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2004年10月01日(金)
数年前に話題になった本だが、当時あまり興味を示さなかった。 先日、たまたま図書館にあったので借りてきて読んでみた。 幼児期のころから、かなり厳しい生活体験をしている為、 書いてあることは暗いが、しかし重い。 彼のーあとがきにかえてーの一文が、全てこの本を伝えている。
ーー「人生に決められた目的はない、と私は思う。 しかし、目的のない人生はさびしい。寂しいだけでなくて、むなしい。 むなしい人生は、なにか大きな困難にぶつかったときに、つづかない。 人生の目的は、「自分の人生の目的」をさがすことである。 自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの「生きる意味」を 見出すことである。変な言いかたになるが、 「自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である」と言ってよい。 そのためには、生きなくてはならない。生きつづけてこそ、目的も明らかに なるのである。「我あり、ゆえにわれ求む」というのがわたしの立場だ。
その目的はナカナカ見つからないものである。 確実に見つかるのは目的でなく目標である。 目標は達成されれば終わる。残るのは達成感だけである。それも直に 薄れていく。
人生の目的とは、おそらく最後まで見出すことのできないものだろう。 それがいやなら、もうひとつ、「自分でつくる」という道もある。 自分だけの人生の目的をつくりだす。それは、ひとつの物語をつくることだ。 自分で物語をつくり、それを信じて生きる。 しかし、これはナカナカむずかしいことである。 <悟り>という物語、 <来世>という物語、 <浄土>という物語、 <来世>という物語、 <輪廻>という物語、 それぞれが、偉大な物語だ。 人が全身で信じた物語は、真実となる。
ーー
以上だが、深い人生を生きてきたからこそ、このような文章が書けるのだ。 最近、両親の生きざまが、いやに思い出される。 私にとって両親を尊敬できるのが、本当に嬉しいとつくづく思う。 あと5年もしたら、どうしても過去を振り返りながら、 ソフト・ランディング態勢に入らなくてはならない時期になる。 その時人生を振り返っテ「自分の人生の目的」とは何だったのだろうか、 と総括をしなくてはならない。 苦しいが、しかし冷徹に自己評価をしなくてはなるまい。
この本に、前回借りた人が書いた、メモが挟んであった。 達筆な年配の人のような字だ。 それを書き写してみる。
「他力の信は義なきを義とす。 生きている限り生老病死の影は、私たちにさしつづける。 このことは、わがはからいにあらず 災難に会うときは会うがよろし 死ぬる時は死ぬがよろし 人生は暗夜の山中行である 人は彼方の灯火に勇気づけられる それを他力本願という」 ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 生きる目的
ー目次ー
ーなぜいま人生の目的かー
・胸につきささる事件のこと ・あたりが暗くなってきたという感覚 ・なぜ自殺者が劇的に急増したか ・雨にも負け、風にも負け、それでも生きつづける ・人生に目的はあるのか ・人間とは不自由な存在である ・才能が開花するのも運命ではないか ・努力と勇気も天与の資質という考えかた ・生まれること、その不公平な出発点 ・陣しえの目的を考える必要のなかった時代 ・希望や努力で克服できない「宿命」をどうするか ・はっきりした人生の目的をもつ人 ・人間としての共通の運命 ・同じ運命を背負った者の自然な感情 ・人はなぜ人を殺すのか ・生きること、生きつづけることこそが ー肉親についてー
・絆は人間にとって厄介なものか ・これからは手に職をつけるのがいちばんだ ・若さは常に残酷で身勝手なものである ・肉親の消滅を願う自分の浅ましさ ・世間の絆から開放される道 ・<家>という精神的連続性は解かれたか ・<個>のインド文化、<家>の中国思想 ・個の確立と個の孤独 ・私たちは永遠に絆から逃れられない
ー金銭についてー
・五十一円から八十円への人生 ・ふたたび<貧乏>の時代がやってくる ・金のために身を屈する人間は金を憎む ・どこまでも人間でいたいから金を浪費する心理 ・つよく夢をみれば実現するか ・「心の貧しい人」と「貧しい人」 ・仏はまず<悪人>を救われる ・宗教にのぞむもの ・金の世の中を馬鹿にしてはいけない
ー信仰について
・自己に自信をもつということ ・日本人の罪の意識は深く長い ・性のタブーを超えて ・仏の教えは誰のためにあるのか ・すべての人間にできること ・不合理ゆえに吾れ信ず ・<よきひと>との出会いなくして<信>への道はない ・遠くに見える灯火に励まされて ・わが人生の絆
ー心の絆ー
・セイタカアワダチ草の眺め ・大和に咲く異邦人の運命 ・小学校の教師だった父と母 ・郷里を離れ、野心にみちて朝鮮半島へ ・坂の上の雲をめざして ・満州の丘に立ちて ・地平線に沈む夕日 ・敗戦で崩れ去った父の野心 ・内地での生活 ・深いため息をつく父 ・坂道をくだってゆくとき ・親が子に伝える大事な遺産
ー学校の絆ー
・転校生という烙印を背負って ・肉体的な記憶という学習 ・新しいデモクラシーの旗印のもとに ・男性中心の教育のなかで ・二度目の、坂の上の雲をめざして ・戦後という劇的な日々に出会った歌 ・異国に心惹かれて ・新しい世界へのいとぐち ・自由な天地へのあこがれと郷愁
ー青春の絆ー
・忘れられない先生との出会い ・お金に困って本を手放す ・貧しさのなかにこそ魂を震撼させる体験がある ・淡々としたつきあいのなかで感じる絆
ー人間の絆ー
・極限状態に生きのびた人間の知恵 ・苦しいときに口ずさんだ歌 ・人は子供に育てられる ・いま与えられてあるものに満足する ・生きているあいだにまとめたい物語 ・目に見えない新しい風景
1999年11月11日 第1刷 発行 発行所 : 株式会社 幻冬社 定価 :本体 1,429 円 + 税 著者略歴 : 五木 寛之
昭和7(1932)年9月福岡県に生まれる。 生後まもなく朝鮮にわたり22年引揚げ。 27年早稲田大学露文科に入学。 32年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどをへて、 41年さらばモスクワ愚連隊で第6回小説現代新人賞、 42年蒼ざめた馬を見よで第56回直木賞、 51年青春の門筑豊編で第10回吉川英治文学賞を受賞。 56年より一時休筆して京都龍谷大学に学ぶ。 小説のほか、音楽、美術、歴史、仏教など多岐にわたる 文明批評的活動が注目されている。
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552, 人生に目的はあるのだろうか? - 2002年10月17日(木)
この年になると人生の仮決算期に入ってくる。 「自分の人生はハタシテこれでよかったのだろうか?」 「人生に意味などがあるのだろうか? 有るとすればなんだろうか?」
そういう話が最近面白くなってきた。 人生の目的とは漠然と考えてみるとー
・真にしたい事を見出して一生をかけてやりとおす事。 ・そして全エネルギーをかけ一瞬一瞬を生き抜く。 ・家庭をつくり、子供を育てあげるなど基本的な人生を生き抜くこと? ・誰かが困っている事を事業やボランテアを通して救うこと。 ・歓喜を何度か経験して「この生を受けて本当に良かった!」 と全身で感じ取ること。 ・死ぬ時、本当に良い人生を過ごせたと思える生き方。
意味ある人生とは、こういうこと?? 知ること、行動する事、創ること、そして愛すること??
これが絶対だというものは無いだろう。 一番良くないのは、人生を生きてきて最後に後悔すること? 倒産や挫折で最後に号泣すること? それも人生である。
飯喰て、糞して、ただ死ねばよいか!! 意味などクドクド考えるな!この馬鹿! 所詮は自己正当化か!?
これが落ち! いや違う??
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2003年10月01日(水) 910, 人生の縮図
先日、ある世界を垣間見た。 といって書くには、あまりにシビアな世界であった。 しかし、それを書くのが随想日記の真骨頂である。
ある売り物の物件を見にいった時の人生模様である。 生々しい状態であった。 「あるリゾートホテルをどう転用したらよいか見てほしい」と頼まれた。 半年前に経営委託を受けた人が、支払いができないで逃げた直後。 オーナーが嫌気をさして混乱しているという。
現場に行くと数日前まで営業をしていたのが、ありあり。 給料2か月分をまだ貰えない行き場のないマネジャーや従業員が3人いた。 彼等はそこで働き出して半年、派遣会社の身分で、保障は全くないという。 現在の日本の姿が、そのまま現れている状況であった。
これ以上の景観がない位の場所にあり、オーナーが半分趣味で建てた 素晴らしいリゾートホテルである。 夫婦して80歳を過ぎた高齢の為、維持が出来なくなってしまったのだ。
実家の衣料ディスカウントハウスを五年近くみていたときは、そういう現場 は日常茶飯事であった。 夜逃げ直前の現場から買い付けをする場面など、何回も経験してきた。 問屋を数十軒も回っていると、何処かで危ないという噂を聞く。 知らない顔をして平気で乗り込むのだ。 安く良い商品のことしか頭がなかったからできたのだろう。
しかし今の事業を始めて二十数年は全く無かった。 ー違う形の人生模様は多くあったが、倒産という修羅場は無かった。 その当時はドライに割り切っていたし、深く対象を見る余裕など全くなかった。 しかし、この歳になるとその背後がよく見えるのだ。
どんな時でも、弱者の立場に立ってはならないのが現実社会である。 自分が経験したこと以外は、何を理屈を言ってもイメージの世界でしかない。 可能な限り経験を積むしかない。 中村天風でないが「積極一貫」で経験を積むしかない。 自分が経験した範囲で対象が見えてくるのを今回つくづく知った。
ここまで変化が激しい中で、変化に対応するためには、自分が変化の先端に 立つしかない。 変化の拒否は自殺行為である。
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デフレと対策 2002/10/01
現在上手くいっている店を見ていると、やはりデスカウントの 業態の店である。 それも思い切って、20年前か25年前のプライスを打ち出しながら、 現在の嗜好を取り入れた店や会社だ。
衣料品は20年前の半値以下の商品が多くなってきた。 自転車も、半値か四分の一だ。 電気商品もしかりだ。
落ちないのが公共料金だけである。 ホテルの値段もその様相になった。 ラーメンの値段も落ちてない。 過去の三次産業の異端は価格破壊である。 そうすると落ちてないのが狙い目である。
先日TVで180円のラーメンチェーンを紹介していた。 マクドナルドのように、徹底した機械化を厨房で図っていた。 吉野家や松屋の牛丼も400円を280円に下げた。 そうすると他の甘いラーメン屋とか何でもや食堂のお客が流れてくる。
先日に法事で帰ってきた姉が、面白い温泉旅館にいってきたと教えてくれた。 関東圏の温泉旅館で、4名以上で一泊二食で4500円という。 予約をすると東京周辺のJR駅の近くの三箇所の指定した場所、 にマイクロバスで迎えにきてくれるという。 更に食事のときは従業員が即興の演劇をしてくれたり、 とにかく飽きさせないようにしてあるとか。 社長はつなぎを着て陣頭指揮にあたっているという。 先ずは安く、そして価値があればお客は殺到する。 「もうそういう時代だよ!」とつくづく言っていた。
何かどこかで聞いたことがある話だと思ったら、 そうアメリカの航空業界の異端児で大不況の中、飛躍的に伸ばしている サウスウエスト航空を温泉旅館版に換えただけの話である。 斜陽産業の温泉旅館が良くぞ考えたものと驚いてしまった!! (こういうのをベスト・プラクテスという)
客の立場にたてば,全く違った設定ができるのである。 淘汰されている所は、ただ不況と仲間内で傷を舐めあっているだけだ。 発狂してベスト・プラクテスをするか、廃業するかどちらかだ。 今更発狂はできないか??!! (発狂とは、出来ない人の目から見たベスト・プラクテスのプロセスを 踏んでる姿)
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[167] 読書について 2001/10/01 読書ー書物はすべての人の学校である、いや大学といっていい。 どこの学校に入ったとしても学べる事はしれている。 学校を出てから学び続けるしかない。 本を読み続けるしかない。
大学を出ているかは関係ない、生涯本という大学・専門学校に 通い続けなくてはならない。 もちろんセミナーや新聞やTVや、実際の仕事の上で学ぶべることが多い。 しかし読書という分母の上でそれらをやると効率が違う。
初対面の人でも書物の大学にどの程度通い詰めたかどうか直ぐわかる。 私も反対に見られているのだろう。 本は安い500円から2000円であれだけの情報・知識を買えるのだから。 もし高いというなら、古本屋かブックオフで買えばよい。 それでも高いというなら、図書館がある。
主知主義ではないが人間として生まれてきたからには、知る事が最も優先され べき権利であり義務でもある。知れば知るほど知らない事が増えてくる。 知っただけその周囲の未知の部分が増えるからだ。
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