堀井On-Line



1246, オーストリア旅行記 −1

2004年08月31日(火)


 8月22日〜29日までオーストリアのツアーに参加してきた。
最近、文化圏の国に行ってきたのは久しぶりである。
オーストリア一周というから、自然系の旅行かと思って行ったが、
チロル・アルプスの景観を見る機会は殆ど無かった。

チロルといっても、ザルツブルクやグラーツやインスルブルクなどの
都市の教会やお城を見る内容であった。

それよりも、ヨーロッパ文化の底知れぬ深さに驚いてしまった。
何ごともそうだが、実際何ごとも経験したことしか、自分の世界が広がらない
ことを毎回実感する。
知識も然りである。
生きるということは、自分の世界を少しでも広げることでもある。

学生時代の欧州一周旅行でウィーンに来たことを思い出したが、ほぼ記憶に
残っていないのには驚いた。

オーストリアの概略を書いてみる

・オーストリアの面積は、北海道とほぼ同じ。
・人口は800万人、そのうち170万人がウィーンに住んでいる。
・国土の65%が山岳地区。
・欧州の中央にあり、北の異民族の防波堤的役割があった。
・ハプスブルク家が何といっても有名である。

日本の人口の15分の1しかないのに、これだけの存在感がある。
やはり文化の深さと広さが、それを成しているのだろう。

                      ーつづく
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 2003年08月31日(日)
879, 敗戦の時 ー有事の時代に突入


『会社と個人の資産防衛セミナー』
2003年8月27日 池袋・かんぽ会館
             12時30分〜17時
               講師清水洋
                −中央会ー主催

東京で先日『会社と個人の資産防衛セミナー』に参加してきた。
以前この随想日記に、この講師の本の感想文を書いたことがあるが、
実際のところどうなっているか聞いてみる時期にきていた。

 講師の清水洋の本を二冊読んでいたが、実際参加してみて、
日本の現状の酷さに驚かされた。

彼は税理士をしていると同時に、会社の再建・再生・債務対策などの
指導に奔走している。
その生々しい一言一言がドラマで面白くさえあった。
40人ぐらいの参加者全員が食い入るように聞き入っていた。
そのためか、講師も熱が入っていた。

ー要点を印象順に書くと

・近い将来、間違いなく国債の暴落・金利上昇・ハイパーインフレになる。
 それに備えてヘッジをしておくべきである。
 動産ー金ーなどに換えておくべきだ。
 銀行は預金封鎖もあり得る。
 戦前の預金閉鎖の法律が残っており、閣議決定だけで可能である。

・年間1万9千社が倒産といっているが、実際は転廃業を含めると
 22万社が消滅している。これは関東大震災が目に見えないカタチで
 毎年おきている以上のことだ。

・今年140兆、来年が150兆、再来年が170兆円の国債発行の予定。
 −という事は、一家の借金にすると毎年500万円の借金が増えている
 ことになる。破綻をはるかに超えている状態である。

・それをカバーするのは国債しかない。
 そろそろ銀行が、その買取に難色をはじめてきた。
 次の手段として小口にして国民に売り始めた。
 歴史的にみて、そうせざるを得なくなった時は国家財政の破綻の時期。
 第二次世界大戦の敗戦直前に、戦時国債が多発された。
 それを信じ買い取った国民は財産を失った。
 金やドルに換えていた人もいたという。そういう人が大資産家にとって
 かわった。いま無知蒙昧な国民がこぞって買い始めている。

・現在は大清算時代の有事の時だ、今までの考え方では自己防衛は不可能だ。今までの常識を全て捨てることだ。

・不動産はまだまだ値下がりが続く。
 良質の不動産と、それ以外の不動産の価値の差がますますつく。

・借り入れは可能な限り返し少なくすること。

・政治家の旧守派と官僚と財界の利権のトライアングルが国家を破綻に導いている。
 国民がその自民党を支持している。
 この程度の政党の嘘に騙されている国民そのものが悪いのだ。
 
・日本政府は世界最大の金融機関である。
 郵貯に、年金、多すぎる税金をかき集め、政治家と官僚が好き放題使っている。
 道路に橋に第三者機関によるホテルや体育館などなど。
 すべて採算割れ。 
                     ーつづく
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2002年08月31日
(土) 505, 独り言

最近、自宅近くで自転車に乗ったり、歩きながら
独り言をいっている人にたて続き4人にすれ違った。
別に精神に異常をきたしているとは思えなかった。

60歳位の男の人は怒りながら歩いていた。
家内は何回もそれを目撃しているという。
時代がそれだけ世知辛くしているという事か。

今まで見てきた独り言をいっている人は、
明らかに精神の異常な人であった。
独り言は聞いていると本当に内容が重いことが多い。
考えてみれば、この随想日記を公開しているのも独り言といってよい。

25年前になるが、岐阜に向かう丁度通勤列車に乗った。
突如何処かで男が独り言を大声で話し出した。
初めは何気なく聞いていたが、過去に北海道に旅行した具体的内容であった。
それが結構面白く内容なあるものだったことを今でも憶えている。
列車に全員が咳払い一つしないで聞いていた。

知らないうちに頭で思っていることが溢れ出ている状態を
いうんだろう。聞いている方は非常に不気味だ。
50年近く前に長岡駅の周辺に頭のおかしな「たるまのゆき」
という女の浮浪者がいた。独りでぶつぶつ笑いながら歩いていた。

なかなかのインテリで学校の先生をしていたという?
以前に都会である中年の女性が通り向かって怒鳴っていた事もあった。

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2001年08月31日(金)
[127] 特異点

‘自分自身’宇宙の特異点である。
もちろんこの地域も、職場も、友人も特異点である。

この当たり前?のことがきずかない。

考えてみればそれぞれの経験の世界以外知ることができないし、
その人にとって、その世界は特異点でなく普遍の世界にみえる。

総ては特異点の集まりであり、「普遍」はそう見えているだけだ。
従がって、もしその世界に埋没したり、停滞すると全てが「普遍」に見えてくる。

私が嫌うのが、`中高年の教養のないおばさん'である。
それこそ特異点そのものである。

「現象が真実と信じている点」である。
真実とは何かも考えたことがない。
俗にいう噂とか社会現象にドップリ浸かっている。

それぞれが特異ということが解らない。
そして対象に集中して相手の特異を見つけると、

あたかも、とんでもない欠点と思い込んでしまう哀れな存在である。
これはおばさんだけではないが。

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