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2003年12月06日(土)
この5月に、このテーマで書いたが、再び書く。
人間関係の、いや人生の凝縮が結婚と親子関係である。 特に結婚は全く違った人生を生きてきたもの同士が、一つの家庭の中で生活を するのだから大問題が生じて当然である。 まずは二人だけの権力闘争がはじめるのだ。 そして、底知れないドブ沼が二人の間にできてくる。
その入り口に立った二人が、熱にうなされ発情している状態が面白い。 また‘我まま’丸出しの女が出てきて、男を奴隷のように扱っている姿を 見ていると、その男の中に自分の姿を見ているようで、我を忘れて感情移入を してしまう。
先日みた番組では、週の小遣いが500円という。 500万円の収入があるのに、月に2000円の小遣いである。 「何で、そんなに少ないの?」と桂三枝の質問に 「貯金が私の趣味なの!」と答える??女の答えが可笑しい。 亭主の昼飯が月曜日から金曜日まで 「かけうどん、かけうどん、かけうどん、かけそば、かけうどん」というから、 凄いものだ。本人はやせ細っていた。旦那が小遣いの値上げを懇願していた。 せめて5000円というなら解るが、900円で喜んでいた。
また数年前になるが、パキスタン男と結婚した女は亭主を奴隷のように扱っていた。 まあ「愛の奴隷」のうちはよいが、「人種差別」による奴隷のようだった。 この時も月に2000円か3000円であった。 さすがに会場から怒声が聞こえてきた。
番組みの関係上、下ネタを明け透けに話すが聞きなれてくると「いやらしい」 感じないのがよい。 それにしても新妻?が恥じらいもなく話すのには驚いてしまう。 書いていて気がついたが、この番組みの主役は新妻だ。
「高校三年生」を聞いて育った年代としては、女性の変容に時代の流れを感じる。
・・・・・・・・ 783, 新婚さんいらっしゃい ! −1 2003年05月27日(火) テレビ朝日系で毎週日曜日の13時に放映している。 桂三枝と山瀬まみ、が司会をしているトーク番組で、2組の新婚をゲストとして招き、 新婚秘話や、なれそめや、おのろけを桂三枝、山瀬両司会が引き出していく。 恋愛のパワーのエネルギーが直接つたわってくる。 人間の原点や、それぞれの人生が結婚というプロセスで見えてくる。 時には際どい下ネタが出てくる。
この番組を見はじめて30年以上が経つ。 軽いのりで時代背景がそのままでるのがよい。 周辺のいろいろな結婚を見ているが、全国レベルの変わった結婚のカタチが面白い。
先日のケースの「拾った男と結婚した」というのが面白かった。 17歳の家出少年を一歳年上の女性が拾って、カラオケにいって、そのまま 部屋に泊めて、成り行きで結婚したケースであった。 捨て犬を拾ってきて、飼っているという感覚である。 いろいろあるものだが、結婚は人生の私生活という面で大半が決まってくる。 結婚相手レベルが自分であるといって過言ではない。 幸せを笑いで祝っているのだから、本人達、放送局、視聴者の三方両得になる。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
2002年12月06日(金)
602,ある時間の断片-16 10月6日 日曜日
朝10時半に起床。 部屋の大掃除後、洗濯屋に行くため部屋を出ると、 大妻女子大の5人と出くわす。 この前に来ていた人もいた。 彼女たちの会いに来た相手がいないので、私の部屋で一時間ほど 過ごす。
昼飯後、風呂に行ったり、音楽を聴いて時間をすごす。 夜半の12時に永田さん部屋にくる。 何か自分中心で好感が持てなくなってきた。 自分のことしか見えてないのが嫌だ。
のんびりした一日であった。
10月7日 9時半起床。10時半に学校に出発。 ところが学校は休み。図書館もやってない。 校庭の4丁目にいると、クラブの加藤と古市と会う。 彼等が変わっていたのに驚いた。 12時過ぎに石川と待ち合わせて会う。 ウエストサイドで3時過ぎまで話す。 辛らつにお互いの批判になる。
自信過剰で、視野の狭い人間だといわれた。 かなりこたえた。
その後本屋に寄り、寮に帰る。 音楽を聴いていると、後輩の米林君がくる。 頭のよい吸収力のある男だ。
明日から卒論のまとめの為に新潟の六日町の雲頓庵に行くが、 そこで大筋と構想をまとめてみようと思う。
石川についてー かなり自尊心に傷をつけられた。 もともとお互どちらが正しいとはいえない。 割り切って付き合わなくては。 それにしてもこの自分の動揺はどういうことか。
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2001年12月06日(木) 261,ブランド品
ブランド品の定義ー 1、アフリカの土人の酋長と一族が身に着けたがるもの。 それも不釣合いのノーコーデネート。 一品豪華主義の典型 2、それなりの金持ちが、社会的体裁の為に飾り立てる小道具。
3、キャリアのブスの中年女がこれ見よがしに身に付けたがる。 −野村監督の奥様。スナックなどでも時時いる金ぴか女? ブランド痴呆女というところか!
4、自分のセンスに自信がない人の印籠代わりの小道具。
5、家具から、身に着けているも全てコーデネートして初めて 意味のあるもの。したがって大金持ちの贅沢遊び! 収入が年間何億のレベルの人種のステータスシンボル。 したがって一般の人が買うことは、金持ちコンプレックスの 低脳を披瀝していることと同じ。
一時凝っていた家内が突然買うのを止めた。その意味が解ったのだろう。 アジアの黄色人種が身に付ければ、エテコウのお笑い! それが旅行を重ねているうちに気づいたようだ。 飛行場とか、ツアーで連れて行くショップのブランド物は2〜3年か それ以前の「投げ捨て商品」。その筋のシンジケートから「 売価の一〜二割の原価」のしろもの。ハワイの飛行場で確か売上の 6割か7割の家賃を取っていることでそれが公になった。 その事は20年以上前から、知っていた。 大手の代理店がそれを熟知、一時かなり稼いでいた。 黄色のエテが群がっている姿は、西欧人の軽蔑の対象であった。
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12月6日 1968年
朝7時半目覚まし時計がなる。 しかし起きることが出来なかった。やっと10時過ぎに起きた。 タクシーで学校へ。 11時20分にやっとのことで、食事をして ゼミの「工場見学」に、時間ギリギリで間にあう。 新宿から京王線で府中へいく。 NECの工場だ。 事業所長の説明後、工場の見学だ。 アカデミックな感じがした。 雰囲気が知的で、コンピュータが部屋せましと並んでいた。 16時から、工場所長と人事部長補佐など数名と労務管理に ついて話し合う。 積極的に話したのは、石川・田島・植本君の三人であった。 それに質問者の横井さん以外誰も無口であった。 18時から腹がすいて苦しかったが、19時に天丼がでる。 19時半に終了。その後マイクロバスで府中へ。 解散後、田島と河村と三人で井の頭公園へ行く。 それから荻窪へ行って、喫茶店で話をする。 田島がよく話す。 彼は先まで一緒だったゼミの石川に腹を立てていた。 彼が10月頃から大きく変わったと言った。 彼は「寂しい、ずるい、ゆわい人間だ」と指摘していた。 いま私が感じていることを,そのまま言葉にして田島が言ったようだ。 ゼミの個性派同士の対立というべきだ。 おとなしい河村も石川を否定したということは、彼はやはり 異常と言ってよいのだろう。 人間性が崩れているというのが、共通項であった。 自分で墓穴を掘ったのか、自己の創造性を見出したのかは判断できない。 何か話していて、その姿が自分の姿でもあることに気がつく。
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