Opportunity knocks
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2003年04月24日(木) 無題

朝。
いつものように6時少し前に起きて半ば寝ぼけながら朝ごはんをつくる。

うちのコドモ&連れ合いは朝ごはんをかなりきちんと食べる。
コドモなどはご飯粒を食べなければぴくりとも動かない(パン食はだめ)
わたしは低血圧な人間なので朝起きてすぐご飯をかきこむなどという芸当はとてもできないのだけど、コドモ&連れ合いは朝目が覚めて起き上がったその瞬間にモノを食べることができる。かなり驚異的なヒトタチだ。

そんな感じでご飯をかっこんだ後、コドモ&連れ合いはあわただしく学校へ行く準備を始める。あわただしく新聞を読み、あわただしく洗面所で顔を洗い、あわただしくドライヤーをかけ、あわただしく服を着、あわただしくカバンを持ち、あわただしく靴を履き、あわただしくいってきますを言い、あわただしくドアをあけてでかけていく。
まるで台風のようだ。

コドモと連れ合いが出かけた後、ゆっくり新聞を読んでゆっくりご飯をたべゆっくりお茶を飲む。いつもだったらそうゆっくりもしてられないのだけど今日は休みだ。あーこの解放感・・。
一通り家事をやった後、ソファに寝転がって本を読む。

・・・・

はっとして目を開けると、すでに時計は11時をまわってお昼近くになっていた。いつのまにか眠っていた。せっかくの休日だというのに・・。
相変わらず外はどんよりと曇って、小雨がしょぼしょぼと降っている。

できることならずっと家にこもっていたい気分だったのだけど、どうしても今日中にすませなきゃいけない用事があって、仕方なく出かける。

用事をすませ、夕ご飯の材料を買ってまたうちに戻る。
外は相変わらず暗くて、空気中にただよう水分がじっとりと重い。



夕方のニュースをみていたら、オウム真理教の元教団代表である松本智津夫の裁判の論告求刑の様子が流れていた。どうやら死刑を求刑されたらしい。当たり前といえば当たり前の結果だと思ったけれど、当たり前の結果をだすのに7年という時間が必要だったということにあらためて驚く。
関わっている事件の多さや、事件の性質などを考えると当然のことなのかもしれない。事件ひとつひとつを解明していくことを考えれば、膨大な時間がかかるのは仕方ないことなのだろう。松本智津夫が関わった犯罪はそれだけの重さを持っている。
7年かけて一審の求刑、そして一審の判決が来春、そしてさらに高等裁、最高裁・・・。まだまだ長くこの裁判は続いていく。
でも、もしわたしの家族が事件の被害者だったとしたら、わたしはそんなにも長く待つことができるだろうか。きちんとした結果が得られないまま、苦しみだけをひきずって時間の経過を待つことに耐えられるだろうか。
外のどんよりした空と同じように、心が暗くなる。

どれだけ時間がかかったとしても、犯罪の動機や事件の内容が明らかになればそれなりの意味があるだろう。でも松本智津夫は5年以上黙秘を続けているし、なぜ被害者は殺されなければならなかったのかといった、最も重要なことはほとんど解明されていない。

生まれたときはみんな赤ん坊で、真っ白だ。でも育つにしたがっていろんな人間になっていく。松本智津夫も最初は真っ白な人間であったはずなのに、今は犯罪者だ。どこかで何かか彼を止めるべきだったのに、誰も彼を止めようとしなかった。

何が松本智津夫をここまでの犯罪に関わらせたのか、何が彼をここまで暴走させたのか、長い長い時間の中で、少しでも解明されることを願わずにはいられない。殺されてしまった声なき人のためにも。

そんな感じでニュースを見ながらずっと考え事をしていた。
帰ってきたコドモに、「母さんなんだか怖い顔してるよ」と言われてしまう。

夕食を作り、帰ってきた連れ合いと一緒に食べる。
オウム事件のことが頭にあったせいか、いつもと同じように食事しているのになんだかそれがとても特別なように感じられた。
いつ、その当たり前の風景がこなごなに壊されてしまうか、誰にもわからない。
私たちはそういう世界で生きているんだと、漠然と感じた。




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