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2004年10月22日(金)
図書館で何気なく歴史コーナーを見ていたら、 「『ポンペイ』完全復活、2000年前の古代都市」というグラビア集があった。 一ケ月位前にTVで『ポンペイ』を特集していたのをDVDに録って、その面白さに 繰り返し見た後なので、思わす時間を忘れて、その場で見入ってしまった。 もちろん、借りてきて見ているがTVよりさらに深い内容である。 本は、映像では表現できない違う役割がある。
AC/79年8月24日、ヴェスヴィオス山の大爆発で火山灰で埋没したこの街は、 その18世紀半ばからの発掘によって、古代ローマを知る上で大発見になった。 それまで、古代ローマの遺跡といえば、ローマ市郊外の遺跡であったり、 地中海沿岸の都市であった。 ローマ帝国は、このような街が数千もあって、それによって支えられていた。 しかし、それらはその後の追加工事などで、当時の原型を殆ど留めていない ものばかり。これだけ、完璧に残って発見されたのは歴史上初めてである。 街そのものを、石膏(火砕流)を流し込んで、そのまま保存したようなものである。
ーそのグラビアの内容とは
・街全体の航空写真と、それを元につくられた街の復元の絵
・それで解ったポンペイの都市計画図 そして街の構成と築造技術
・給水システムと下水システム
・共同墓地と体育場と円形闘技場、そしてスタビア浴場
・娼婦の館の写真と、そのレイアウト。 そして、そこに描かれていた男女交合の絵
・完全に残っているパン屋と、内部の工場と、パン原型 そして、それをもとに作られたパン屋の想像図
・複合劇場施設の航空写真と、その図面と、想像図
・音楽堂と、そこに描かれていた壁画と、残されていたタンバリンと、 ブロンズ製のパンパイプ
・街の心臓部になっていた、市民広場 そこでは、街の住人や、郊外の豊かな農民、商人、遊び人など様々な 人たちが集っていた。そこでは選挙もおこなわれていた。
・公衆トイレもあり、入ると控えの間があり、外からは見えないように なっていた。そこを入ると便座があり、排水溝があって常に水が 勢いよく流れていた。
こう見ると、現代の都市と大して変わりがないといってもよい。 ーつづく
以下は、先日書いた内容です。 −−−
1273, 2000年前のポンペイ 09月27日(月)
先日、TVで「ポンペイ」を特集をしていた。 十数年前にイタリアに旅行した時に立ち寄った、ポンペイの街の記憶と TVの内容が重なって、非常に興味を持ってみることができた。
ーまずはポンペイの概略を書いてみる
ナポリの南東にあるヴェスヴィオス山のふもとの町。 古代ローマ時代には貴族たちの別荘地として発展し、 パクス・ロマーナ期の繁栄ぶりはめざましいものがあった。 当時の人口は2万。 公共施設が次々と建てられ、建物の構えはローマにひけをとらないほどだった。
悲劇は、AC79年8月24日にやってきた。 ヴェスヴィオス山が突然、大爆発を起こしたのである。 大地は鳴動して山頂は吹っ飛び、火口がぽっかり口をあけた。 きのこ雲は天に達し、くもった空の下に、三日三晩、火山灰と火山弾が降り注ぎ、 泥流は火口をあふれ出し、町を襲った。 ポンペイの町にも大量の石や灰が積もり、噴火の翌日までにその灰の深さは 5〜7mにも達した。 屋根の損壊や有毒ガスによる窒息による犠牲者の数は人口の1割にあたる 2000人と考えられている。
そこには火砕流でタイムカプセルのように、当時の生活が残されていた。 遺体を覆った火砕流の岩石の空洞に、石膏を入れて型どった生々しい遺体の像が 幾つかあった。お金を握った者や、妊婦や、奴隷、子供、犬など様々だ。 街を歩いていて驚いたのは、タイムカプセルでドロップアウトしたようになるほど、 リアルに当時の生活が残っていたことだ。 残っていた住宅の壁画などから見て、「性」に対して非常に大らかであったようだ。 女中部屋には、自?用の男性の??が壁につき出ていた。
幅10mの道路の両側には、焼きたてのパン屋、居酒屋、売春宿などが通りに並んでいる。 売春の値段まで残っている。今でいうと、コーヒー一杯分位だった。 道路には轍の後がくっきりとあるし、十字路には歩道がある。 下水道や、公衆水飲み場もあり、街の中央には広い集会場もあった。
今回のTVの特集で、全く知らないかった事実を多くあった。 街の殆どの人が、一瞬で亡くなったと思っていたが、発見された遺体は1000でしかなかった。 15000〜20000人の人口と推測されるから、遺体の半分は発見されなかったとみても、 9割の人が逃げ延びたのだ。 爆発から、この街に灰などが押し寄せるのに19時間の時間があったという。 逃げられなかった理由が遺体の様子から、それぞれ想像できた。
ポンペイとヴェスヴィオス火山の反対側にエルポラーノの遺跡がある。 この遺跡は、18世紀にある農夫が井戸を掘っていて発見したというが、 その近くの港で、300人の人骨が発見された。 その様子からエルポラーノの市民が、そこに逃げてきて救助を待っていて、 亡くなってしまったと推測される。
遺跡も多く見てきたが、それぞれが当時の生活や、深い因縁を秘めている。 しかし、衣服や住宅や街の様子が、火山でそのままリアルに封印されて残っているのは、 この遺跡だけである。 そこより、うかがい知れるのは「変らぬ人間の営み」である。
世界は広く、そして深い!
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2003年10月22日(水) 931, 強みに焦点をあわせよ
「強みに焦点をあわせる」 経営学者のドラッカーの一番好きな言葉である。 企業にしても人間にしても当てはまることだ。 強者は強みを最大限いかすから強者になり、 弱者は弱みのうえに自己を置くから弱者になるのだ。
まずは自分の強みとは何かを探さなくてはならない。 過去の中でうまくいった事、埋もれている潜在的な何かを自分で探すしかない。 企業もしかりである。 その強みを活かしていくと、それが違いになってくるのだ。 それを個性というが。 強みを探すとき、「他との違いを探す」方法もある。 違いの中に強みがあることが多い。 弱点に見える中に、強みがある場合もおおい。
一例をあげると、柔道の棟田という重量級にしては、極端に背が低い選手がいる。 彼は外国の背の高い選手に強いのだ。 重心の位置が低い利点を活かして、相手を投げ飛ばす。
強みを活かし続けると、そこに独自性が生まれてくる。 強みに焦点を合わすと合わさないとでは、時間の中で大きな差が生まれてくる。 ついつい弱点の矯正に気が回って、いつの間にか重心がそこにいってしまう。 弱点を修正することより、強みを活かすことに全力をあげる事だ。 人を使う場合もそうだ。 ついつい弱点に眼がいってしまう。 意識的にその人の強みを探し出して使うことだ。
私を例にとるとーまた露出だが、 ・8人兄姉の末っ子 ・両親とも商家の出で商売大好き人間 ・私の幼児期は敗戦の真っ只中で、転業の創業期 ・末っ子の知恵 ・人を内側から多くみている ・負けず嫌い
これは強みでもあり、弱点にもなる。 少なくとも勤め人より、商売系が向いている。 それも時代の変化に対しての創業系ー転業を活かすのに向いている。
弱点は自制がきかないで突っ走ってしまう危険がある。
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557, 基調色-着こなしのコツ −2 2002年10月22日(火)
ある洋服屋だった社長から聞いた話である
ー昔の大金持ちの旦那衆は、目立たない高級呉服を似た柄で何枚も 持っていて毎日着替えていた。 よほどの目が利く人でないと、その違いが判らない。 無頓着にいつも同じ服を着ていると思わせていたという。 チョットした柄の違いのもので、羽織や帯や足袋をかえていた。 そういう粋な着方が本当のお洒落だとかー
基調色を決めておくというのに合い通じる内容だ。
たったこれだけの話の中に多くの教訓が入っている。 シンプル、スタンダード、スペシャリテー、セグメント のチェーン理論のドライ主義が全て入っている。 一番主義と集中主義である。
目立たないーシンプル、スタンダードー似た柄で、 高価なースペシャリテー、何枚もーセグメントである。 何代も続く家柄という長い時間の中で、体得した知恵なのだろう。
日本も洋服を着るようになって、まだ日が浅い。 着こなしでは当然欧米人に比べ落ちるのは仕方がない。 しかし和服ではチャンと着合わせが出来ていた。
色というと7色が基本となる。 どうしても私などは単色と思いがちだ。 しかし赤一つとっても数千種類もあるという。 理屈からいえば無限のはずだが。 江戸時代はその色の違いを楽しんでいた。 そして自分の好きな赤を決めていたという。
本当にイロイロあるものだ。
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至高体験-1 2001/10/22 もう10年前に読んだコリン・ウイルソンの‘至高体験’が面白かった。 フロイトは‘性’で、ユングは‘聖’で、アドラーは‘権力’の視点で精神分析を 深めていった。しかし彼ら心理学者は精神症・精神病の患者の医者の立場だ。
これに対して‘非常に健康的な人’の持っている性格的特性とかを調べた。 そしてその共通点を探したところ、普通の人に対して‘至高体験’が多いという事だった。 至高体験とはこれ以上ない感激の極み、絶頂の幸福感をいう。
インドを旅行した時、ツアーで一緒だった女性に「20年前にインドに来たとき、 ハシシー麻薬を吸ったことがある」と言ったので「どういう気分になるのか?」聞いた。 「とにかく楽しくって、笑いが止まらなくなった」とのこと。 しかし薬物は中毒になる。死ぬときの痛め止めの薬物の楽しみに取っておくとよい。
ある姉が嬉しそうな顔をして、「極致の喜びを味わったことがある?」 と数年前か私に聞いた。少し躁鬱の気がある人で、近くにいた義兄がハッとした顔をした。 「まさかオルガニズムの事でも言い出すのでは?」と私もその瞬間思った。
「それでは貴女はあるのか?」と聞いたら、「一度ある」という。 もちろん私がそういう系統ー精神分析とか、心理学が好きということは解らないようだった。 そちら(セックス系)の内容でなかったが、「私は三桁は軽くある」、と答えると 全く信じられない反応であった。「そんな事絶対あるわけはない」という。
「それでは長島が昨年(7〜8年前)セリーグで、10月6日?に大逆転優勝をした時に、 至高体験したのでは。長島は三桁は至高経験をしているのでは?」といった時、 やっと納得した。
私の場合では、海外旅行で数十回はある。 また事業で一仕事終えた時、緊張感の極めの合間の一瞬の弛緩の時、 あるいは会社の忘年会とかに絶対的幸福感になる。(それだけ盛り上がる) 上げれば限がない。
これはある程度の訓練も必要だ。 会社で昼休みに30分、アルファー波の発生器に‘聴く麻薬の音楽’ (アルファー系音楽)を繋げて、もう10年以上聞いている。(アルバム日記に写真あり) それを毎日している為か酒を飲んだ時など、直ぐブロックが外れそれに近い状態になる。
少しきわどい内容になるが、コリー・ウイルソンのその本に、「ロシアンルーレットが その状態になりやすい」と書いてあったことをおもいだした。 ピストルに弾一発を入れ、弾そうを回すやつだ。そして引き金を引く。 6分の1で死ぬやつだ。死の緊張感と助かるのを楽しむ。 そして相手と自分が死ぬまでやるやつだ。助かった時の幸福感は至高体験に近いらしい。
家内が不思議そうな顔をして、何人もの友人が「自分を不幸と信じているみたい?」という。 少しは勉強すれば?と思う。 生きているそれだけで素晴らしいのに!
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