|
2003年08月06日(水)
全くテーマが浮かばず如何してよいか解らない日がある。 まあほとんど毎日だが。そこが面白い面もあるが。 それでも強引に書いた文章ほど後で読むとよいから不思議なものだ。 そうこう考えていたら、あるホームページに「閑話休題」というテーマがあった。これから無理にテーマを決めないで、時々「閑話休題」で書きはじめることにした。書いた後でテーマを書き換えればよいし、そのまま閑話休題としてもよい。
野口悠起雄の「超文章法」の中で、テーマの探し方に「窓から飛び降りそうなくらい大変なものである、考え尽くしてひねり出すしかない」と書いてあったが、それを読んで学者でもそうかとほっとした。 それと「文章上達は量をこなして、校正と推敲を重ねるしかない」と本音で書いていた。結局は努力努力努力しかない。
一見なにげなく書いてある文章に、それだけのエネルギーと時間が入っている。逆にいえば、プロほど想像を絶するほどの絶対量と、その校正と推敲を重ねているのだ。 これはすべての分野にいえることで、プロの世界はそうそう甘くはない。 気楽な「閑話休題」を、時たま挟み込むのも本音がでて面白いだろう。 いまもテーマを意識しないためか次々とキーが動いてくる。
話は変わるが、昨日隣家で建前があった。 100坪の敷地に二階建てで延べ50坪位の結構大きい家だ。 夕方帰宅したら、屋根の下地も含めて建前が終わっていた。 家内が言うには「20~30人が蟻のように取り付いていた」とか。 夕方には子供たちを集めて、上棟の祝いで何かをばら撒いていたという。 大きいクレーン車が次々と加工された材木を吊り上げ、鳶が組み立てていく。 いま流行の何とか工法という奴で遠くの工場で加工して持ってくるのだろう。
新しい家は、その人たちにとって仮の天国の世界の創造である。 本人達はいまが一番嬉しい時期だ。 いままでは隣家に広い庭の空間があったが、これからは光が少なくなる。 仕方がないが。
|
|
|