|
2004年10月02日(土)
このHPにあった「アンソロジのコーナー」の内容が濃い。 「死の瞬間に何人も悟るだろう。 ---人生の目的なるものが、いかにばかばかしいことであったかを」 (山田風太郎)などは、 虚無の境に立ったときに「人生の目的とやら」が、ドウデモよい卑小なことと 直感するのだろう。 人間の本音が、あまりに辛辣に次々と書いてあるが、 それでいて、何かホッとするから不思議である。
★「人生は日常の反復である。だが、いつのまにかずれが入りこみ、 同じ行為が変質してしまう。反復とずれ、それが人生の時間の意味だ」 (吉田喜重)
★「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」 (山田風太郎)
★「人はだれでも可能性を持っている。 自分の中にある埋蔵資源をできるだけ発掘して、それに形を与えていく。 それが生きるということの意味です」 (鶴見和子)
★「私の人生は失敗の連続だったが、その都度、全力を出して失敗してきた。 失敗も全力を出せば満足に変わるのである」 (佐藤愛子)
★ 「絶望は人生の通過点に過ぎない」 (梁石日)
★「線路を走る列車のように、人生は見えないレールの上を走っていく。 そして、終着駅が近いと知ったとき、〈別の人生もありえたのでは〉と夢を見る。 しかし、列車を乗り換えることはできない」 (田中 誠)
★「我が命は地球より重い。他人の命は犬より軽い」 (山田風太郎)
★「人は生まれ、苦しんで死ぬ。人生の要点はそれでつきている」 (正宗白鳥)
★「みんないう。いつか死ぬことはわかっている。 しかし、「今」死にたくないのだ」 (山田風太郎)
★「幸福な人々の死だけ悼もう。つまりごく少数の人々だけを」 (フロベール)
★「---いろいろあったが、死んでみりゃ、なんてこった、 はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆」 (山田風太郎)
★「雪はげし書き遺すこと何ぞ多き」 (橋本多佳子)
★「死が生にいう。 〈おれはお前がわかっている。しかし、お前にはおれがわかっていない〉」 (山田風太郎)
★「昔の死は、人が、死にゆく人物を演技する喜劇的な悲劇であった。 今日の死は、人が、自分の死ぬのを知らない人物を演技する悲劇的な喜劇である」 (フィリップ・アリエス)
★「死の瞬間に何人も悟るだろう。 ---人生の目的なるものが、いかにばかばかしいことであったかを」 (山田風太郎)
★「死んで不幸せになった人を、ひとりでも見たことがあるかね」 (モンテーニュ)
★「どんな臨終でも、生きながらそれは、多少ともすでに 神曲地獄篇の相を帯びている」 (山田風太郎)
★「大多数の人間は、死なないですますわけにはゆかないので死ぬだけである」 (ラ・ロシェフーコー)
★「いかなる人間も臨終前に臨終の心象を知ることができない。 いかなる人間も臨終後に臨終の心象を語ることができない。 何という絶対的聖域」 (山田風太郎)
★「おいとまをいただきますと戸をしめて 出ていくやうにはゆかぬなり生は」 (斉藤史)
★「生は有限の道づれ旅 死は無限のひとり旅」 (山田風太郎)
★「〈私の死んだ後、私はどうなるのでしょうか。はっきりおっしゃって下さい〉 〈それはすべてであり、そして無だ〉」 (ショーペンハウエル)
★「幸福の姿は一つだが、不幸のかたちはさまざまだ、とトルストイはいった。 同じように、人は、生まれてくる姿は一つだが、死んでゆくかたちは さまざまである」 (山田風太郎)
★「女ほど世にも尊きものはなし、釈迦も孔子もひょこひょこと生む」 (「お血脈」という落語のなかの狂歌)
★「知らず、生まれ、死ぬる人、何方より来たりて、何方へか去る」 (鴨長明『方丈記』)
★「死をはじめて想う。それを青春という」 (山田風太郎)
★ 「死を何とも想わなくなる。それを白秋という」 (玉野安美)
★「人間は正視することの出来ないものが二つある。太陽と死だ」 (ラ・ロシェフーコー)
★「同じ夜に何千人死のうと、人はひとりで死んでゆく」 (山田風太郎)
★「死は終わりを意味するが、残された者には始まりを意味する」 (E・シュウナイドマン)
★「人は死んで三日たてば、三百年前に死んだのと同然になる」 (山田風太郎)
★「死刑執行人。---もうろくと事故死をふせいでやるために全力をあげる人」 (アンブローズ・ビアス)
★「人生の大事は大半必然に来る。しかるに人生の最大事たる死は大半偶然に来る」 (山田風太郎)
★「君の骨も乾かぬうちに、君の名も行為も忘れられた」 (ジョージ・オーウェル)
★「もし自分の死ぬ年齢を知っていたら、大半の人間の生きようは一変するだろう。 したがって社会の様相も一変するだろう。そして歴史そのものが一変するだろう」 (山田風太郎)
★「親も、友達も、みんな死んでゆきました。 それくらいのこと、私にだって出来るでしょう」 (田辺澄江)
★「靴ヲ隔テテ痒キヲ掻ク。生ヲ隔テテ死ヲ描ク」 (山田風太郎)
★「生が終わって死が始まるのではない。 生が終われば死もまた終わってしまうのである」 (寺山修司)
★「臨終の人間〈ああ、神も仏も無いものか?〉。神仏〈無い〉」 (山田風太郎)
★「また臨終の人間〈今、神仏が無いといったのはだれだ?〉。 答え無し。---暗い虚空に、ただぼうぼうと風邪の音」 (山田風太郎)
★「多病な私はなぜ生き残っているのだろうかと疑ってみる。 あの人はどうゆう訳で私より先に死んだのだろうかと思う」 (夏目漱石『硝子戸の中』)
★「死は推理小説のラストのように、本人にとって最も意外なかたちでやって来る」 (山田風太郎)
★「自分と他人との差は一歩だ。しかし人は永遠に他者になることは出来ない。 自分と死者の差は無限だ。しかし人は今の今死者になることも出来る」 (山田風太郎)
★「果実に芯があるように、人はだれでも自分の死を自分の中に持っている」 (リルケ)
★「この世で最大の滑稽なことは、自分の死ぬことだ。にもかかわらず、 およそ人間のやることで、自分の死ぬことだけが愚考ではない」 (山田風太郎)
★「死んでどこかわからんとこへゆくということ ---見えない風の中に囚われ、宙に漂う地球のまわりを、 激しい力でとどめなく吹き飛ばされてゆくということ--- ああ、考えただけでも身の毛がよだつ」 (シェイクスピア『尺には尺を』)
★「臨終の人間〈神よ、世界の終わりの日の最後の審判などいわないで、 今審判してください。なぜ、いま、私が---〉。 神〈では、いおう。最後の審判がいまだ〉」 (山田風太郎)
★「あの連中も持っていることを承知の上で、それでも君は「死後の世界」 があることを望むのか?」 (山田風太郎)
★「最愛の人が死んだ日のも、人間は晩飯を食う」 (山田風太郎)
★「死の一秒前の生者〈おれを忘れるな、忘れてくれるな!〉。 死の一秒後の死者〈おれを忘れろ、忘れてくれ!〉」 (山田風太郎)
★「生の快楽と死の苦痛は万人平等である。 しからば、なぜそれ以上の平等を求める必要があるのだろうか」 (山田風太郎)
★「はかない定めの者たちよ! 人とは何か?人とは何でないか? 影の見る夢--それが人間なのだ」 (ピンダロス)
★「毎日死を考える努力を---死を前にすれば、それ以外のことは無意味になります。 人に尊敬されたいとか、社長になるかどうかとか、お金持ちかどうかなど、 すべては無力です」
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
2003年10月02日(木) 911, 恥ずかしい話
誰も長く生きていれば、他人に言えない恥ずかしい話は幾つかあるものだ。 露悪趣味的なところが、この随想日記の特徴の一つでもある。 そこでまずは自分の経験談を幾つか書いてみる。
・早速、昨日の朝のJRの改札での失敗談だ。 新幹線の回数券数枚を背広の胸ポケットに入れておいて、改札の直前に とり出すのが習慣になっている。 昨日そのチケットを出したら、改札の駅員が奇妙な顔をした。 今までなかったことだ。よく見たら名刺であった。 妙な顔をするのも当然である。 前日に名刺交換をした名刺を回数券と一緒に、胸ポケットに入れていたのだ。 回数券は名刺と同じに作られている。 普断は乗車券しか入れないが、そのことを忘れていた。 そういえば数ヶ月前、無人改札機に名刺を入れたことがあったが。
・男の人は度々経験するのが、ズボンのチャックの閉め忘れである。 特に朝、慌ただしく出てきたときなどに多い。 学生時代、都内をズボンのチャックをしめ忘れて半日、いやにすれ違う人が 自分の顔を見ていることに不自然さを感じた事があった。そして、その原因を 知った時の恥ずかしさは今でも憶えている。
・紙が顔についていた。 ハンカチを忘れた時に、パッケージのチッシュで汗を拭いていた。 トイレで鏡を見たら、チッシュの紙が顔についていた。 紙を顔に付けて歩いていた! ー露悪主義?ハイ! ・法事で靴下に大きな穴が開いていて、全員の前で姉に大声で注意されたこと。
などなど、数えればキリがない。 忘れることができるから、生きていけるのだろう。 選挙に出て落選するのも、傍で見ているより本人は(;一_一)(+_+)(^^ゞ(-_-;) という。
以前にも書いた事があるが、インドのデリーで長蛇の車のラッシュの中、 ツアー仲間の中年の女性客がお腹?を壊し、公衆の面前で上半身が見える中、 用を足したことがあった。本当にはずかしい思いだったろう。 作家の椎名誠が週刊誌の連載で、新宿駅でトイレに間に合わなく・・・ その前後の詳しい内容を書いていたが、さすが作家だと感心した。 大好評だったそうだ。
心の傷にならないためには笑い飛ばすしかない。 それを重ねているうち、面の皮が厚くなるのだろう。
しかし羞恥心も人間にとって一番大事なことだ。 品位にかかわってくるからだ! ・・・・・・・・・・・
537, 緩慢なる自殺 - 2002年10月02日(水)
十数年前の東京の経営セミナーで、漢方の薬局を経営している人から 聞いた話で、今でもその忠告を守っている。
ーその内容は ・白砂糖は毒そのもの、絶対に口にしないこと! ーコヒーに入れて飲むのが一番悪い。 ・缶ジュースも毒そのものー冷やすと甘味が薄れる為、甘味料を異常に 入れてある。特にコーラは要注意、どうしても仕方なく飲みたいときは スポーツ飲料にすること ・インスタント物も可能か限り口にしないこと、やむをえない時は 冷凍食品にする事。 ・内臓ものも口にしないことー焼き鳥とか、レバ焼き。 ラーメンもたまに食べるのはいいが、常食にしないこと −中華そばの汁は骨とかでダシをとってある。 ・マヨネーズも危ない。 今は動物性から植物性に変わっているが、ドレッシングがよい。
今考えてみて、それを実行してつくづくよかったと思う。 今の人を土葬にしても骨が腐らないためにそのまま残るという。 防腐剤のためだ。 長岡のあるホテルの人から聞いた話だが「裁判調停の為長期で 泊っていた母と子が数ヶ月間、3食カップヌードルを食べていた」 と聞いたことがある。聞いただけでゾッとした。
農家は農薬を使っている現状を知っている為、自分達の口に入れる 作物は無農薬しか口にしないという話を聞いたことがある。 こうなるとエログロの話だが実際のところそれに近いのだろう。 今になって狂牛病が大問題になっているが、知る人ぞしる話である。
「それでも世界で一番長寿なのだから心配することはない」 というのは見当違いで、それは今のお年寄りの話。 そういう食品を若いときに口にしてない。 今の30~40歳以下の人はその保障はない。
「インスタント物」と「缶物」と「砂糖などの糖分」は口に入れないことだ。 そうしないと、緩慢なる自殺をしていることになる。
・・・・・・・・・・・
[168] 忘れられないあのお店−1 2001/10/02 このキーワードを聞いただけでも、ある年齢を超えた人なら深い思いに駆られる。 初めてのデ-トで入った店とか、初めて一人で入った店とかのことだ。 これをキーワードに過去をさかのぼると、無限に近い記憶が戻ってくる。
考えていたら予想を超えて、全く違う思いが底より湧き出してきた。 それが意外と?長岡の大手通りの‘生家の池津屋’という店だ。 要するに幼児体験の自身のアイデンデテーに立ち返るということだった。
私が3歳の時に両親が当時ビルを建設をはじめた。 その時に仮店輔で木造の家を、今の厚生会館(前は公会堂)の前に引越した。 家の下に、丸たんぼうを入れて移動したのだ。 個人の申請として全国で初めてのビル建設だったという。
昭和24〜25年の頃で、その時のことをハッキリと覚えている。 ビルの完成、そして引越し、仮ネグラの二階の奥の記憶!
今の緊張感の数倍あった! 当時の方が圧縮された生々しさが有った。 あの白壁の匂い!そして三階への引越し。 四階に従業員のねぐらと倉庫。 子供ながら色いろあった。 それが(トップページの倉蔵の写真)の中にある。
考えてみても、異常体験だった。 でも刺激的で悲しくもあり、楽しい毎日であった。 10人の家族と20人以上の従業員の戦場のような毎日! そのまま描写したら、面白い小説になるような日々の連続であった。
−つづくー
|
|
|