堀井On-Line



588, 服装は着る言葉です

2002年11月22日(金)

本屋をのぞいていたら「服装は着る言葉です」とある服装評論家
の文章が印象深かった。そこに更に他の評論家が
「似合うということと、高い、新しい、華やか、流行とは無関係です」
と書いてあった。
「どう着るかは人生をどう生きるかの自己表示である」
というと、少しオーバーになる。

服と服装は違うという。
服はあくまでパーツである。その組み合わせが服装という。
それもTPOSの場に合わせるので
自己表示そのものといってオーバーではない。

ファッション店はそうすると情報産業そのものになる。
「こういう組み合わせやパーツありますよ。
うちの店のこれで自分を表現したらどうですか」という情報業だ。

真っ赤な胸の開いた服ならさしずめ
「私はさかりがついているメス」と自己表示している?
あのメスサルの尻の赤い状態である?

若いうちから服装にもっと気を使うべきだ。
中年のきんきらのオバサンを見ていると、この人は若い時に
そういう気を使ってないことの自己証明である。

大学に入った時に一番ショックだったのが服装であった。
都会育ちの友人のセンスのよさにコンプレックスを持った。
一枚の開襟のシャツを何気なく着ているが、センスが違うのだ。

中学や高校時は制服でカジュアルを着るチャンスは全くなし。
急に華やかな世界に投げ込まれても、即席で身に付くものではない。
言葉と服装に本当に苦労するのが当時の地方出の悩みであった。
今はTVやマスコミで均質化されているが。

その為に、鈴屋や鈴丹という地方出の為の女性のファッションチェーン店
があった。今は鈴屋は潰れ、鈴丹は消滅直前だ。

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