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2004年01月26日(月)
「新リーダーの研究」 読書日記−1 「叙勲に辞退」が価値をもつ時代
飯塚昭男著の「新リーダーの研究」を図書館で借りて読んだが、 なかなか内容があった。 目次の見出しだけ見ていても、ハッとする内容が並んでいる。
その中で『「叙勲に辞退」が価値をもつ時代』というのが良い。 叙勲は春と秋の定例行事になっている。 批判をしたいが、「貰えないからやっかんでいる」と思われるから、 誰も批判しないで黙っている。
著者は、誰もが普段思っていることを辛らつに書いているのが良い。 私の意見と、著者の意見をミックスして書いてみる。 責任転嫁もできるからよいが、 著者は辛らつである。
・「大人のワッペン」とズバリ言ってのけている。 ーもらって涙をこぼしている姿は可愛いといえば可愛いが。 ・大体が叙勲で人の価値が決められるというのか。 どういう規準でランクをつけるというのだ。 詐欺まがいの元首相と一生を教育や福祉に捧げた人を含めて どういう規準でランクの上下を決めているというのか。 ・総理府の勲章局というのがあって、「全銀連盟」や「鉄鋼連盟」 などの業界団体が推薦者をあげて、各々の所轄官庁に書類を提出。 その中から選ばれるという。 要するに官民の談合で決められるという。 それを総理府などの長官会議で決めたものを、総理がサインをして決定する。 それは政財官の癒着の温存の元凶になっているという。 ーこの本を読んでマスマス馬鹿馬鹿しくなってきた。 ・心ある財界人はほとんど辞退をしているという。 政治家は喜んで、いや自分から働きかけて哀願するという。 政治家は国民を騙す以前に自分を騙しているから、ワッペンで自己証明を しないと御祓いができなくなる。 政治ごろの鑑札?は、言い過ぎか。 文化勲章は認めてよいのではというが、人間国宝というのがあるから それで充分である。 さっきも書いたが国が、いや役人がそれを決めるとはオコガマシイ。 天皇制の一つのフレームなのだろう。
また経営改革は自己改革という言葉にハッとした。 会社の転換期に入っているので、一番実感している。 一番の抵抗勢力は、自分の固定観念と甘さである!
・・・・・・・ 【新】リーダーの研究 ◇飯塚昭男著 ◇1,890円(税込) ◇2000年3月22日発行
<内容紹介> 政党の党首や社長といったトップ・リーダーは、いまや状況のイノベーター (革新者)であって、その自意識が企業の盛衰を大きく左右する。 「改革はトップしだい」ということになる。 単なる利害の調整役、足して二で割るような世話人タイプは必要ないのである。 さて近年において、経営革新でかなりの実績をあげている人たちにある共通点が うかがわれる。従来の物差しでは簡単に測れないような人物という点だ。 むしろ従来の枠組みから外れた人、あるいははみ出た人がかなり輩出している ということだ。 こういう人物はその企業の土壌の中ですんなりと伸びてきたわけではない。 その生い立ち、キャリア、発想、気概においてかなり異質だった。 企業内を、エスカレーターに乗るように順調に上がってきたわけではない。 それだけに自身がトップになったとき、思い切った変革ができたのではないか。 過去のしがらみに縛られることが少なく、また過去の成功体験に埋没しなかった のである。 「革命は常に辺境から起こる」といわれるが、異端こそが危機に陥る一歩手前で 舵を大きく切り替えられるのではないか。 筆者はそれを「正統を越えた異端」と命名しているのだが、いかがであろう。 いまこそ、「正統を越えた異端よ、出て来い」と声を大にして叫びたい。 常識を越えた異端こそ、企業を大きく変えられるのだ。 <本文より>
<目次> 第1章 リーダーの心得 ■ ・ 一国の興亡は指導者にあり ジョパンニ・ボテロの言葉に「 ・ 恐れられ愛されるカリスマの本質 ・ 権威なき権力は必ず腐敗する ・ 「マイ・スタンダード」を構築せよ ・ 真のエリートを育成せよ ・ 志を高く掲げる ・ 「叙勲の辞退」が価値をもつ時代 第2章 経営改革は自己改革 ■ ・ 現状打破の精神を燃やす ・ 逆境を勝ち抜く異端のパワー ・ 経営革新はスピードが勝負 ・ 決断力をいかに高めるか ・ 「説明責任」を体現せよ ・ 甦る経営者の気概 ・ 人材を創る教育者たれ 第3章 価値情報を選択する感性 ■ ・ 情報洪水をいかに乗り切るか ・ 複眼思考で変化に対応せよ ・ 聞き上手はいかなる雄弁にも勝る ・ マイナス情報にこそ価値がある ・ 戦略は現場にあり ・ 新聞情報に振り回されるな 第4章 トップの自己啓発 ■ ・ 経営学は人間学と心得よ ・ わが城で「深思高飛」せよ ・ 古典“大いなる世界”に親しむ ・ 思考も意識も瞬時に転換せよ ・ 「自分のリズム」を大事にせよ ・ 意志の伝達は「簡にして要」 ・ 「無所属の時間」をもとう 第5章 企業経営の核心 「変化対応力」とは何か ■ ・ 組織は腐敗、堕落する ・ 他山の石、以て玉を攻むべし ・ 会社を見る眼、社長を見る眼 ・ 「雇用指数」を高めよ ・ 「判断」と「決断」を識別せよ ・ 未来への構想力をもて ・ 二〇〇〇年は「終わりの始まり」 ーつづく (次回は、この目次の小項目と、その解説を書き込む予定) ・・・・・・・ ・・・・・・・ 2003年01月26日(日) 662, 「他人の血で自分の傷口を洗うな!」
この言葉を初めて聞いた時、その意味をしばし考えてしまった。 相手を傷つけてしまう事は「何らかの意味で自分の問題を相手に投影 してしまった」という事でないか。
いじめっ子は家庭の不和の子が大部分だ。 そのトバッチリを学校で弱い相手を捜して攻撃する卑劣の行為だ。 これが「他人の血で自分の傷口を洗おうとする行為」の典型だ。 あと戦前の日本軍の古参兵の新兵虐めもそうだった。 「新兵の時の虐めをやりかえす」という行為で傷口を洗っている愚劣の行為だ。 必要悪の部分もあるが。
傷ついて膿を心に持っている精神症(精神病)の人も、その苦しさの あまり血の匂い嗅ぎつける。 「自分の人生失敗だった」という敗残者もこういう傾向が強い。 精神に深い傷を持っている。
といって正常の人でも、誰でもその傾向はある。 その軽い症状が「他人の噂しか話す内容を持たない人種」だ。 教養を積んでこなかったオバちゃんだ。男ー子狐もいるが。
これには大きな落とし穴がある。 他人の血で傷を洗うという事は、その傷を目先癒すが 逆にどんどん傷を深くし、さらに黴菌が入ってくる。 それこそ「無知の涙」である。
他人の事といっていられない自分の問題だ。 誰もが心の傷を持って知らないうちに他人を傷つけている。 そして傷つけてきた??・・!! それに気がついているかどうかのだが。
「恨んだ相手は高いびき」 その相手になっているのではなかろうか?
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 2002年01月26日(土) 312,書くということ
書くということの意味とは
毎日随想日記を書き続けて、いろいろの事にきずく。 書くということは、話すということより、ずっと多くの事を、 意味を感じるようになってきている。 この20年間社内報に隔月に文章を書き続けて、 その継続も含めて意味を感じるようになりました。
その時々のメルクマールだ。 あの時アア考えていたのだ、こういう本を読んで感銘していたのだと。 それが全くやり続けてなかったら何が残っていたのだろうか。 書けば消えずにそのまま残っている。
したがって話すという表現手段と、文章化の手段と一見小さな相違が、 継続という時間の中で無限に近い相違を引き起こす。 つくづく 書き残していてよかったと実感している。
時間が経つとその自己表現が、自己認識になってくる。 したがってそれに書き加えていけば、自己認識が深まる。 そして自己吟味できるようになる。
実をいうと、そのためにホームページにさらし、 自己表現のレベルの維持と、自己顕示のそれを原動力にして 書き続けているのです。
地方にいると例の「子狐の群れ」の中で自分を見失いがちになります。 見失わない為に、これは最低限必要なシャワーでもある。 ー自己詭弁,正当化もいいとこ?
まずは書き出す、そしてそれに筋を通す、そして客観化する、 そして深めていく行為である。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ 1月26日 日曜日 1969年
12時起床。 市川さんと食事に行く。 この人、理系がお医者さんのお守りの営業をさせられているためか、 理詰めで社会を理解しようとしている。 人間の、いや社会の、いや自身の嫌らしさを知らない。
その後読書をする。 夜、レポートの作成に入る。 次にマーケッテングのレポートを作成。 夜半の3時に就寝。
今は卒業をする為の集中が必要だ。
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