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2002年07月28日(日)
この意味を考えたことがあるだろうか。 子狐レベルの対話の「いい人悪い人」の話である。
突き詰めると「自分にとって都合のよい人」でしかない。 「いい人の振りをしよう」というのが子狐の名前の語源といってよい。 「その時の自分の都合のよい権力者に擦り寄っていく」のも、もう一つの語源だが。
あの人は本当にいい人だーそう自分にとってとっても都合のいい人だ。 ただそれだけだ。 それが解ってないからお互い傷つけあうことになる。 都合などその都度変わるからである。
ゲゼルシャフトー契約社会とゲマインシャフトー血縁社会の差も 一生理解できないレベルである。 少し知り合うともう何か相手を利用することだけを考える人がいる。 教養のない女ー特に小汚い中年の女に多い。 男も子狐というレベルの男もそうである。
こういう人間にとっての人脈とは利用できる集団か、人との繋がりでしかない。 人脈とは「自分が過去奉仕し続けてきた貸しのある繋がりである」ことが解らない。
少なくともいい人の振りをしないことだ。 ベタベタした人間関係がこういう誤解をつくりあげる。 地方などの非移動社会ー固定社会では、いい人を演じなくてはならないのか? どうであろうか?!
真っ当に生きようとしたら、悪い人を演じなくてはならないのか? いい人とは善悪という道徳的価値観が、それも小さな社会の縛りが入ってくる。 それも気違い部落の?
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