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2004年01月10日(土)
深夜の底は2時35分と聞いたことがる。 それを聞いた時にハッとした。 過去に大きな決断を迫られた時に目が覚める時間が、 決まって深夜の2時35分であったことだ。
丁度深夜と翌朝の切り替え時間の底なのだ。 そこで決断した内容が果たして正解であったかというと別問題だが。 ギリギリ突き詰めると、そのあたりに一番に頭が冴える。
現在はなるべくベッドの中では考えないようにしている。 しかし決断を迫られたときは別である。 むしろベッドの中の方が陰陽バラエテエーに考えることができる。
最近は夜半の2時半や3時半に目が覚めることが多くなってきた。 この時代の変わり目、判断に迷いが出るからだ。 結果として「真に自分と向き合う時間」になる。 最後は「自分独り!」という実感を、裂け目の時間で経験することになる。 考える上で一番大事なことだ。
話は少しそれるが、木が大地の水を吸い上げ始める時間が 深夜の3時半という。木に耳を当てると聞こえてくるそうだ。
学生時代ことであるが、酔いを強くする為にわざわざ深夜の一時過ぎから 飲み始めたことがあった。4時過ぎあたりになると茫洋とした気分になってくる。 真夜中から朝を跨いだ感じがよい。 若いからできたのだろう。
・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ 2003年01月10日(金) 642,DVDのレンタルショップ
DVDのレンタルショップが昨年末にオープンした。 新潟駅近くにある石丸電気が倉庫を改装して出店したが、 お客は入っている。売り出し期間ということで入会費は無料。 レンタル料がベラボウに安い。 7泊8日で100円と200円の二種類ある。 新作は3泊4日で200円である。 結構見ていて雑音が入ったりして見にくい部分があるが、 値段の安さは魅力である。 蔦やに行ったが、270円か450円の間である。
会社の至近距離にあるため非常に便利である。 先日も4枚借りて500円でしかなかった。 奥をみるとカーテンがあってピンクのDVDのコーナーがあった。 ある会で石丸電気に勤めていた人がいた。 販売でもピンク物がよく売れるといっていた。 そのコーナーには結構お客が入っている。 間違っても入ってみることはできない。
感じたのは商品の絶対量が足りない。 今の5倍の量になったらもっと入るだろう。 先日借りたのは「スターゲイト・SG−1]「AI]「ウォーゲーム」 「ザ インターネット」である。 昨夜は「AI]を見たがなかなか見ごたえがあった。 これで100円は安い。採算は合うのだろうか。
韓国産であればDVDのハードは1万円で買える。 時代は変わっている。
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 2002年01月10日(木) 296,壁
5〜6年前か、息子の大学入試の作文の課題が「仏教について」であった。 そこで自分ではどう書くか考えてみた。 チャンスがあったらに書いてみようと思うが。
その前年が「壁」であったと聞いて、すぐ自分のそれを考えた。 それを思い出して書いてみる。 「壁というと、まず考えられるのが仕切りの壁で、区分の役割である。 そして心の壁である。それも自分の思考習慣の壁である。
仕切りの壁も人工のものと、自然の壁がある。 人工のものとして一番大きいものとして万里の長城がある。 日本だったら海というところか。
これは外国から国を守る為のものだ。 屋敷の壁、これは家屋敷を外から遮断するものである。 部屋の壁はそれぞれの機能の区分である。
こんな内容であった。何故はっきり憶えているかというと、 日記に書いていた為である。
これに対し、今新たな考えを加えると「言葉の壁」と「習慣の壁」である。 言葉の壁の「取りあえず」「でも」「まいっか」・・・・ そして外国語の壁がある。 習慣の壁、そうそう行動の壁、感情の壁、いくらでも出てくる。
言葉の壁を次回書ててみよう。
・・・・・・ ・・・・・・ 1月10日 1969年
10時起床。 朝食後、12時過ぎに学校に向かう。
13時にゼミに行くが、4年で出てきているのが私だけだ。 武澤先生が急用で欠席であった。 半分遊びで、助手の横浜さんと30分ほど議論をした。 その後、3年全員と喫茶店へ行く。 皆で子供のように騒いだ。 タバコを1分で吸えるかどうかの賭けをする。 結局誰も吸えなかった。
全員でゲームセンターへ行き一時間ほどして、横浜さんと 三年生の3人と寿司屋にいく。 「理念」とは何かが話題になる。 横浜さんがいう「理想像を追い求めるプロセスでの、その人の 方法が理念ではないか」というのが何か変った言葉として印象に残った。 私の考えていたのは「理想像を追い求め一体化を図ること」 とは少し違ったようだ。
また疎外感についても議論をした。 「疎外から立ち直った時、一つの成長過程の変革を向かえるのでは」 という意見に対して、横浜さんは「その反省過程で、他の手段方法を 考え、そのことから自己を第三者として捉えることが前進になる」と 言われたことも印象的であった。 しかし反対にそれに捉われることは、自分の壁をつくってしまう為に 何もできない状況になる独創性が失われてしまうとも考えられる。
「私も考え方が凝固まりだした」という言葉に対して、 「それも現時点では必要ではないか」 「一つの枠を創っていないと 吸収する力を持ち得ないのでは」という言葉も説得力があった。 合気道の師範の黒岩先生も同じことを言っておられた。 「その枠を弾力的かつ吸収力のあるものにすることこそ大事」だと。 その枠を大きくしたり縮めてみたりすることが大事だと。 そこから外に散歩に出たり、旅行をすることが重要ということだ。
夜、市川さんがお茶を飲みに来る。 彼とも2時間以上議論をする。
ー2004年01月09日記 この時期、市川一さんとよく酒を飲みに行った。 といって決して親友というわけでなかった。 酒を飲んで、ただ鬱憤を晴らす仲間だ。 早稲田大で一年先に卒業、薬メーカーに勤めた理学部出身の人だ。 卒業をして1〜2年間、寮にそのままいてもよい不文律があった。 卒業後は一度も音沙汰はない。 「夢をコントロールして好きな女性ー吉永小百合などとセックスが出来る」 と言っていた。何とも面白い人であった。 在学中は、左翼運動の闘士とも言っていた。 当時はプライバシーに一切触れないのがマナーであった。 彼は、いま一番会いたい一人である。
この日記がなければ忘却のかなたの日々である。
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