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2003年03月02日(日)
ーその資料によると 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって 富山から上越と逃れてきた。そして「上杉家の家来」になった。 上杉謙信の時代に、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」という 出城の城主であった。 謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、小千谷の郊外の 片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。 その時の先祖の名前が「堀井宗親」と「堀井四四太郎」という。 一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。
その後、そこで百姓をしていたようだ。 ルーツというほどのものではないが、平家・上杉という流れと、関西ー富山ー新井 ー小千谷ー長岡の流れがある。 また、武士ー百姓ー商人という流れも時代によって変わってきている。 金沢にいた時(25歳)によくいった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。 また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。 その検査に富山に行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」であった。
その時入った食堂の電話帳で堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。 上越市も新井も小千谷も本当に多いのだ。 長岡は10あるかないかで、新潟市では数人しかいない。
20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた事を思い出した。 車を止めて、そこから独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない 気持ちになった。 何か昔の記憶が沸き立ってくるようなフワ〜という感覚で、何かオーラに包まれたような 気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」に行った時に同じ気分になった事があった。 そこで亡くなったある僧の墓を訪ねた時だった。 人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。
家のルーツ探しから500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の収穫だ。 それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。
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