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2003年06月16日(月)
−60歳までの人生 曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。 丁度私が50歳の時であった。 50歳で、母親を見送り(亡くなり) 人生の損益分岐点を超えたという思いがあった。 あとの人生を如何生きようかという自分への問いかけをしていた。 その翌年、下の子供と家内と3人で南米のギアナ高地に出かけた。 テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら息子と日本酒を 飲みながらふと思った、「ああ自分の人生の元は充分にとった」と。
その時に考えたのは、「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』 なら、それ以降の人生を60歳までに詰め込んで生きよう! 『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」であった。 ・海外旅行をそれまでに50回行くこと-不景気で難しく?なってきたが ・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう ・好きな事を可能な限りしよう 等、生き方を変えようであった。 しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。 母の行き方を見ていたので、この人はまだまだ解っていないと思った。 本当に「良いのは60歳から」というのを母の生き様から教わっていたからだ。しかし「60歳以降の前倒しをしてしまおうという決心』は良いのではと解釈した。
その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人が人生の秘訣を教えてくれた。「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にして、そこまでに人生のすべてをし尽くした。その一つに日本を全てを家内と娘と3人で回り尽くした。その後は世界にチャレンジしてほぼ全てをまわり尽して今もこうして生きている。短命の家系という前提それがなかったら人生をここまで味わいつくせなかった」かなり深い人生の示唆であった。 「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた直後であったから、尚のこと心に響いた。
あと2年半で、その60歳に近づきつつある。 「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。 元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きることができるのではないだろうか。 そして、それまで経験をしたことのない分野を探し出しチャレンジすることである。その意味では、逆に広い世界に飛び出せるのではないかと考えている。
最近になり、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSや テロなどでアフリカや中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。 この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。 あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。
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