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2003年04月09日(水)
このホームページを開いてあと一ヶ月足らずで二年になる。 旅行以外は随想日記を一日も欠かさなかった。 脳内の何パーセントを汲みだした感覚である。
その時その時の興味が移り変わっていくのもわかる。 お笑いであったり、癒し系であったり、人間観察であったりだ。 ・何事も三年である、あと一年は今のペースは続けるつもりである。 随想テーマ日記の千項目がもう一つの目安だ。 ・毎日書き続けるとネタ不足になるが、それが外部の情報収集の動機になる。 公開をして第三者の目を意識をして書くことで、自己コントロール をするようになった。 ・書き続けること、改善し続けることで自己の外部化をしていることになっている。
毎日文章を書き続けることは大変である。「今日飯食って、会社に行って、テレビを見て寝た」 という内容なら如何といことないが、テーマをみつけて筋の通った?文章にするには エネルギーをつかう。考える時間を入れると、2〜3時間ぐらいはかかる。 その危なさが面白いと感じるから、続けることができるのだが。
一人で、机の中の日記帳にこれをやろうとしても無理である。 第三者に対する意識があるから続けることができるのだ。 なんで毎日書き続けるのかという疑問があるが、誰のために書いているのではなく、 自分のために書いているだけだ。読み返していると結構自分を鏡でみているようで面白い。 ハッキリいって見る人が見たらバカじゃないのかと思うだろが、これが自分でしかないのも 事実である。
参考の為に一年前に書いた 「テーマ日記」を書き始めて一年 ー1・2 をコピーしておきます。 ーこうしてあらためて読んでみると、今も一年前も考えることは ほとんど変わらないものだ。今のままの自分がいる。
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「テーマ日記」を書き始めて一年 −1ー (2002・05・22) あと一ヶ月でホームページに「テーマ日記」を書き始めて一年になる。 旅行を除けば一日も欠かさないで書いた。 何処までやれるか自身との闘いで始めた。 あまり苦しい事はなかったが、しかし気をとられたことは事実である。
気がついたら、370以上の文章を書いた事になる。 よく書いたものだが、内容はこんなもの。 あと1〜2年つづけたら殆ど内面を、いや底を尽くのではないか。 その後で底から真水が出てくるのではないか。 今現在もう底を突いているのではとは思えないでもないが。
テーマの種が尽き始めた事は事実だ。 大した事を考えてない自分が顕わになった。 本気になって第三者を意識して書き出して、プロの文筆家の能力に 今更驚かされる。それで食べているのだから当然といえば当然だが。
書くということと、内面で考える事とあまり違いはない。 内面を赤裸々に顕してしまう。 毎日書き続け公開していることは、とんでもない事かもしれない。
しかし今更そういう生き方をしてきて(^^ゞ−(;一_一)(+_+)(-_-;) ー恥ずかしいことはない。 どうしても過去の事考えたことに偏ってしまう。 人生の7割生きたのだから仕方ない。 自分史そのものだ。 自分史の先取りだが、自分史は早いほどいいという。
2002/05/23 「テーマ日記を書き始めて一年 ー2ー
ホームページ上のテーマ随想日記は、非常に有効だ。 一年書き続けて、毎日それなりにチャンとテーマが出てくる。 10日に一度くらいが、まったく思いつかない状態になるが、 それでも、その状態の中でも湧くように出てくる。
書き続けることが、大事である。 「一ヶ月で、千項目テーマをあげて文章を書け」 といわれても絶対に不可能だ。
しかし毎日一項目書き続けることは不可能でない。 その習慣をつければ、何とか千項目書けるのではないか。 あと二年近くかかるが。
それさえ作っておけば、自分のデータベースになる。 大テーマを立ちあげた時に、それぞれの大テーマに合わせて それを組み替えればよい。
書いているうちにコツが解ってくる。 新幹線の中とか、散歩の時間にそれを集中する。 またどういう訳か集中できるのだ。
この時間の集中の積み重ねが、膨大のデーター化になる。 またテーマを考えることと、そのテーマに対し色々言葉を 組み合わせる作業が考えを深める。 内容に対しては、それぞれ批判があると思うが、その時点の自分の 自然に出てきたテーマと内容なので、これ以上でも以下でもない。
書き続けるポイントは「ギブ・アンド・ギブ」である。 そうでなくては、続けられない。 今までの自分の持っている経験・知識を全て吐き出し、 現在、得た情報をそのまま出し続けなくてはならない。 しかしそれを実行していると、他のホームページのそれが 良く理解できるからだ。
そうする事が、逆に自分の為になるからだ。 仏教の布施、キリスト教のボランティアみたいに。 それをすることで、他のページのそれが解ってきた。 自分が入れたエネルギーの数十倍、いや数百倍が入っている事が、 理解できるようになったからだ。それもギブアンドギブで。
そうしていれば、相手の内容を見る目が違ってくる。 また謙虚な眼で、それを見ることができるようになってくる。 またその時々のメルクマールにもなる。
時間が経つにつれて、自分の考えもどんどん変化していく。 その変化した視点で、過去の自分の考えを見つめ直すこともできる。
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