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2002年05月18日(土)
昨日の続編でもある。 書いていて、改めて中学の担任の先生の悩みの深さに気づいた。 それすら理解できない子狐レベルを除けば、それぞれの人が理解できるし、 身につまされる問題である。
それでは「自分の人生」とは何であるか。 やはり親からの自立である。 あるいは、育った環境ー社会からの自立である。 そしてその人独自の生き方が自分の人生でないか。
しかし、それ(自立とか脱皮をしない人生)も自分の人生ではないか? という疑問がでる。しかし自分の趣味とか、与えられた環境をフルに生きれば、 それが自分の人生といえる。
そういう意味で、先生にとって適正でなかったのかもしれない。 80�佑凌佑呂笋呂蠕萓犬稜困澆剖瓩で困澆鮖�っている。 「自分の人生これでよかったのか?」 という疑問を持っている。
サラリーマンも事業家も100�佑郎埜紊郎胆泙垢襪箸いΑ� 勝ち組の人も、最後は後進にその立場を譲らなくてはならない。 後進の人や事業そのものもは、その人を乗りこえるため、 それまでの破壊を始めるからだ。 そしてその時初めて敗者の気持ち立場が見えてくる。
その年齢の景色を正直に先生が話されたのだ。 おそらく先生の過去の行蔵の中に、いっぱい宝が詰まっているはず。 気づかなかったのかもしれない? その年齢に段々近づいてきている。 50歳代後半から60歳に訪れる、最大の人生の危機の典型ではなかろうか そう、初老性鬱病!
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