると今の状態に安住することに つながってしまう。そうなると緊張感もなければ、進歩もない。 進歩もないということは達成感もないということです。 イニシエーションという言葉を使えば、一つの役に挑戦することが イニシエーションになってくれない。 逆にそれをイニシエーションにするには不安が必要になってくる。 心の安定ということでは、不安を悩みに変えていく必要があるけど、 安定は停滞につながっていくから、いっぽうで不安も必要になる。 海老蔵は、弁慶をやる前日に寝過ごしてしまったと思った時、 これで役者をやめなくてはならないと思ったそうです。 それだけ不安を経験しているからこそ、不安が欲しいという発言が出てくる。 彼は不安を次の発展へのバネにしようとしている。 ーー
不安について以前にも書いてきたが、その対応として 思い当たるものをドンドン書き出してみることだ。 それが悩みという具体的に落とし込むことになる。 そして、その対応として思考と行動が生まれるきっかけになる。
そういえば、10代、20代の頃は、不安が常につきまとって、 それがエネルギーになっていた。 つづく ーーーーーーー 「不安を生きる 」 筑摩書房 島田 裕巳【著】
私たちの社会には今、漠然とした不安が広がっている。 将来の変化を見通せず、未来への希望が持てない。 会社もアテにできず、心底頼れる人も見当たらない。 そんな思いを抱く人が増えている。 こうした事態は、都市化が進展し、かつて私たちを支えていたムラ的な 共同体が衰弱してしまったことと無縁ではない。 しかし、便利な生活を手に入れ、自由を享受する私たちは、 もう後戻りすることはできない。 不安とどう向き合い、どう生きればいいのか。 この問いを多角的に追究した本書は、 現代社会を生きる私たちにとって示唆に富む一冊である。
1 不安と悩み 2 体感不安の時代 3 不安をとらえる視点 4 不安をバネにする 5 仕事と不安 6 都市生活者の不安 7 不安を煽る「癒し」産業 8 「支え」としての共同体 9 自分の足場をつくる
・・・・・・・・・ 2004年07月06日(火) 1190, 大丈夫!−2 * 哲学について−13 ー不安の哲学ー キエルケゴール
「大丈夫!」を繰り返していうことで、漠然とした不安感が半減したと前に書いた。 これを読んでいて、もし鼻先で笑っている人がいたら、その人は表面的人生しか 生きてない人である! 不安感は大きい人ほど、それは自分に目覚め、自由と可能性を考えているか、 生きているからだ。大丈夫!を繰り返すことは、毒消しに単純だが絶大の効果がある。 単純であるが、どうしてそこまで心理的の効果があるかを考えてみる。
人間の不安の90数�佑蓮�考えすぎの影でしかない。 ルーズベルト大統領が就任演説で言ったという、 「われわれが恐れるべきは『恐れ』そのものだけである」 人間は全て、恐れから派生する大きな影に脅えているのだ。 その意味で「大丈夫」を繰り返すこととは、90�佑留討鮠辰晃�果がある。
不安といえば、哲学者のキエルケゴールが主題にしたテーマである。 彼が考えた「不安」は「ああもなれる、こうもなれるという、 いろいろな可能性を持っているからこそ、不安が生まれる」と考えた。 そして「不安はたとえてみれば目眩のようなものである。 ・・自由がいまや自身の可能性をのぞきこんだとき、めまいがおこるのである」 といっている。
若いときは、その意味で多くの自由と可能性があった。 その分だけ、大きい不安が自分を支配していた。そして絶望感に陥っていた。 さまざまの可能性を持つからこそ、不安と絶望感があるのだ。
不安感が絶望へのプロセスを生むことになる。 不安から「絶対的な何か」が欠けているという絶望感に陥ってしまうのだ。 「どうしようもならないもんな〜」という言葉が出てきて、そして お決まりの繰り返しの暗い気持を引き込んで絶望の世界に入っていくのだ。 これが、神の前に1人たたずむありかたであり、人間としての基本的な 姿としてとらえて「単独者」と呼んだのだ。
真の自分に至ることとは、神と触れ合うことである。 しかし、人間はさまざまな現世的価値観の中で生きている。 しかも、その価値観は全て有限なものである。 そして有限なるがゆえ不安に襲われ、神と自分との絶対的な距離を感じる。 それが絶望のきっかけとなるとキエルケゴールと考えた。 大丈夫という言葉は、ある意味で「神からの言葉」ともいえる。 「ありがとう」という言葉と同格の重要な意味の可能性を含んでいる。
キエルケゴールは、その不安と絶望からくる内面の大きな揺れを (心の中の)「大地震」といっている。 それだけ、この大地震は人間にとって一大事である。
最近香港で、生活保護を受けていた人が亡くなったあと、通帳が発見されたという。 そこには、なんと数億あったという。この人は不安感にさい悩まされていたのだろう。
大丈夫と楽観し過ぎて地震や火災から逃げ遅れたり、倒産したり、失業したりして 明日の生活に困ることが多いのが人生だが。
過剰な不安感をあくまで問題にしているから、勘違いをしないことだ。 自分自身のことであるが。
・・・・・・・ 2003年07月06日(日) 823,ある時間の断片ー30
ー11月2日 1968年 10時起床、食事後12時半まで床屋。 13時頃から「早稲田祭」に行く。 14時半頃に帰ってくると深井が部屋に来ている。 1時間位話して彼は帰る。 その直後急に頭が痛くなる。 「香港風邪」というやつにかかったらしい。 佐藤君のところに行ってお茶を飲んでいると、佐々木さんから 電話で東京駅に迎えにこいとのこと。 でかい荷物だ、やっとのことで寮に運ぶ。 その佐々木さんが「明日のバスハイキング」のバスの値段が高いと 苦情をいいにくる。道理からいって、因縁をつけているだけとうことが 露骨だ。今更キャンセルや値下げができるわけがないだろう。 幹事ということで言い返せないし、一応先輩だ。折れることにした。 差額の半額を私が持つことにした。 頭の回転がきかないのか、自分の面子を立てたいのか解らないが。 よく自分で我慢したと驚く。クールに割り切った方が良い。 その反動で。孝道を怒鳴りつけてしまった。 佐々木さんに対する怒りと香港風邪で頭がいたいことも含めて、 彼にぶつけてしまった。人間的な含みがまだまだないということか。
・・・・・・・ 2002年0706 旅行中 ・・・・・・・ 2001年0706 旅行中
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