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| 2004年03月04日(木) |
「美しい夏、キリシマ」 (かなりねたばれです) |
「美しい夏、キリシマ」を観る。 終戦真際、空襲で友人を見捨ててしまったというトラウマを持つ少年を主軸にして、戦争というものがその当時、いかに人々の生活に影をおとしていたかをありありとえがいてみせた映画。 思ったより芸術性の高い映画だったとおもう。 戦争の悲惨さと表題にもあるような霧島の自然の美しさを対比させ、 美しさの中の悲惨さ、悲惨さの中の美しさという同時性みたいなものを うまく表現していた気がする。 そういう正と負が同時に存在しているのがこの世の中なんだろうな、と。 石田えりと香川照之が池に入っていくシーンなんかとても良かった。 これも静と動(鏡のような穏やかな水面や静けさと、二人が入水しようとする激しい動き)がうまく対比されていて上手いなぁとおもったし、 香川照之が石田えりを見捨てて逃げていくところなんか妙に納得したり。 ほかにも印象深いシーンがいっぱいあった。家を焼いてしまうシーン(それはすべてを新しくするのだという再生の象徴なのだけど)や、主人公の少年が、戦争の不条理さをただただ従属的に受け入れている人達へ怒りをぶちまけるシーン(結局反対にひどくなぐられて少年の無力さをみせつけられるシーンになっているのだけど)などなど。
思うのだけど、その当時の人々の生活というのはわたしたちは史実や過去の人達の話をもとにただただ想像するしかなくて、実際にその生活を体験するのって不可能なことなんだよね。あたりまえのことなんだけど。 でもこの映画をみて、その当時人々が持っていた苛立ちとかじりじりとした焦燥感とか、諦観、不安、希望、喜び、絶望、みたいなものがすごく身近に感じられたような気がすごくした。 そういう意味ですごく正直にというか公平に(という言い方もへんなのだけど) 作られた映画なんじゃないかな。
でもこの映画はたぶん、そういうものを感じる人と感じない人に分かれるんだろうなあ、と思わなくもない。 実際、映画の感想みたいなものをいくつか読んだのだけれど、監督の感傷のみで作られた映画だとか、表現が露骨で陳腐だとか、かなり好意的じゃない感想が多かったし。 感じられる人間が感覚的に優れた人間で、感じられない人間が愚鈍な人間だなんていうつもりはないし、それはひとそれぞれの感じ方なんだろうなと思う。 逆に、少年のトラウマや石田えりや香川照之が表現していた人間の業とか歪みみたいなものを感じ取れる人間の方が実は悲しい人生を歩んでいるのかもしれない。 それでもそういうのが人間なんだって思う。そういうものを受け入れられない人が負の人間を牽引したりもし作り出しもするんじゃないかな。
と、訳の分からない感想になってしまったけど、とにかく、わたしにとってはかなり見ごたえのある映画だった。今のところ今年みたなかではかなり上位、かな。
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