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2003年05月29日(木)
昨日書いた異業種の人達との札幌のススキノの夜の話である。 二次会もバラケてしまい、残った四人で「すすき野」に行くことにした。 せっかくの札幌の「すすき野」の夜、入るなら一生に残るような エキサィテングな店がないかと数軒の店を覗いていたら、何か異様な賑わいを見せている店があった。すぐ団体が帰るというので少し待って入った。 空いているカウンターに我々4人が座った。 暫くすると、他の団体も帰っていった。 隣には、その店の馴染みと思える中年の品のよさそうな男性が座っていた。 何かの縁かと「実は異業種交流の途中に札幌によった」と話しかけた。 「何処から来たのか?」と聞くので、新潟市から来たというと、 自分は佐渡の出身だという。 その場が急に同郷の会みたいになってしまった。この店の入っているビルと、幾つかの飲食ビルを経営している専務だった。
そこにお客を送っていった美人のママが帰ってきた。 二人が深刻そうな話を始めていた。 「もう店をやめたら!」とビルの専務が言っているのだ。 ママが食道癌で退院したばかりで、店に出れる状態でないが 捨て身で店を開いていたのだ。 連日入院していた病院の先生も店にきて忠告しているという。 その場が深刻な、微妙な雰囲気になってしまった。 その為か、ママの歌が魂のこもった素晴らしい歌が続いた。 そうなると、お客全員も引き込まれて魂の歌になった。 どういうわけか、私がいやに気に入られて最後までダンスのお相手をしていたと同行の人から翌日聞いた。 歌は憶えていたが、そういう記憶はいつも昇華して消滅するのが残念である。恐ろしいような、悲しいような、楽しいような、一生に残る思い出になった。「すすき野」の夜の人生ドラマの深さを垣間見てしまった。 その話を翌日、行かなかった人に話をしたら 「なぜ俺たちを連れて行かなかった」と叱られた。
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