堀井On-Line



760, いかに生きたか いかに生きるか

2003年05月04日(日)


 去年の文芸春秋の12月臨時増刊号の
「日本人の肖像ーこのすがすがしい生きかた」ー
シナリオ作家の舟橋和郎を文章を紹介する。
文章が鮮明で、半世紀以上前の情景がアリアリと浮かび上がってくる
すばらしい文章である。
小林秀雄という人物と、乃木大将の決心と、舟橋和郎の人物が何ともいえない文章で浮かび上がってくる。

 以下の通り書き写した。
・・・・・・・・・・
 明治大学文芸科の教室で初めて小林秀雄さんの講義を受けた時の情景を、
私は忘れる事ができない。・・・かなりせかせかと、誇張すれば
「肩で風をきって」入ってきた。
そして安いタバコを取り出して一本くわえた、そしてマッチをすり、
うまそうに、フッーと煙を吐いてから、おもむろに、
「何か質問をしたまえ」と、言った。学生たちは面食らった。
「文学に限らない。どんな分野でもよい」
誰も手をあげるものはいなかった。
「質問がなければ、僕は帰るよ」と、タバコをポケットにしまいかけた。
あわてて学生の一人が手をあげた。
「先生、あのう(しばらく声がなくて)乃木大将は本当に偉いのでしょうか?」
見当はずれの質問のように思われて、私は思わず失笑しそうになったが、
小林さんがどう答えるか固唾をのんだ。
「そうだね、乃木さんか・・・ウム・・・あの人は偉い人だよ」
返ってきた言葉は単刀直入、極めて自信ありげに聞こえた。
「乃木さんって人はね、少尉時代に軍旗の騎手をやっていたんだ。
丁度西南戦役のときでね、彼はそこで軍旗を敵に奪われるという失敗をしでかした。
これは取り返しのきかない失態でね、それは天皇の象徴なんだ。
乃木は当然切腹ものだと覚悟をした。ではいつ腹を切ろうか、彼は悩んだ。
そして明治天皇が崩御された時に、み跡を追って切腹しよう、
そう心に決めた。これで乃木さんはスパッと人生を割り切ったんだ。
人間が若い時に自分の人生の最後をきめてしまう事は容易ならぬことだよ。
どうかね君たち、こういう人を偉い人と言うより他はないだろう、そう思わんかね」
そういって小林さんは満足そうにタバコの煙を吐いた。
学生たちは文字通りケムに巻かれたように、茫然自失の面持ちであったが、
正直ショックを受けた。というより心底惚れてしまった。
小林秀雄という先生の目の高さに惚れたのだ。
私は講義の度に自分の脳みそが少しずつ柔らかくなるような気がした。

ー以上であるが、乃木のそのときの深奥の決心が素晴らしい。
その時から全てがその瞬間ー明治天皇の死の瞬間ーに絞られた。
その視点より全てをみていたのだろう。
少なくとも彼の「無私の精神」の原点といってよい。
「いかに生きるか いかに生きたか」は
「いかに生きるかは いかに死ぬか」に行き当たる事例である。

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