仕事帰り、バスまで15分ほどあったので歩いて帰ることにした。 まあ、はやく帰ってきたこともありバスに乗りたくなかったのと、昼休みに運動できなかった代わり。 家までの距離は約5キロ。歩いて帰るにはちょっと長いが、ぶらぶら歩けば1時間の距離である。暇つぶしには適当な距離である。
薄闇の幕が下りてきたので見通しは悪い。 旧道を歩いているので店の明かりはまばらで、外灯も頼りない。 ライトをつけた車が走る中、それよりはやく駆け抜ける無灯火の自転車に軽い恐怖を覚える。 「あのスピードで後から追突されれば、少なくとも重症だな」 可能性は高い。今日は黒っぽい服を着ているのだ。 こんな所をこんな時間に歩いている予定ではなかったので、こんな格好をしている。 こんな、こんな、こんな・・・後からとってつけたような言い訳だ。考える必要なく、ここにいるのは事実なのだ。どうあがいても黒っぽい服であることには変わりない。 「表通りに出ますか」 誰に了承を求める必要はないが、意志を言葉にするのが自然な気がした。 次の角を右に曲がろうと決めて歩き出した。
あと50メートルも歩けば右への曲がり道がある所でおもしろいものを見つけた。 向かってくる車のライトに照らされ、シルエットしかわからなかったが、独特の歩き方で見当がついた。 キジだ。 鳥のキジが道路を横切っている。 テケテケテケ〜っと小走りする姿にかわいさを感じる。 近くに山もあるのでいてもおかしくない。 見とれていると鳥は足早に駐車場へ入っていった。
その駐車場は三方を民家に囲まれ入り口のみが開いている更地だった。 道路の反対側のみ庭に面しているので開けた感じはするが、低いなりにも壁があった。 キジはその中にいるようだ。ガサゴソと音がするのが証拠だ。車の陰に隠れている。 不意に思い出す。
「鳥だからといって飛ぶことがうまいとは限らない。 山鳥(キジの一種)とか、コンドルとか、身体の重い鳥は急上昇することができなくて長い時間はばたけない。 追いまわしてやるとしだいに疲れて飛びたてなくなるから素手でも捕まえられる」
三方を囲まれたこの場所は、うまく追い込めば捕まえられるかもしれない。 荷物を置いて追い詰めてみることにする。
近づく。 下地の砂利が音をたてる。 それに呼応して影が走る。 「とって喰う気はないぞ。安心しろ」 話し掛けてみるが、よけいに逃げる。当たり前か。 「こんなとこでウロウロしてたら危ないぞ〜」 反復横とびの様に移動する。ある意味、私自身が危ない。 「捕まえたら山に放してあげるからさ」 遊びでやったバスケのように腰を落として間合いを詰める。 そして、端まで追い詰めた。 道路よりから近づいているので逃げれば角に行く。 必死(将棋で次に詰む状態)だ。 じりじりと詰め寄る。 ものの3分とかかっていない。 もらった。 「・・・キジナベ」 つい、本音・・・もとい、いらぬ一言を発した時、こちらに向かってはばたいてきた。 意外な行動にひるんでしまってしりもちをついた。 その上を飛ぶキジ。 こんな近くで鳥が飛ぶ姿を見られるのは不思議だ。 はばたく風を顔で感じる。 そして、キジは・・・民家にぶつかった。 やはり飛ぶのは下手だった。 すさまじい音が響く。 しかし、根性を見せる。 すぐ近くの窓枠にしがみつく。翼でバランスをとりながら、何とか踏みとどまる。
逃げられた。 さすがに見ず知らずの家の2階にいる鳥と追いかけるほど執着はしていない。 仮に追っても地上と違うそこでは勝てない。 下手であろうと飛べる鳥、間違っても飛べない人間では空中戦などできない。 悔しくて眺めていた。 薄暗いから完全に暗くなるまで。
キジは私をあざ笑うかのようにそこから動かない。 優越感に浸っているのか? 多分違う。 動けないのだ。 人の目でもぼんやりとしか見えない闇。 街頭や家の明かりがあるから影で存在を確認できているが、空を飛んだら何も見えないのではないか? 私はキジに負けたのだが、キジは何に負けたのだろうか? マヌケにしがみついているキジを見つつ、考えてしまった。
それにしても、家人が帰ってきて窓を開ける。しがみついているキジ。 互いにどんな反応を示すのだろうか。 見てみたいような見てみたくないような。
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