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2004年04月22日(木)
思春期妄想症、青年期神経症をやっと乗り越えて、中年期から老年期になると 一番恐ろしい中年期の危機が大きく口を開いて待っている。
中年から老年に向かっている身にとって、一つ間違えればとんでもない危機に 陥ってしまう年齢になってきた。
アルフォンス・デーケンは、この中年期の危機を「八つの危機」にまとめている。 バランスを崩せば、何時でもこの鬱の世界に転げ落ちてしまう。 この「危機」に対して、上手に対応することが必要になってくる。
以下は、アルフォンス・デーケンの本に書いてあった内容である。 いくつかは誰もが心の奥で感じたことであろう。 どういうわけか私の場合、ほとんどない?? 常にコントロールしてきた為だろうが。 今まではそうであったが、今後は解らないのが人生というものだ。
このすべてを背負って、万年鬱になり自殺未遂を繰り返している人がいるが、 ある日突然、こころの芯棒が折れてしまって、この幾つかの穴にはまり込まないとは 限らないことばかりである。
ーその一部をまとめて抜粋をしてみるー
「気がついたら人生の折り返し地点を過ぎてしまった・・・」 「仕事がサッパリ面白くない」 「同僚と付き合うのが億劫だし、妻や子供との時間が楽しくない」 「何の為に生きているかわからない」 「ちょっとしたことでも、くよくよ考え込んでしまう」 「若い頃のように、やる気が出てこない」 「上司や同期の葬式に出ることが多くなったな・・・」 「コメディ映画をみても、素直に笑えないよ」
よく聞くぼやきであるし、身に覚えのあることである。 以上のことは中年期に忍び寄ってくる特有な「八つの危機」の典型的な 現れである。それぞれを説明してみると
1.「気がついたら人生の折り返し地点を過ぎてしまった・・・」 :時間意識の危機 時間の概念は客観的なクロノスと主観的なカイロスに 分けることが出来るが、中年期は主観的なカイロス時間意識(残された時間が 少なくなってきたという感覚)に目覚める時である。今までの時間意識を変革して、 自分の人生のカイロス時間(生きているという実感をいだける時間)に対して、 ためらわずに進むことが時間意識の危機に対する望ましい対応である。
2.「仕事がサッパリ面白くない」 :自分の役割意識の危機 多くの人は中年期までに社会的に一つの役割をはたしますが、 現在の長寿社会では、更に第二の人生が控えています。 そのため、中年期から老年期と進むにつれて、新しい役割意識を模索する必要があります。 それは、新しい生きがいの探求と結びつき、新しい人生の価値を見いだすことになります。
3.「同僚と付き合うのが億劫だし、妻や子供との時間が楽しくない」 :対人関係における危機 中年期になり、協調性や柔軟性が失われ対人関係がスムーズに いかなくなります。深刻な問題は、長年連れ添ってきた夫婦間の関係がうまくいかなくなり、 家庭内離婚や家庭内別居とよばれている事態が生じたりします。この時期の人間関係は、」 その人とより深く出会うためのアプローチ(デーケン氏は「人格的アプローチ」と言っています) を目指すことが大切です。
4.「何の為に生きているかわからない」
:価値観の危機 若いときには、仕事の業績を上げること、地位を獲得すること、 財産を築くことなどに大きな価値を置がちです。中年期にはこの価値観が揺らぎ始めます。 一定の業績を上げ、地位を得、財を成しても虚しさが残ります。 そのため、価値観の見直しと再評価が必要となります。
自分の人生の真の目的な何なのかと、問い直すことが不可欠となります。
場合によっては、自分の価値観を見直し、新しいライフ・スタイルを創造することも 中年期の価値観の危機を乗り越えるために有効です。
5.「ちょっとしたことでも、くよくよ考え込んでしまう」 :思いわずらう危機 中年期になると、健康に関する不安や将来に対する不安など、 無用な不安や思いわずらいが増えてきます。それにより貴重な精神的エネルギーを消耗して しまい、創造的な人生を送れません。思いわずらう危機に対しては、自分でコントロール 出来ることと、自分ではどうにもならない事をはっきり区別して認識することであり、 私達の思いわずらいの95%までが、不必要な心配であると言ってもいいくらいだと、 デーケン氏は語っています。
「自分にできることならベストを尽くしますが、そうでないことについては、思いわずらわない」 ことです。
6.「若い頃のように、やる気が出てこない」 :平凡な人生の危機 中年以降になると、仕事も家庭も平凡な繰り返しが多くなりがちです。 その結果、次第に生きる意欲や喜びが感じられなくなります。更には、倦怠や怠惰、 無気力なあきらめなどを引き起こしてしまいます。
この危機に対応するには、自分の中の潜在的能力の可能性を開発することが大切です。 ほとんどの人は、未開発のままの潜在能力をたっぷり持っています。 この潜在能力の可能性を開発することが平凡な人生の危機を乗り越えるための最良の方法です。 自分で自分に限界を設けず、何にでも取り組んでいく積極性が必要です。
7.「上司や同期の葬式に出ることが多くなったな・・・」 :死に直面する危機 中年になり、初めて自分は段々と「死」に向かっていることを 意識させられます。また、家族、友人、隣人などの死に遭遇することが増えてきて、否応なく、 人間の死について考えざるを得ません。
デーケン氏は、中年期の死に直面する危機を、自分自身の死、と身近な人の死に分けて考えて います。 いつか必ず訪れる家族や友人の死により、私達は否応なく悲嘆のプロセスを味わいます。 特に、配偶者を失うことは、中高年期における最大の危機です。時間をかけて悲嘆のプ ロセスをやり遂げなければならない人生の重要な課題です。
8.「コメディ映画をみても、素直に笑えないよ」 :真面目になりすぎる危機 この危機を乗り越えるためにはユーモア感覚を豊かにすることが必要です。 ユーモアは人間らしく生きていく上で欠くことの出来ない条件です。
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いずれにしても、年齢ごとに多くの精神的危機が大きな口を開けて待っている。 やはり、直面している問題を直視して上手く対処するしかない。 こころに膿をためないことだ。 他人事ではないが!
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2003年04月22日(火) 748, 思い込み
中学の頃、血液検査でB型といわれて30年経った10数年前に、 自分が実はA型ということが解った。 その時の驚きは天地が引っくり返る位であった。 「自分はB型で、その性格は努力型で、独創型のマイウエータイプ! 部下や友人にはO型が適正、女性はA型が(^_-)-☆−大好き! 男の相性の悪いタイプはAとAB型と信じて生きてきたのに!」 そのA型が自分自身だと!! 「今まで信じてきたことは何じゃい、これは!」が、その時の実感である。
逆に考えてみると、条件を設定をして、その中でパーツをたてれば いろいろな自分を創れるということだ! 暗示をかければ、その通りになってしまう実例でもある。 それにしても、こんなバカみたいな事が実際にあるのだ。 実の親と思っていたが、実は違っていたという感じである。 面白いものでBの対極のA型といわれてみると、自分は本来はA型タイプ に思えてくるから面白く、かつ単純なものである。 それからはA型類型の性格の自己暗示にいつの間にかかかっている?
金沢の会社にいたころ、誰かの手術で緊急に寮生のA型が集められた。 全く自分とは正反対な性格の連中であった。その時やはり血液型は性格 形成の基礎になっているのだと実感したのに、あれは何だったのだ?
人間なんてものは全て言葉による刷り込みを、言葉によって剥がしていく 動物でしかないのだろう。そこに不条理が発生してくるのだ。 イスラム教とキリスト教の対立も、その思い込み?が起因している! 宗教ー経典は刷り込みの典型である。
地方にいれば地方の、都会にいれば都会の思い込みがそれにあたる。 思い込んでるのが愚か者、それを冷笑しているのがバカというのが 何かに書いてあった。
・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 2002年04月22日(月) 384, 我が内なる無能性−2
以前も「我が内なる無能性−後まわし」という題で書いたが、その続編。 そういう人が反面教師として多くいる。 といってそれを云うだけの資格があるのかといわれれば、ない。 それでも書き出してみる。
・自己責任がない ーーー人のせいにする。 全て人が悪い、よく言うよという位人のせいにする。 その点で狡猾そのものだ、その芸術家だ。 誰もがその要素を持っているから書いては駄目なことだが。 人間それほど強いものでない。 ・過去の記憶だけは、よーく憶えている、特にマイナスの記憶を。 その壁を自分の周りに作り上げ、その中から出れない状態。 芥川龍之介の「山椒魚」はこれを揶揄したのだろう。 ・本を読まない、人の話しを聞かない、変化を嫌う、議論をしないーいや出来ない。 ・長期的視点ーグランドデザインが全くない。 ー人生でも、家族の事でも、仕事でも。したがって準備という意味が解らない。 ・人の付きあいが小さい枠。 両親の呪縛から抜け出る事が出来ないーとっくに死んでしまっていても。 ・人の欠点を探す事で、凝視する事で自分の影をカバーしようとする。
考えてみたら、大部分の人がほぼこれに当たる。 もちろん私もである。少し濃いか薄いかの差でしかない。
それを「子狐」という象徴でその無能性を書いている。 時々「子狐」とあったら、上記の象徴と思ってほしい。 ただそっくりなモデルはいる。
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