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2002年04月08日(月)
散歩のときはウオーカーに、旅行の時はツーリストに、 会社に行けば会社の立場に、家に帰れば父親になりきる。 そしてなりきった立場で色々な自分を見てみる。
散歩の時、会社のことを考えたりして景色が見えなかったりする。 海外旅行でのケース。 今まで会社の役員をしていた人が、その役員の状態で来ていた。 奥さんがその人を、社会へのリハビリでこの旅行にきたといっていた。 かたっぱなしに同行者を皮肉っていた。 上から見下ろしている視線を引きずってきていたのである。
考えてみたら、なりきってない方が多いのではないだろか。 学生時代に学生になりきっていなかった自分。 必至で働いていたあの時期、その時はなりきっていた。 実際なりきれないで、失敗を重ねていくのが人生かもしれない。
同級会などで久々に会うと、時間を超え昔の自分にいつの間になっている。 花が「今花やってんねん」と主張していると、考え見ている自分。 その時は見ている人になりきっている?いやなりきってないか? 名優は端役をやっても光ると云うが、名優の名優たる所以はなりきることだ。
ところで自分は今、書き手になりきっているだろうか?
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