TOI,TOI,TOI!


2002年12月25日(水) マライケファミリーとのクリスマス

メリークリスマス!

イブイブ&イブは、マライケファミリーと過ごしました。
幸せな時間を過ごした。良い思い出ができた。

23日の昼、マライケがうちにやってきた。
ふたりでCDを聞いたり、しゃべったり、インターネットをしたりしてだらだら数時間過ごしたあと、
「今から、うちに来ない?」
とマライケ。

伸「え〜?でもクリスマスは家族と過ごすものじゃないの?」
マ「ぜんっぜん、かんけーないから。来る?来る?今、ママに電話して聞いてみる」「え〜?まじ?」
さっさと電話するマライケ。――今日のご飯は何?ノブコも連れて帰るから。


というわけで二日分のお泊りの用意をして、クロンベルクのマライケ宅へ。


ジュゼッペの誕生パーティの日にケーキを作るためにおじゃましたので、2回目の訪問。          
アイルランドに住んでいるお兄さんが帰ってきていて、初対面。
ちなみにもうひとりのお兄さんはモスクワ在住。ちょっと前から帰国していたそうだが、この日、再びモスクワへ。
マライケは、この日、空港までお兄さんを送り、両親へのプレゼントを買うという用事があってフランクフルトに来たので、そのあとうちに来たというわけです。


マライケ一家は、音楽一家。

お父さんは、合唱団の指導、指揮をしたり、ピアノやオルガンを弾いたりいろいろできる、プロの音楽家。クリスマスも、教会でお仕事。

お母さんはフランクフルト音大出身。バイオリン。ビオラも弾ける。先生もしている。

お兄さんはオーボエが吹ける。もう今は音楽ではなくほかの勉強をしているそうだけど、オーボエ、結構うまいんですけど。

家族の晩餐。ちょっとまだ緊張気味。
人見知り&ドイツ語浴びにより、かなり萎縮気味。
やはり日本のことを聞かれます。いつものことです。

パパ「日本の音楽をちょっと聞いたことがある。抑揚がなくて、不思議なものだった。日本では、多くの人がやっているのか?」
伸「いいえ!」
パ「半分ぐらいはやっているのか?」
伸「いいえ!もっともっと少ないです。・・・私も、6歳のときからクラシック音楽を弾いています」
パ「ってことは、6歳までは日本の音楽をやっていたという意味?」
伸「いいえ・・・いいえ・・・。(なんと言ったら分かってもらえるのか、頭フル回転中)」

パ「ああ!わかった。
クラシック音楽が、長い時を経て、各地に広まり、発展してきたのに対して、アフリカの音楽などは、大昔からほとんど変わることなく、むしろそれを守り続けて今に至っている。日本の音楽もそうだってこと?」
伸「はい!!(なるほど!)」

一呼吸置いて・・・・。覚悟を決めて、Go!

伸「抑揚があんまりないのは、日本の言語の特徴と共通しています。それに比べてドイツの言語にはどの単語にも必ず強調があり、文章にはリズム感があります。

私は、ドイツ系の作曲家の曲が弾くのが好きです。日本にいたときから好きだった。
これを、楽譜に書かれたとおりに間違いなくアジア人が弾いても、ドイツ人が弾くのと、何かが違う。ということに私は気付きました。
でも私は、勉強したいのです。だからここに来たのです。その国で生活しながら勉強し、ドイツ人から直接習いたかったからです」

ふぅ・・・。


そのあと、パパ氏は、非常に為になる、音楽発祥から発展の歴史の話をしてくれました。すごく長く説明してくれたのですが、かなり大雑把に書きますので、パパごめんなさい。しかも間違ってる可能性もあり・・・かも。


『始めに歌があった。
言葉を乗せて、旋律が生まれた。
始め、歌は単旋律の「響き」のようなものだった。

そののち、複数の声部に分かれていった。
そして、ソプラノ、メゾ、アルト、テノール、バス、という五声部になった。
のちに、誰かの「代わり」として、楽器が入って弾くようになった。
そして、歌1声に対して、楽器4声で伴奏するようになった。
その1声をも、楽器が代わりにやったのが、「ソロバイオリン」として発展し、のちには、ほかの楽器にも可能性が広がっていき・・・。

楽器は、もとは、フォローする役目だった。楽器のもとの役目は「2番目」だ。

つまり、言葉を理解してないと、音楽を演奏できませんよ。
これは、きみたち外国人にとって、すごく大事なことだと思う。というのが私が言いたかったことだ。』


マライケがいろんな語学に詳しいのも、うなずけた。おもいっきりうなずけた。


――翌朝(24日)――

パパ氏「今日、夜のミサで、ノブコも一緒に弾く気があるか」

伸「マライケは?弾くの?」
マ「ノブコが弾く気があるのかと聞いてるの。」

クリスマスにお客さんとして遊びに来て、キリスト教徒でもないのに時間を割く気があるかってことを聞きたいらしい。

伸「ある。でも(ミサってどういうものか)私には分からないから、できるのかどうか私には分からない。でも、マライケが弾くなら弾くよ。」
マ「OK。ほとんどが合唱の伴奏。問題ないよん。」

そのあと、部屋で個人練習。ふつ〜の自分の練習。クリスマスでも関係ありません。朝起きたときの私へのパパ氏の挨拶、「ノブコ、もう練習したのか?」だもん。

さくっと1時間さらったあと、さらにパパ氏、
「バッハでも1曲弾かないか。もちろんその気があればだけど、どうだ。Edurのプレリュードとかどうだ。ミサの一番最後に、我々だけの合奏を1曲やるから、そのあと、キミの♪ミレミッシッてのはどうだ。」

伸「いや〜。わっかりませーん。ちょっと今練習してみます・・・」
パ「いけそうだったらでいいよ。どっちでもいい。決める必要なし」


と、いうわけで、飛び入りです。いきなり。すでに弾く気でした。
断りたくなかったのは、勇気?負けん気?それともプライド?
12歳のコンクールで弾き、入試前にフォーヒャルトに初めてレッスンを受けた曲だし、入試だから弾きこんだし(っつっても1年半も前だという事を忘れている)、それでもなお飽きずに大好きな曲に、どんぴしゃりでリクエストが来たからかな。

午後、その日はちょっと太陽が出てたので、マライケが散歩につれてってくれた。昨日降った雨のせいで、靴はどろどろ。この靴で教会で弾いていいんですか?自問。
大自然。クロンベルク。裏はすぐ山。
春になったらもう一回ここを散歩したいね。夏も、秋も散歩したいね。

マライケとは本当に、ちょっと前までは顔見知り程度だった。そういう話をマライケはいっぱいする。顔見知り程度のとき、あの時あんな会話した、とか、よく覚えてるから、参る。私はすぐ忘れる人。言われて初めて思い出す。

私は、今までにマライケに自分の話を、全部した。
・・・いや、ほとんどした。
小さいときの話、学生時代の話、台湾の話、なんでドイツに来たのか、入試のときに何があったのか、バルトークカルテットのこと、夏の講習会の思い出、パルナスのこと・・・

しかしこの6月に私が25年目にして知った事実については、まだ話してなかった。先生には話したのだけど、そのときも泣いてしまいそうになったので、やっぱりあんまり頻繁にこの話を気軽には話せなくなった。人に話そうとして順に思い出すと、あのときの悲しい気持ちがぶり返す。でもマライケには話さなくちゃ。とずっと思っていた。

散歩しながら、ゆっくり話した。辞書なしで全てを語ることは難しかったが、多分私の気持ちは通じている、と信じてる。

先生を含め、ほかのドイツ人と反応が同じなのが、
”奇形で生まれた”という事実にはさほど驚かず、
「今まで気付かなかったよ。でも今は何も問題ないんでしょ?(生活するのに)」これで終わり。

それより、25年間知らないままだったということにものすごーく驚いて、めちゃ突っ込まれる。みんな同じ反応。
「それはノブコ自身のことでしょう?なのに、なぜ知らないまま?」

これは、どうやら理解できないらしいです。
ドイツは「言う」社会で、日本は「言わない」社会。その点では正反対だからです。(雑な言い方ですみません)
私は理解できます。当時の両親が何を考えていたか想像できます。
私も日本人社会で生きてきたのだから、知っています。

でも私がそういう子を持ったら、自分の両親と同じようにはしない。それだけのこと。と言うと、彼らは強く同意してくれます。

それでも突っ込まれたら、
これは日本社会の悪い部分からきている日本人の典型的な性格かもしれない。
と言うしかありません。


散歩を終え、帰宅すると、お兄さんが手作りお菓子(クッキーみたいなもの)をせっせと作っていました。
私達も手伝い。お兄さんの妹使いの荒さがほほえましかった。
なんだかんだいってお互いにうれしそう。こうやって小さいときから一緒に育ってきたんだろうなあ、と思った。

「マライケ。計れ。50」
「マライケ。コンロをつける。(強さは)2」
「マライケ。あったまったか?」
「まだ全然」
「2だ。真ん中」
「真中は5だよん」
「じゃあ5だ。早く言え」
「マライケ。混ぜる。焦がすな」
「マライケ。(クッキーを)並べろ」
「マライケ。黒くなってる。混ぜてろって言っただろ〜俺は〜。」
私のほうを見てチッコイ声で
ごめぇんなさぁ〜い
ぼーっとしてる私にも、仕事が周ってくる。
「オーブンつけて。180」
「これ3杯入れて、これ混ぜて」

ふたりは、練習室へ逃げ出す。「練習禁止。いくなよ。ここにいろ」
と言ってたけど、笑ってたのでオッケイ。無視。

さて、少しふたりでまったり話をした後、バッハを聞いてもらい、
助言をもらう。
「この部分、もっともっと雰囲気を変えて!」
・・・1年半前にフォーヒャルトに同じ場所で同じこと言われたの思い出した。
サスガ!

そのあと、クリスマスディナー。
昨日、お兄さんが山から持ってきた(!)クリスマスツリーに、両親が飾り付けをし(マライケはそういうの興味ない人)、ツリーに立てたろうそく10本以上&部屋のあちこちのろうそく全部に、無表情で淡々と点火していくマライケ。

・・・きれーい!!

窓の外には、パパ氏が飾り付けた電飾が。これもこの家らしく、ごてごてしないシンプルなもの。私の趣味にもぴったりです。

パパ氏は、夕方にもすでに1回教会でのお仕事があって、帰ってきてた。
なんだか人が集まりすぎて、半分ぐらい帰ったという話で、一同、とても驚いている。私は、まずは、「?」

これは、普段は来ない人が実はこんなにいるのかよ!っていう話らしいです。

60人ぐらいしか入らない教会に、倍(ということは120人ぐらい)来たらしい。
最近、教会に行く人が減ってしまったという話は、前にも誰かから聞いたことがあります。キリスト教の人は、本当はすごくたくさんいるのに、です。
それは牧師さんの話がつまらなくなったからだ、という説もあります。っていうか、マライケ説。
最近の若者世代は、信仰を持たない人もふえているとか。これはバーバラ談。バーバラの父上は牧師になりたくて勉強をしていたけど、バーバラ母と結婚するために牧師になるのをあきらめ(宗派が違った?)今は宗教学の教授だそうだ。


長くなりすぎたので、分けて書きます。


  
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