堀井On-Line



697, ルーツー2(縦人脈)

2003年03月02日(日)

ーその資料によると
 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって
富山から上越と逃れてきた。そして「上杉家の家来」になった。
上杉謙信の時代に、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」という
出城の城主であった。
 謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、小千谷の郊外の
片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。
その時の先祖の名前が「堀井宗親」と「堀井四四太郎」という。
一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。

その後、そこで百姓をしていたようだ。
ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、関西ー富山ー新井
ー小千谷ー長岡の流れがある。
また、武士ー百姓ー商人という流れも時代によって変わってきている。
金沢にいた時(25歳)によくいった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。
また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。
その検査に富山に行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」であった。

その時入った食堂の電話帳で堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。
上越市も新井も小千谷も本当に多いのだ。
長岡は10あるかないかで、新潟市では数人しかいない。

20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた事を思い出した。
車を止めて、そこから独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない
気持ちになった。
何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ〜という感覚で、何かオーラに包まれたような
気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」に行った時に同じ気分になった事があった。
そこで亡くなったある僧の墓を訪ねた時だった。
人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。

家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の収穫だ。
それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。

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