Opportunity knocks
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2003年06月09日(月) 大切にしていこう

「萌の朱雀」読了。
とっても良かった。物語としては地味で終始淡々と文章が綴られているのだけど、それが山の生活の雰囲気をストレートに伝えていて、ごく自然に本の中の世界をイメージできた。

読んでいるうちに、自分が育った田舎のことを思い出したので少し書いてみようと思う。

わたしがその田舎に引越したのは小学4年生の夏、ちょうど今ぐらいのときだった。
それまで都会のど真ん中に住んでいたので、田舎の生活の何もかもが珍しくて新鮮だったのを覚えている。
水道の水は流しっぱなし、(なぜかと言うと山の水をそのまま引いているから)
蛍はまばゆいくらい群れをなしてとび、蛙の鳴き声は想像を絶するくらい大きかった。
月のでない夜はほんとうに真っ暗で、空気は混じりけなく澄んでいた。
自分がそれまで育ってきた世界とはまったく違う世界がそこにあった。
小さな子供だったわたしは何を思って当時それを受け入れていたんだろう、とふと思う。でも、その頃の自分の気持ちを思い出そうとしてもあまりよく思い出せない。そのほかのこと、山の風景や様々な生き物、空気のことなどはよく覚えているのだけど。たぶん、受け入れることだけでせいいっぱいだったのだろうと思う。生きていくのだけでせいいっぱいだったんじゃないかと思う。

わたしが転校した学校は全校生徒が9人、という小さな小さな学校だった。しかも女子はわたしだけだった。普通の小学校とはまったく違っていた。どんなところが違うかというと、まず授業の半分は野外なんじゃないかと思うくらい、野外授業が多かった。野外授業といっても、銀杏ひろいにいったり、山菜を取りにいったり、たけのこを掘りにいったり、校庭の草むしりをしたり、水芭蕉を見に行ったり、そんなこと。夏休みなんかも宿題がないかわりに、蓬を摘んだり(摘んだ蓬は薬屋に売る)野菜を育てたりした。
先生は校長先生と教頭先生、普通の先生の3人。校長先生は音楽が専門だったので、ピアノを弾くことを教えてくれた。教頭先生は絵を描くことを教えてくれた。クラスは2クラス。違う学年の子と一緒に授業を受けた。わからないところを教えてあげたり、逆に教えてもらったりした。そんな小学校生活だった。


わたしが転校してきたその年、小学校にプールができた。学校からは少し離れていたけど、村の人たちが力をあわせて作ってくれたプールだった。プールといっても普通のプールではなく、水を川からひきいれ、まわりをコンクリートで囲ったプールだった。横幅が8m、縦が15メートルくらいあったと思う。水は当たり前だけどすごく冷たかった。そして魚なんかも泳いでいた。わたしはそのプールではじめて泳ぐことを覚えた。
今思うとすごく良いプールだったと思う。わたしたちはその夏、すごく幸せな気持ちでそのプールで遊んだ。そのことは今でもよく覚えている。

そのプールは結局ひと夏限りになってしまった。9月にきた台風が運んだ大量の土砂でプール全体が埋まってしまったのだ。川の流れも微妙に変わってしまったので、川の水を引き入れることもできなくなった。わたしたちはもちろんがっかりした。でもあきらめてもいた。こういうものには逆らえないんだなあ、と漠然と思った覚えがある。

山に囲まれた生活はいろんなことを教えてくれたと、今になっておもう。そしていろいろなものをわたしの中に残してくれたと思う。
「萌の朱雀」を読んで、河瀬さんの中にある記憶(あるいは世界)というものが文章を通して伝わってきた。大事に大事に仕舞われている記憶。それを大切にしていこうという気持ち。
わたしも自分の中にある記憶を大切に大切にしていこうとあらためて思っている。忘れないように。自分の糧としていけるように。



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