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2003年06月23日(月)
最近は殆んど見られなくなったが、石油スタンドが完全自由化になる以前は、まだ石油の価格が暗黙のうちに規制されていた。 その際の、ガソリンスタンドの差別化として、お客の車に対して深深と頭を下げるのが流行っていた時期があった。 30年前に千葉市の千城台で「養老の滝」を始めたとき教えられたのが、「お客の後姿に頭を下げろ」であった。 帰ったお客ではなく、店内のお客に対して見せる為だ。 ガソリンスタンドも同じことだ。 「頭を下げなくともいいから値を下げろ!」といつも思っていたが。
長年メイン銀行の店長や次長が転勤する時、栄転祝いを贈っていた。 もう10年前のことで問題がないから書くが、ある支店長が転出の挨拶に来たときに、不思議な顔をして「何も見返りがないのに何で祝い品をくれるのか?」と聞いた。その時に千城台で教わった話をした。 「こうしていると、直接関係のない、栄転祝いなど関係ない人もくる。 この地を去る時に侘しい気持ちがあるが、ここにくれば気持ちを含めて見送ってもらえる。その意味で直接の見返りなど全く期待してない」と。 一本やられてしまったという感じであった。 彼が去ってから解ったことだが、金利変更時で当然上がるべき金利が上がってなかった。彼の指示で、200万は金利が低かった。
「ありがとう」のエネルギーはブラックホール内の特異点から出てくる光という。これ似ている言葉が「正中心一点無」がある。 この「正中心一点」とは特異点といってよい。 そして「無」がエネルギーである。 無は色即是空・空即是色の空である。
ー先日、サロンのコーナーに載せた内容をコピーしておきますー ーーーーーーーー ・「あ」というのが「絶対[ぜったい]」という「光源[こうげん]・光[ひか り]・ 命[いのち]の本源[ほんげん]」というのが「あ」、全[すべ]ての始[はじ]まり。 ・「り」が、らせん状[じょう]」に全[すべ]てが生[う]み出[だ]されて組 [く]み合[あ]わさっていくという意味[いみ]で、ら行音[ぎょうおん]の「り」を使[つか]って いて、 ・「が」が、「か」をダブらせて「輝[かがや]きに輝[かがや]く」という意味[いみ] で、「無限[むげん]に無限[むげん]に輝[かがや]いている」というのがが」。 ・「とう」いうのが「十字[じゅうじ]」にみて、縦横[じゅうおう]の組[く]み合[あ]わせ、と見[み]てもいいし、また「ありがたし」のた行音[ぎょうおん]とさ行音[ぎょうおん]というふうに分[わ]けた時[とき]は、た行音[ぎょうおん]が縦[たて]で、さ行音[ぎょうおん]が横[よこ]。相対[そうたい]に別[わか]れた両極[りょうきょく]を縦横[じゅうおう]に組[く]み合[あ]わせて一[ひと]つのものを創[つく]りあげる。
だから絶対[ぜったい]の無限[むげん]の無限[むげん]の更[さら]に無限[むげん]の大光明[だいこうみょう]がね 出発点[しゅっぱつてん]にあって、そこから複雑無限[ふくざつむげん]の創造[そうぞう]活動[かつどう]が行[おこな]われて、無限[むげん]に輝[かがや]いた最高表現[さいこうひょうげん]が生[う]み出[だ]されて、それが完璧[かんぺき]に組[く]み合[あ]わさって本当[ほんとう]の全大宇宙[ぜんだいうちゅう]の姿[すがた]をとってる。これが「ありがとう」という意味[いみ]ですね。
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