原案帳#20(since 1973-) by会津里花
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2008年04月21日(月) 踊らされたくない2

つづき。

▼マスコミが軽信されるとハイパー独裁に

 3月14日にチベットの中心都市ラサで始まった暴動では、チベット族が漢族の商店を焼き討ちして店内にいた住民が焼死したり、チベット族がよってたかって通りすがりの漢族を殴ったりした。これらの光景は、中央テレビなど中国のマスコミで繰り返し報じられ、中国人(漢族)の多くは「チベット族は、勤勉な漢族をねたんで暴動を起こした」と考え、中国当局がチベット人を弾圧することに賛成している。

 これは911テロ事件後、アメリカ人の多くが「アラブのイスラム教徒は、自由と民主主義を成功させて発展するアメリカをねたんでテロを起こしたんだ」と考え、ブッシュ政権がアフガン侵攻やイラク侵攻を実行することに賛成したのと同じ構図だ。

 中国のマスコミが「チベット族がラサの漢族を殴り、焼き殺した」と繰り返し報道したのは世論を誘導するためであるが、同様にアメリカ(欧米)のマスコミは911後、アルカイダやサダム・フセインがいかに悪者かを誇張して報道し、誇張や歪曲は今も続いている。日本のマスコミは、アメリカの報道を鵜呑みにして翻訳している。

 中国人の多くは、自国のマスコミがプロパガンダだと思いつつも影響されているが、欧米人や日本人の多くは、自国のマスコミが真実を報じていると勘違いしており、事態は欧米日の方が深刻だ(ブッシュ政権のおかげで、最近は報道に疑念を持つ人がやや増えたが)。

 国民にうまいことプロパガンダを信じさせた上で行われている民主主義体制は、独裁体制より効率の良い「ハイパー独裁体制」(ハイパーは「高次元」の意)である。独裁国の国民は、いやいやながら政府に従っているが、ハイパー独裁国の国民は、自発的に政府に協力する。その結果「世界民主化」の結果であるアメリカのイラク占領に象徴されるように、独裁より悪い結果を生む。

▼民主化や人権、環境問題で後進国を蹴落とす

 チベットでの騒動に対し、欧米のマスコミや政治家が中国を非難するので、中国では、欧米に対する敵意や嫌悪感を表明する人が増えている。
http://www.iht.com/articles/2008/04/08/opinion/edbowring.phphttp://www.iht.com/articles/2008/04/08/opinion/edbowring.php

 中国人の多くは、歴史観として、1840年のアヘン戦争でイギリスなど欧州列強が中国(清朝)を打ち負かして以来、欧米や日本は、中国の弱みにつけ込んで侵略や国家分断を挙行し、チベットやモンゴルや台湾の分離独立を煽り、民主主義や人権を口実に中国を非難し、中国の安定や成長を阻害して、中国が大国になることを防ぐ策略をやり続けてきたと考えている。
http://www.nationalpost.com/news/story.html?id=447955http://www.nationalpost.com/news/story.html?id=447955

 欧米や日本の人々は、中国人が共産党政権下の歴史教育で洗脳されていると思っている。だが、実際のところ、先に強い先進国になった欧米が、後進の中国やイスラム諸国などに対し、民主主義や人権、環境などの問題で非難を行い、あわよくば経済制裁や政権転覆をして、後進国の安定や経済成長を阻害し、大国化を防ぎ、欧米中心の世界体制を守ってきたのは事実である。日本も戦前は、欧米に対抗して大国になる努力を行った挙げ句、第二次大戦を仕掛けられて潰された(だから日本政府は欧米の謀略の怖さを肝に銘じ、戦後は対米従属から一歩も出たくない)。

 先に強くなった国が、後から強くなろうとする国に対し、いろいろ理屈をつけて蹴落とそうとするのは、弱肉強食の国際政治としては、自然な行為である。先に強くなった国は、国内政治手法も先に洗練でき、露骨な独裁制を早く卒業し、巧妙なハイパー独裁制へとバージョンアップできる。その後は、露骨な独裁制しかできない後進国を「人権侵害」の名目で経済制裁し、後進国の追随を阻止できる。最近では「地球温暖化」を理由とした経済活動の制限という、後進国妨害戦略の新たな手法も編み出されている。

 このような国際政治の裏側を考えると、欧米がチベットでの人権侵害に関して中国政府を非難することに対し、中国人が「また欧米が攻撃を仕掛けてきた」と敵意を持つのは当然だ。
http://www.iht.com/articles/2008/04/15/opinion/edwu.phphttp://www.iht.com/articles/2008/04/15/opinion/edwu.php

▼もはや中国を制裁できない欧米

 中国では1989年の天安門事件で欧米に経済制裁された教訓から、指導者だったトウ小平は「欧米に挑発されても反撃せず、頭を低くして耐えろ。欧米の謀略に引っかけられずにうまく経済成長を遂げ、欧米をしのぐ世界的大国になってから、反撃を考えればよい」という方針(24字箴言)を国是とした。これ以来、中国政府は、マスコミ報道などのプロパガンダ政策を通じて、自国民が欧米敵視の感情を募らせないように努めてきた。
http://news.epochtimes.com/b5/7/5/26/n1722891.htmhttp://news.epochtimes.com/b5/7/5/26/n1722891.htm

 しかし20年近くたった今、中国は世界の中で、特に経済面において、急速に強い国になっている。EUの通商担当代表であるピーター・マンデルソン(イギリス人)は4月15日、チベット問題で中国が欧米と対立するのは非常にまずいと述べた。英米などで住宅バブルが崩壊して景気が急速に悪化し、先進国で消費増が見込めない中で、欧米や日本の国際的企業は、依然として10%以上の高度経済成長を維持する中国市場への依存を強めている。
http://www.forbes.com/markets/feeds/afx/2008/04/15/afx4890351.htmlhttp://www.forbes.com/markets/feeds/afx/2008/04/15/afx4890351.html

 アメリカの電機・金融大手のGE(ゼネラル・エレクトリック)は先日、大幅減益を発表した直後、業績を挽回するため、中国市場への大規模な進出を行っていくと発表した。中国の株価はこのところ下落しており、GEは、安値感が出た中国企業の株式を買収し、中国の重電やインフラ整備事業の分野に参入するという。
http://www.ft.com/cms/s/0/d3c94a62-0b12-11dd-8ccf-0000779fd2ac.htmlhttp://www.ft.com/cms/s/0/d3c94a62-0b12-11dd-8ccf-0000779fd2ac.html

 不況に突入したアメリカでは、株価の下落を防ごうと、米政府が中国政府と話し合い、中国の個人投資家がアメリカの株を買える新たな制度を最近導入した。
http://www.atimes.com/atimes/China_Business/JD10Cb01.htmlhttp://www.atimes.com/atimes/China_Business/JD10Cb01.html

 すでに欧米や日本の経済にとって、中国は必要不可欠な存在になっている。もはや欧米日は、中国を経済制裁できる状況にない。中国を経済制裁すれば、欧米日の企業業績は悪化し、株価は下がり、失業が増えて国民生活も悪くなる。

▼中国を怒らせて非米化する

 政治的には、チベット問題によって中国と欧米の関係が悪化することは、中国をロシアやイランなどの「非米同盟」の側に近づける。従来の中国は、欧米中心の世界体制の維持に協力し、日本のように、アジア勢ながら欧米中心の世界体制の中で主要国の一つとしてみなされることを目標にしてきた。

 しかし、世界ではこの数年間で、過激戦略の(意図的な)失敗の結果としてのアメリカの影響力低下、欧米中心体制の弱体化と、ロシアや産油国など非米同盟の台頭が重なって、覇権の多極化が進行中だ。中国にとって欧米は、以前のような怖い存在ではなくなりつつある。

 そんな中で起きているチベット騒乱と五輪妨害を機に、中国は、トウ小平の24字箴言の国是を静かに捨てていく可能性がある。敵意を持って接してくる欧米に対し、以前のような忍耐で臨むのではなく、むしろ欧米中心の世界体制を潰したいロシアやイランなどに協力する傾向を少しずつ強めることが考えられる。すでにロシアなど上海協力機構の参加国は「中国がチベット騒乱に厳しい姿勢を採るのは当然なので支持する」と表明している。
http://news.xinhuanet.com/english/2008-03/18/content_7810160.htmhttp://news.xinhuanet.com/english/2008-03/18/content_7810160.htm

 私は以前から、ブッシュ政権は「隠れ多極主義」だと見てきた。チベットの騒乱が、アメリカの諜報機関に扇動されたものだとしたら、そこにはブッシュ政権も関与していると考えられるが、その目的は、欧米と対決したがらない中国を、欧米との対決を辞さない姿勢に転換させ、中露を結束させて、世界を多極化することなのかもしれない。

 米英諜報機関がチベット人の運動を支援してきたのは、もともと親英的な「英米中心主義」「中国包囲網」「冷戦体制維持」の戦略のためだったが、ブッシュ政権は、英米中心主義者のふりをして諜報のメカニズムを乗っ取り、それを米英中心体制を潰して世界を多極化するために使っている。米英イスラエル間はここ数年、スパイ大作戦的な諜報の暗闘の中にある。

 上海では4月16日、イラン核問題の国際交渉が初めて中国で開催された。中国政府は、重要な合意が達成されたと発表した。合意の内容はまだ発表されていないものの、中国政府は、これまで欧米が脅しによって成功できなかったイランの核廃棄を、非米同盟的な協調外交によって成功させることができるかもしれない。そのことと、チベット騒動の五輪問題で中国が欧米を見限るかもしれないという動きとが、同時に起きている。これは、世界の多極化という観点から見ると、非常に興味深い。
http://news.xinhuanet.com/english/2008-04/16/content_7991599.htmhttp://news.xinhuanet.com/english/2008-04/16/content_7991599.htm


この記事はウェブサイトにも載せました。
http://tanakanews.com/080417tibet.htmhttp://tanakanews.com/080417tibet.htm


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