黒鷺死体宅配便、考察。 - 2004年05月26日(水) ふと思ったのだが、 京極堂シリーズにおける関口巽と黒鷺死体における谷田有志の立場は、非常に近いものがあるのではないだろうか。 そもそも京極堂シリーズにおける関口巽の立場は、結構重要なもので 京極堂、榎木津、木場など個性の強いキャラクターの中で、関口巽は唯一個性が弱いキャラで、特徴は鬱や猿に似ているなどあまりプラスとは言えないものが多い。 逆に、京極堂などは超的な記憶力や推理力、知識、榎木津においては幻視など、読者の世界には縁遠い存在と言える。 が、ここでこれといって冴えるものがない文士関口巽が存在することによって 読者は、世界の介入を易い行為へと変えることができる。 さて、これを黒鷺死体宅配便に置き換えることはできないだろうか? イタコ、チャネリング、エンバーミング、ハッカー、いづれも読者にとっては、ほとんど縁遠い存在の能力といえる。 勿論谷田のもつ、チャネリングなど論外にも等しい能力なのだが この場合、ストーリーでほとんど彼はこの能力を能力として認められて使用することはないので通常は「一人芝居」となっている。 そして、胡乱さが目立つという点や、あまり役に立たないという点で非常に想像することに関して難易度が低いものとなっている。 つまり、役立たずな印象のある存在、というのが谷田の姿であり 関口巽もまた、同じだ。 これは、周囲に想像の難易度が高く、秀でる能力をもつ存在の中で別の意味で秀でる存在となっている。 言い換えれば、その秀でるという事=普通に限りなく近いという事になる。 つまり普通に近い彼らの存在は、想像するに易く 漫画の世界へ感情などを移入するために存在不可欠なものといえる。 この点の共通するキャラクターが、関口巽と谷田有志だと思ったので 今回は考察を載せてみた。 ちなみに、京極道シリーズ「百器徒然袋 雨」では関口巽は最終話に登場するが、この場合輪にかけて一般人な依頼人視点でいくため、この考察に矛盾が生じることはない。 ...
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