|
2006年03月30日(木)
ヾ(@°▽°@)ノオッハヨー ウェブ進化論ー4 ーオープンソース現象ー 「オープンソース現象」が最近の潮流になっているというが、 これが大きな変革をもたらす要素になる。 私の、このHPも小さなオープンソースである。 これを多くの大組織がすることで、いや個人も含めてすることで 核爆発的に情報が満ち溢れる事態になってきている。
ー以下は、この著書 Pー176からの抜粋である。 (非常に哲学的にも深い示唆がある)
オープンソースの考え方は、当初は 「アカデミアを中心としたソフトウェア開発の世界」 というコップの世界であった。 Windowsnなどの爆発的広がりにより、インターネット休火山の大爆発が起こり、 そのコップが壊れ、リナックスのような大成功が引き起こされた。 そして、「オープンソース」は、IT業界の大潮流になってしまった。
しかし、この流れはそれだけにとどまらなかった。 「オープンソース」とは、 「知的資産の種がネット上に無償公開されると、 世界中の知的リソースが自発的に結びつき」 しかも 「集権的リーダーシップが中央にいなくとも、解決すべき課題に関する情報が 共有されるだけで、その課題が解決される」 という発見を意味していた。
それは他の分野の、複雑な構築物や科学の分野でも応用できることを意味していた。 その発見は、さらに 「人は何故働くのか」 「企業組織だけが万能ではないんだ」 といった普遍的かつ根源的な問いかけや予感を誘発した。 「オープンソース」はソフトウエア世界を超えて、世の中全体に 応用できるのではないかと思わせるだけの、不思議な魅力を秘めていた。 これがオープンソース現象である。
現にコレラ対策で、大きな成果をおさめている。 まだまだ開発途上国では、コレラは大問題である。 対策には高い治療費か、高いスキルが必要で相変わらずコレラに苦しめられていた。 ネット上でこの問題が提示されたとたん、わずか数ヶ月で、関連分野のさまざまな 領域の見知らずのプロフェッショナルたちがネット上で協力し合い、 低コストでしかも訓練なしで使える新システムが開発されてしまった。
コレラ治療のプロジェクトに参加した人々は、自分の貢献したアイデアが 大勢の命を救う製品に、まるでジグローパズルが少しずつ出きるのに はまり込んでいったのだろう。
ー この文章を読んだ時、 これからの時代を示唆しているように感じた。
=もう古くなるが、著者のHPより以下のオープンソースに 関する記事をコピーしてみる。= {2003年9月19日[産経新聞「正論」欄]より} ー知的資源の自発的な結合を誘発 従来型の開発方式を覆す
米マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」に対抗する 「リナックス」は、オープンソースと呼ばれる世にも不思議な方法で 開発されたOSである。 オープンソースとは、あるソフトウエアのソースコード (人が記述したソフトウエアの設計図)をネット上に無償で公開し、 世界中の不特定多数の開発者が、自由にそのソフトウエア開発に参加できるように することで、大規模ソフトウエアを開発する方式のことである。
「リナックス」の成功は、(^_^)v 「企業組織の閉じた環境において厳正なプロジェクト管理のもとで開発されるもの」 という大規模ソフトウエアの常識を完全に覆してしまったのである。
「リナックス」の成功によって証明されたオープンソース現象の本質とは何か。 ・それは第一に、「何か素晴らしい知的資産の種がネット上に無償で公開されると、 世界中の知的リソースがその種の周囲に自発的に結び付くことがある」 ということである。 ・そして第二に、「モチベーションの高い優秀な才能が自発的に結びついた状態では、 司令塔にあたる集権的リーダーシップが中央になくとも、解決すべき課題 (たとえそれがどんな難題であれ)に関する情報が共有されるだけで、 その課題が次々と解決されていくことがある」ということである。
現代における最も複雑な構築物の一つである大規模ソフトウエアが、 こんな不思議な原理原則に基づいて開発できるものなのだという発見は、 単なるソフトウエア開発手法にとどまらないオープンソース現象の新しい可能性へと、 私たちを導こうとしている。 (=^ε^= )!
ー高等教育受ける機会拡大 ー
昨年十月二十三日付の本欄でご紹介したが、 講義内容すべてをネット上に無償公開する米マサチューセッツ工科大学(MIT) の巨大プロジェクト「オープンコースウエア」はその一例といえよう。 二〇〇七年までに、学部と大学院課程全部を網羅した二千科目の教材が 公開される計画であるが、そろそろ、その四分の一が完成しつつある。 特に英語圏の発展途上国から、この試みは絶賛を集めており、 さらにスペイン語化の企画も持ち上がり始めている。
科目ごとに、講義摘要、必読書、講義で使うスライド、講義メモ、 課題、試験と解答、科目によっては講義を録画した映像が無償公開され、 世界中の誰もがインターネットへアクセスさえすれば、 この教材を駆使して自由に好きなだけ勉強できるようになる。
むろん講義内容だけが公開されても、世界の片隅に居て、 たった一人黙々とネットに向かって独学するのは難しい。 しかし今、「科目ごとの学習コミュニティーが世界中で自然発生する」という現象が、 人気授業の周辺ではぽつぽつとだが生まれ始めている。
その学習コミュニティーは当然ネットでつながってくるから、 自分が悩んでいる個所を質問すれば瞬時にアドバイスが返ってきたり、 課題プロジェクトに共同で取り組む仲間を見つけたりできるようになる。 そんなコミュニティーが二千科目すべての周辺にいずれできあがれば、 MITの教育が世界の高等教育におけるプラットホームとなるのではないか。
こんなMIT「オープンコースウエア」構想は 「素晴らしい知的資産を無償公開すると、世界中の知的リソースがその周囲に結び付く」 というオープンソース現象の本質の第一点から、強く影響されてスタートしたものである。 (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが? (=^ε^= ) ありがとう! ー企業経営でも先駆的試み ー
一方、本年六月八日付の本欄では、 シリコンバレーで最も有望視される「グーグル」という検索エンジン・ベンチャーが 追求する組織原理もご紹介した。 これはオープンソース現象の新しい可能性のもう一つの実例として挙げることができる。
グーグルは最優秀な人材のみを選び抜いて採用し、 「社内には三人一組のチームがたくさん存在するだけで、管理職は不在、 その代わり情報共有ツールだけは最先端システムを導入する」 という見たこともないような組織原理を模索し、 これを成功要因の一つだと標榜(ひょうぼう)している。
この組織原理は、 「強く動機付けされた優秀な才能の集まりを作って、 きちんと情報を共有しさえすれば、自然に問題は解決していく」 というオープンソース現象の本質の第二点を、現実の企業経営に応用しようとする 先駆け的な試みであると言っていいだろう。
インターネットは、われわれの社会の土台を揺るがすような変化の胎動を、 水面下で引き起こし続けているのである。
ーー オープンソース現象は、人類の、そしてインターネットの未来に 大きな明りになるだろう。
ホンジャ o(▽^*)ノ~~ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・
2005年03月30日(水) 1457, 乱気流の恐怖
先日、「台湾行きの飛行機が乱気流で42人の重軽傷者!」 と報道されていた。
私も台湾周辺で乱気流に遭遇したことがあるが、あの恐怖感は言語で言いあらわせない。 (どうなるかは神のみぞ知る異常事態である) スーッと50�丹漫�飛行機が垂直に落ちる感じで、体が上につきあがりそうになる。 それも何度もつづくから恐怖も頂点になる。 もちろん、シートベルトをしてなければ体が放り出されている。 死なないと確証があれば逆に面白い?のだろうが。
飛行機は順調の場合は恐怖感はゼロであるが、乱気流に出あったり、 飛行機に不調があるのではないかと疑いが出たときは恐怖のどん底に落とされる。 もしかしたら、このまま消滅してしまうのではないかという恐怖感である。 二十数年前のことだが、 ハワイで「飛行機の上部が吹き飛んで座席が丸見えの状態で着陸をした映像」 をニュースで見て、そのリアルな状況にゾッとした記憶が鮮明に残っている。 確か何人かが吹き飛ばされたと記憶しているが。
また映画でも、墜落ギリギリの状態のものを何本か見たことがある。 実際に経験したものでなければ、あの恐怖感はわからない。
飛行機は時速1000キロで一万メートル上空を飛んでいる。 そのことに何もない時は気がつかないが、意識をした時にそのことに気がつく。
9・11の時も、実際にテロリストが飛行機を乗っ取ってビルに突入したのだから 乗客は恐怖のどん底であったはずだ。
以前にも書いたことがあったが、飛行機で夢を見たことがあった。 自分が空にドンドン浮き上がっていく。 電信柱が下に見えてきて、まずいと思っているうちに夢から醒めた。 そしてやっと地上にいる自分に戻ったと思った瞬間、自分が飛行機の中にいる。 その瞬間、直感的に空を1000キロの時速で飛んでいる体感がした。 大声を上げて助けを呼びたいが、回りの人は寝ている。 その時の恐怖の極みを今も鮮明に記憶している。
普通の日常では経験できない異常密室空間が飛行機の中である。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・
2004年03月30日(火) 1092, 大相撲・千秋楽
一昨日が大相撲の千秋楽であった。 4人が11日目まで全勝。 最後の一番で優勝が決まった面白い場所であった。 一時のつまらない時期を過ぎたようだ。 外国出身の力士ということを気にしないようにしたら面白くなった。
幕下、十両、幕内前半に有望の歴史が目白押しに出てきた。 大関・横綱になる素質は大体わかるが、それでも多くは外れてしまう。 怪我や病気で伸びが止まってしまう場合が多い。
幕下に「萩原」という17歳の超有望な日本人力士も出てきた。 若手で大関横綱級としては、 他には朝赤龍・白鵬・黒海・琴欧州あたりだろう。 萩原以外が外人というところが面白いが。
モンゴル人だけで37人もいるのだから、何処の国で開催しているのか 錯覚してしまうほどだ。
モンゴルの大草原で羊の肉で育った飢えた彼らに、日本人が敵わないのは 仕方がない。元々はモンゴル相撲がルーツである。
数日前も、総合格闘技のK−1が放映、興奮をしてみていたが、 別に日本人かどうかは全く関係はない。
格闘技に関して、世界には底知れない強い選手が多くいる。 異種格闘技という垣根を取り払ったことが、試合を面白くしている。 さらにグローバル化で、広範囲になったこともある。
野球に、スケートに、K−1に、サッカーなど時間が足りないほど見ていて 面白いスポーツが増えた。
その時間は自分自身という面では何もプラスになるものはない?
いや、ストレスの解消になる?
・・・・・・・ ・・・・・・・
2003年03月30日(日) 725, 今日の結婚スピーチ
今日は会社の女子社員の後藤早苗さんの結婚式だ。 何か祝辞をいわなくてはならないが、これはというのが出てこない。 気持ちの入らない祝辞ほど聞いていて、いやなことがないのを知っているから 流す事もできない。こういう時は自分の話しをすればよい。
結婚観をそのまま話をするしかないと思ったが、そうはいかない。 初めて図書館で「祝辞・結婚スピーチ」のコナーを覗いてみた。 「結婚スピーチー死ぬまで忘れられない話」斉藤茂太著があった。 さすがだ、といってそれを読んでいる時間が少ないので、 やはり自分の話しをする事にした。 今日の11時10分あたりに話している内容を先に書いて出かける。 ・・・・・・・・・
・まずはうちの会社の女性ーすなわち花嫁の褒め殺しとして、 彼女が陽気であることを紹介します。 陽気は最大の美徳であり、素質であります。 陰気は罪悪です。
・結婚は決してよいことことばかりではありません。 「二つ良いことさてないものよ」という言葉がありますが、この言葉を 一番実感するのが結婚です。離婚がいまや三割を超えているといいますが、 家庭内離婚を入れたら過半数は破綻です。 これだけは家電と同じで、当たり外れは長い時間を経って見ないと解りません。 あとは神のみぞ知るのみです。当たりであることを心より願っています。 ・また結婚は二人の権力闘争です。それも死ぬまで続く泥沼の死闘です。 これも仕方がありません。それでは如何したらよいか? 「過去の事は持ち越さない、ぶり返さない」ことです。 それしかありません。
・私の家内と本当に結婚してよかったと思います。 いやそう自己暗示を与えています。 陽気であり大らかさからです。 最後は泣くか笑うかです、なら笑う人が良いのではないかと思います。 まあこの程度にしておきます。 ライオンに食べられそうになったら、耳元にこっそり次の事を呟けば ライオンは逃げ出すそうです「私を食べる前に、少し長い演説をさせてくれ!」と。
良い家庭を築いてください。 それと収入の10%以上の天引き預金を習慣にしてください。 以上です。お幸せになってください。
斉藤茂太の「結婚スピーチ」の抜粋は明日か明後日書きます。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
2002年03月30日(土) 361,イスラエル
主観であるが、旅行をしたところに事件がおきる。 ペルー、エジプト、イスラエル、そしてフィジー、ケニアと次々と、 ああそれとパキスタンとネパール。
それから考えると、今度はヨルダンかシリアあたりか。 考えてみたらペルーを除けばイスラム教に関係している。
イスラエルに行った時に危ない感じがした。 まずは入国審査の審査は異常なくらい厳しいものだった。
また国内はあちこちで兵士が機関銃を持って歩いていた。 私用の時も身から離さないようだ。
あちこちの広場に兵隊が駐屯していた。 市場で兵隊が3人血相を変えて走って行く。 その後を商店主のアラブ人が何事かと走って行く。 これが日常のようであった。
アラブ人地区に入るとやはり民度が落ちるのが解る。 4000年の対立は致し方ないのだろう。 3年前の文章をコピーしておく。
・・・・・・・・
H1105イスラエル聖なる旅
この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。 四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。 現地の日本人ガイドのシャワ−のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続であった。 その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果となった。 関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。
考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。 人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。 旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、 ただただ面白い!内容であった。 旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。 また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。
印象の強い順に列記してみると、
まずは何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されているといってよい。 四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの舞台となった。 そして現在も続いている。 この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。 イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。 磔刑に処せられたゴルゴダの丘。 最後の晩餐の部屋。イスラム教の重要な寺院=岩のド−ムとアクサ寺院。 ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場。そしてダビデの塔。 旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。
次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。 深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。 そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。 そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。
“マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、キリストが死んだ四十年余り後に、 ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。 陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、 七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。 その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った (ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。 =「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」 =自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。
イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。
ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。 一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った巻物を発見。 壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書等々記されていた。 今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない事が記された文書があった。 −イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあったという。
“イエスはエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?” という疑問がでてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。
あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で 一大転機の経験となるのではないだろうか。 旅行は外界を訪れるだけでなく内奥の自分との出会いの機会でもある。
【別記】
この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。 四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。 六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。 現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。 男子は三年、女子は二年の兵役があった。 国中どこにいっても機関銃を持った兵隊がいた。 一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。 といってその手の事件は一切ないという。 その銃の目的は敵に使うもの、国を守る為のものというのがはっきりしているからである。 今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると浮き彫りにされた旅行でもあった。 1999.4.14〜4.24
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ <お笑い>
[破れ傘 ] ☆☆
ある男 夜 山道に 迷っていたところ 一軒の家があった。
1人の綺麗な後家さんふうの女が 気持ちよく 泊めてくれた。
夜中よからぬ気持ちになり、ついつい夜這いにおよんだ。
どうしてもうまくいかずそのまま寝込んでしまった。
狐に化かされたのだ。朝 山道に一人転がっていたのだ。
そして そこに一本の破れ傘が落ちていた。
男曰く、‘どうりでさせない訳だ’
|
|
|