Opportunity knocks
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2004年02月08日(日) 創作のようなもの

簡単なことでした。
ただつきとばせばよかった。
あっけなかった。
あんなに簡単に人は殺せるものなのか、と思いました。
それくらいあっけなく妻は死んでしまった。
いや殺された。
ほかでもない夫であるわたしに。

なんの不足もない女でした。料理も上手かったし家事も手を抜かなかった。
不平をいうでもなく口答えもしなかった。妻にするにはまったく都合の良い女でした。
でもそれだけだった。

妻のほかに女を作ったのは結婚して5年目のことでした。
妻とはまったく正反対の女だった。
金遣いは荒く、常に不満を口にし、服装はだらしなく、品のない女だった。
なぜそのような女にひかれたのか、よくわかりません。
でもわたしはその女がかわいかった。夢中だった。その女のいうことは可能な限りききました。
会いたいといえば会いに行き、何かがほしいといえば買い与えた。
そのころのわたしにとって女はわたしの生活のすべてでした。

妻の存在が妙に気になりだしたのはそのころです。
妻はわたしがよそで女と会っているのにまったく気がつかない様子でした。
帰宅が遅くなっても何も言わず、平素の態度のままだった。
そのうちわたしは無意識のうちに、妻がわたしの浮気に気付き、なしくずしに結婚生活に終止符が打たれるのを待つようになりました。
子供もなく、何か障害になるものもなさそうだった。妻がわたしに愛想をつかしてくれるのを待つだけでよかったのです。
しかし妻は態度を変えなかった。なぜ帰宅が遅いのか、どこでなにをしていたのか、なぜ背広に香水の匂いがつくのか、問い詰めるようなこともしなかった。
わたしが帰って来るのを待ち、食事をつくり、掃除をし、洗濯をしました。

わたしはいぶかしみました。ほかに男でもいるのだろうか、そう思い密かに妻の様子を観察したり、バックの中身を調べたりしました。
しかし妻が他の男と会っている形跡はまったくみられなかった。わたしはそのうち苛立ちを憶えはじめました。
ほんのささいなことで妻にあたるようになった。つまらないことで妻をなじり罵倒しました。
しかし妻はほんとうに自分に非があるかのようにわたしにあやまった。なぜあたるのか、なぜなじるのか、聞こうとしなかった。ただわたしにあやまりました。

そしてそのうちわたしは怖くなった。なんの反応も示さずただわたしの言うがまま、されるがままになる妻が怖くなった。
わたしに女が出来る前と、妻は変りがありませんでした。変ったのはわたしかもしれません。
変ってしまったわたしは妻のことを厭わしく思った。消えてくれればいいのに、と思いました。
事故か何かで死んでくれればどんなにすっきりすることだろう、そう思うようになりました。
しかし妻は事故にあいそうもなかった。もともと慎重な性格の上に妻は外出することがあまりないのです。病気一つすることがないじょうぶな女でした。

ある日、いつものように妻が台所で食事の用意をしているときでした。
妻は手を滑らせて指の先を少し切ったようだった。妻が手際良く傷口を消毒しばんそうこうを貼るのがみえました。
妻は傷の手当てをしたあとまた普通どおり食事の支度をしていました。
食事のあと、何か飲む物をとりに台所へ入ったとき、わたしは床に血のしみがあることに気づきました。
妻が指を切った時におちた血でした。血は、まるでたったいましたたり落ちたかのように鮮やかな赤色をしていた。何かを問い掛けるようなそんな血の色を、わたしはしばらくの間見つめていました。今でもなぜかそのことは覚えています。
そしてわたしは妻を殺す事を決意しました。今にして思うとその血のしみがきっかけになったのかもしれません。
妻は生身の人間なのだと、生きている限りわたしのそばを離れないのだと、心底怖くなったのです。

そしてわたしは妻を殺しました。海へドライブに誘ったのです。
そして崖の上からつき落としました。簡単なことでした。
わたしはほんの少し手に力を入れて妻の背中を押すだけでよかった。
妻は死にました。

わたしは妻を殺せばもっと自由になれると思いました。楽になれる、と思ったのです。
女ともうまくいくだろうと思いました。
でも違っていた。
わたしは妻が生きているときよりもっと妻のことを考えるようになりました。
起きているあいだ中、常に妻のことが頭をよぎるのです。
妻はいつもわたしを見、穏やかな笑みを浮かべています。わたしのしたことなど関係ないかのようにわたしを見つめるのです。いっそのことうらんでくれたら、なじってくれたら、呪ってくれたら、わたしはきっとらくになれたでしょう。
でもそうはならなかった。

耐えられなくなりました。女とも結局別れてしまいました。

わたしは妻を殺しました。
妻がいなくなればわたしは妻から離れられると思ったのです。
でも違っていた。
わたしはこれから妻を弔いながら罪を償っていくつもりです。
それがわたしのなすべきことだと思うからです。
はなす事は以上です。



よくわかりました…。あのですね。ひとつあなたにお話することがあります。
実は、奥さんは生きていたんですよ。海に落ちた後潮に流されましてね、通りがかった漁船に助けられたのです。
奥さんは意識不明の重体でした。病院に運ばれたあとも意識が戻らず身元も不明でした。2ヶ月ほどその状態が続いたでしょうか。
病院側も対応に困っていたのですが、ある日突然意識を取り戻されましてね、ご自分のことを話されたのです。
奥さんはあなたのことを待っているとおっしゃいましたよ。
罪をつぐなって戻られるのを待つと言われました。
奥さんにすまないという気持ちがあるのなら、はやく刑期を終えて奥さんのもとに帰ってあげてください。
今度こそきっとおふたりはうまくいきますよ。ええ。




男はそう刑事に言われたあと、言葉少なに頷いた。
男が獄中で死んだのはその5日後のことだ。
男は自分の首を自らの手でしめて自殺した。
男はおそらく自分で自分を自由にするために死んだのだろう。
そんなふうにしか自分を解放することができなかったのだ。
男はきっと安らかな気持ちで死んだに違いない。
やっと望む物を手に入れたのだから。



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