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2003年06月28日(土)
構想十年、山田監督が藤沢周平の時代劇を選び映画化した話題の作。 中年男性が目に涙をいっぱいためて映画館から出てくるという。 昨年、行きそびれてしまい、DVDレンタルがでたら借りようと待っていた。 4月に貸し出し開始の予告の張り出し広告が、レンタルショップに出た。 しかし店頭には中々でなかったが、やっと3週間前に出た。 ところがいつも貸し出し中。それがやっと昨日借りることができた。
藤沢作品は表題作を始め、どの短編もいじらしく人間くさい主人公と、 普段は見せぬがいざというときに出てくるあざやかな剣さばきの対比が素晴らしい。 作者が晩年に達したといわれるユーモアとペーソスをさわやかに織り成しながら、剣客小説としての凄絶さも失われないのがよい。 彼の多くの小説の共通点がある。 地方の名も知れぬ小さな藩の中の、風変わりな主人公が、それゆえに周囲からあざ笑われている。しかしそこで、お家騒動がおこり巻き込まれていく。 そして・・・
早速、映画をみて驚いた。 小説と映画は全くといってよいほど違っていた。
ー映画のあらすじは 時は幕末。庄内地方の海坂藩の平侍井口清兵衛は妻を亡くし、家には二人の娘(萱野と以登)、そして老母がいる。そのため生活は苦しく、下城の太鼓がなると同僚の付き合いなどを一切断って帰り、毎日家事と内職に励んでいる。同僚たちはそんな清兵衛をからかって、陰で“たそがれ清兵衛”と呼んでいた。
ある日、かつて想いをよせていた幼なじみ・朋江の危機を救ったことから剣の腕が藩士の噂となり、上意討ちの討ち手として清兵衛が選ばれる。藩命には逆らえずやむなく承知した清兵衛は、朋江への秘めた想いを打ち明け、意を決して邸に向かう。 愛する家族に背を向け、命を賭けた果し合いに向かった・・・。
ー小説の「たそがれ清兵衛」では、 人間愛(夫婦愛)が描かれている、それと完全並立するかたちで、武士社会の論理も描かれている。 主人公のもとに上意討ちの討手の役がひそかに舞い込む。 実は彼は若い頃には藩内でも一,二を争う剣の腕前であった。 夕方の城中での上意討ちが刻々と迫る中、愛する女房の下がもれてないか気が気でたまらぬ。 が、そこは主人公、相手を鮮やかな腕で始末した後、いそいで女房の下の世話へと急ぐ・・。 病気の妻に優しい主人公。しかし「上意」(主君の命令)により何のためらいもなく、人を殺す。いやためらいはある。それは殺害の日には帰りが遅くなるので、妻の介護に差し支えはしないかという心配のためだ。 また、その後日、殺した相手の護衛が主人公を殺そうとするのですが、この時も、主人公は実にあっさりとその人物を殺している。何のためらいも、葛藤もなく。そして平然とその場を立ち去り、妻の元に急いで帰ってゆく。 ・・・・・
私はどちらかというと山田洋次の映画のストーリーが好きだ。 やはり、私も映画をみ終わって涙があふれていた。 何ともいえない藤沢と山田洋次の合作がよい。 とくに上意討ちにあう男の生き様に、何ともいえない日本人の悲しさ、美しさが出ていた。
ーーある書評ーーのコピーです。
山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」「学校」は、邦画の中では私のベスト5に入るくらい大好きな作品です。見る度に涙が溢れて仕方がない傑作ですね。そんな山田監督が初めての時代劇を作ると聞いた時、普通のチャンバラ映画にはならないなと密かに思っていました。 黒澤時代劇を敬愛する監督のこと、それまでにはない時代劇を目指すのは当然と言えば 当然です。そこで描かれる世界は、とてもリアリスティックで現代的。 まるで平サラリーマンの生活を見ているかのような感覚です。家族を養う為に仕事に出かけ、家に帰れば内職する毎日。定時になると、すぐに帰ってしまう付き合いの悪い人って確かに現代でもいますよね。そんな人を陰でからかう人がいますが、もしかしたら清兵衛のように家族の為に帰っているのかもしれない。 家族のあるべき姿、現代人のあるべき姿が、清兵衛という平侍の生活を通して語ること、それこそ山田洋次監督が描きたかったことのように思います。 映画の後半、清兵衛はある暗殺を命じられます。もちろん断ることはできない。現代社会で言えば、上司に逆らえない平サラリーマンの姿そのもの。 果し合いの日、周囲は何事もなくいつもの朝を迎えるが、清兵衛にとっては心中穏やかではない。養わねばならない家族を残し、死ぬかもしれない果し合いに挑む清兵衛の心だけは、激しく揺れ動いていたに違いない。朋江に身なりを整えてもらうここでのシーンは、印象的で素敵な名場面です。果し合い。男なら誰でも一度は迎える真剣勝負。 文字通り、清兵衛は小太刀を握り締めて、死闘に赴いていく。送り出すのは、妻か恋人か。このようなシチュエーションは、常にどの時代でもあったはずです。 山田監督は、この朝を迎えるまでの清兵衛の生活を、じっくりと描き出している。それだけに、この時の清兵衛の胸中を思うと、胸が苦しくて仕方がない。そして、見せ場となるクライマックスの死闘。この余吾善右衛門との一連のシーンは、従来の時代劇にはない生々しさがあって壮絶です。山田監督の描きたかった思想は、ここでの清兵衛と余吾善右衛門の会話に最も現れているような気がしました。 やがて迎える爽やかなエンディング。井上陽水の主題歌「決められたリズム」が効果的に使われていて、素晴らしい余韻を残す作品になっていました。必見です。
複雑な清兵衛の役どころを繊細に演じる真田広之が素晴らしい。私の好きなこの役者さんは、どんな役でもこなしてしまう人。つい最近の「助太刀屋助六」でも好演していましたし、演技派として最も才能のある一人だと思います。そして、ラスト数十分ながら最も印象を残す田中泯さん。 これが銀幕デビューだとは思えない気迫のある演技で、真田と対等に渡り合っていました。 最後の殺陣シーンは、本気で望んだそうです。それだけにリアルで怖ろしかった。最も重要なこのシーンが成功したのも、彼の存在によるところが大きいと言えるかもね。 もちろん、朋江役の宮沢りえも言うことなしです。「遊園驚夢 華の愛」を観た時にも感じましたが、本物の女優として着実に成長している人だと思います。頑張って欲しいですね。
http://www.shochiku.co.jp/seibei/
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