原案帳#20(since 1973-) by会津里花
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2008年04月20日(日) チベット問題について……踊らされたくない(田中宇)1

田中宇の国際ニュース解説http://tanakanews.com/ より。
(以下転載)

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★北京五輪チベット騒動の深層
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 3月25日にギリシャで点火された北京オリンピックの聖火が、欧州から北米、アジアへと、世界各地でイベントを開催しながら中国に近づいているが、聖火が行く先々で、チベットの独立や自治拡大を求める国際市民運動の参加者らが、チベットの旗を振りながら中国を糾弾する叫び声を挙げ、欧米を中心とした世界のマスコミが、これを大々的に報じている。

 運動団体の戦術は、なかなか巧妙だ。たとえば抗議行動に参加する活動家たちは、あらかじめ衣服や顔に赤いインクをかけてから、聖火リレーに接近し、チベットの旗を振り、叫び出す。警官隊の制止を受けて活動家たちが引き倒され、近くにいるテレビ局のカメラがそれを大写しにする。活動家たちの顔や衣服は血だらけだ・・・と見る人はどきりとするが、実はあらかじめ活動家自身が体にかけておいた赤いインクである。活動家は、テレビを見る人に、中国政府がチベット人を弾圧して血だらけにしているような印象を与えることができる。

 似たような印象の同種の市民運動は近年、戦術の巧妙さに磨きをかけつつ、各方面で起きている。反グローバリゼーションの運動、環境保護運動、反捕鯨運動、ウクライナやグルジアなどでの反ロシア的な民主化運動などが、やり方や、米英マスコミとの結託の強さの点で、類似性が感じられる。ウクライナとグルジアの反ロシア民主化運動では、米当局が裏で運動の技能を伝授していたことがわかっている。チベットの反中国運動も、冷戦の一部に組み込まれ、歴史的に米英当局の影響下にあった。
http://tanakanews.com/e1130ukraine.htmhttp://tanakanews.com/e1130ukraine.htm

 今年8月に北京オリンピックが閉幕するまで、反中国的な国際的示威行動が続き、大々的な報道も続くと予測される。中国の辺境地域では、チベット人の運動に触発され、チベットと並んで独立心が強い新疆ウイグル自治区の町ホータン(和田)でも、3月23日にウイグル人(イスラム教徒)による「東トルキスタン独立」の要求運動が行われた。黒いブルカ(顔を含む全身をおおう女性用ベール)をかぶった数百人が、独立要求のプラカードを掲げ、中心街の市場の周辺をデモした。
http://www.mcclatchydc.com/world/story/33659.htmlhttp://www.mcclatchydc.com/world/story/33659.html

 欧米日の先進国では、すでに中国のイメージはかなり悪化した。中国共産党は結党以来、プロパガンダやイメージ戦略を磨く努力を続けているが、その分野では米英の方がうまい。中国政府は音を上げ、欧米のイメージ宣伝会社(広告代理店)に頼ることを模索していると報じられた。
http://www.ft.com/cms/s/0/78ca2216-01d1-11dd-a323-000077b07658.htmlhttp://www.ft.com/cms/s/0/78ca2216-01d1-11dd-a323-000077b07658.html

(欧米の国際的なイメージ宣伝会社の多くは米英諜報機関系なので、中国政府が頼んだら、逆にイメージを下落させる戦略を展開しかねない。中国政府は、飛んで火に入る夏の虫だ。報道は事実でないかもしれない)

 欧米各国の政府は、急拡大する中国との経済関係を重視し、北京五輪に対する正面切ったボイコットは避けている。しかし象徴的な抗議行動として、五輪開会式への首脳の参加を取り止める傾向をしだいに強め、フランスのサルコジ大統領が欠席すると言い出し、イギリスのブラウン首相は開会式に出ない代わりに閉会式に出ることにした。米国債を中国に買い続けてもらう必要があるアメリカのブッシュ大統領は、今のところ開会式への参加意志を変えていないが、米民主党はブッシュに欠席を求めている。
http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2008/04/09/2003408819http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2008/04/09/2003408819

▼多様性が荒々しく残る中国

 歴史的伝統として、中国西方のチベット人やウイグル人はインドや中央アジアの文明からの影響を受けている。中国東方の漢民族とは文明的な資質が異なる。チベット、ウイグル、モンゴルなど、中国の辺境地域の諸民族の中には「いつか中国から独立してやる」と考えている人がけっこういる。日本人旅行者に「中国から独立したら、日本は支援してくれるか」「日本を含む中国の周辺民族が団結し、中国(漢民族)の横暴に対抗しよう」などと言う人もいる。
私自身、何度か中国を旅行し、その手の発言を聞いた。北朝鮮に接する延辺自治州の朝鮮族の中には、韓国・北朝鮮・延辺を統合する大朝鮮の建国を語る人もいた。

 しかし同時に中国人は、国民の9割を占める漢族(漢民族)の間でも、他の地域の人々のことをぼろくそに言う人がかなりいる。上海出身と北京出身は互いにライバル視するし、北方と南方でも資質が大きく異なり、互いの嫌悪感がある。この延長に、歴史的に優勢(傲慢)な多数派の漢族と、劣勢で搾取される辺境の少数民族の間の敵対感情がある。

 日本にも、関西人と関東人の対抗心などがあるが、地域対抗心は、日本より中国の方がはるかに強い。私の感覚としては、中国の地域ごとの対抗心は、EU各国人の間の対抗心の強さに近い。日本では、地域の多様性がかなり弱いが、中国では多様性が生々しく、荒々しく残っている。

 日本人は江戸幕府250年、明治維新後150年の計400年間の中央集権の政治体制を経験し、国内各地の人々の特性・発想の均一化が非常に進んでいる。日本人の中で、多数派の日本民族とは異なる民族性が残るのは、明治維新まで「日中両属」の琉球王国として半分別の国だった沖縄だけだ。北海道のアイヌ民族に対する同化は、高度経済成長期までにかなり進み、今ではアイヌの民族性は、観光と市民運動によって何とか保持されているだけだ。チベットのダライラマは「中国はチベットで文化的虐殺をやっている」と述べたが、日本では少数民族に対する同化(文化的虐殺)はすでにほぼ完了し、昔そのようなことがあったことも知らない日本人がほとんどだ。

 中国では、辺境の少数諸民族は、文化的な資質が多数派の漢族と異なっていても、経済面では、中央の漢族地域に依存する傾向が強い。特に、漢族地域の沿岸部を中心に高度経済成長が続くこの20年間は、沿岸部の経済成長をおこぼれをもらう形で、辺境が発展してきた。中国政府は、経済成長で豊かになった国家財政の中から重点的に辺境地域への開発費を出し、内地からチベットへの鉄道など、辺境地域の経済インフラ整備を行い、辺境の人々の生活水準を向上させることで、辺境の諸民族の不満を緩和させてきた。チベット族など辺境の諸民族は、漢族への反感はありつつも、中国政府に懐柔される傾向だった。

▼ダライラマは北京五輪を支持

 チベット族の社会では、宗教指導者であるダライラマが非常に強い権威を持っている。ダライラマは、北京オリンピックに賛同を表明し、インドに拠点を置く亡命チベット政府は、国際聖火リレーに対する抗議行動をやめるよう、活動家たちに求める声明を出している。
http://www.nytimes.com/2008/04/11/world/asia/11dalai.htmlhttp://www.nytimes.com/2008/04/11/world/asia/11dalai.html

 ダライラマはここ数年、中国との敵対を避ける傾向を強め、以前はチベットの独立を訴えていたが、最近では「チベットは中国からの経済支援が必要だ」と述べ、独立ではなく本質的な自治の実現を目標にしていた。ダライラマは、2001年までは2年に一度ずつ、同じく中国からの独立傾向を持つ台湾を訪問していたが、中国政府を刺激したくないと考えて、その後は訪問しなくなった。最近では「台湾を重視しているが、もう台湾を訪問することはない」「台湾は中国と統合した方が良いだろう」と表明した。
http://wiredispatch.com/news/?id=94698http://wiredispatch.com/news/?id=94698

「チベットには、中国からの経済支援が必要だ」と言っているダライラマが、今回のチベット騒乱を計画するはずがない。ダライラマは騒乱を抑制しようと努力している。亡命チベット人の国際的な運動組織の中には、ダライラマの意に逆らって、チベット独立を目指して中国と徹底的に戦うべきだと考えている人々がおり、彼らが運動を組織したのだろう。しかし彼らにはダライラマのような権威はなく、したがって動員力も低い。
http://www.mcclatchydc.com/world/story/31699.htmlhttp://www.mcclatchydc.com/world/story/31699.html
http://news.xinhuanet.com/english/2008-04/16/content_7984784.htmhttp://news.xinhuanet.com/english/2008-04/16/content_7984784.htm

 そう考えると、やはり今回の騒乱は、もともと反中国的なチベット人の国際組織作りを手伝ってきた「人権外交」を推進しようとする米英の諜報機関が、組織内の過激派を扇動し、米英マスコミにも大々的報道をさせて拡大した動きと考えられる。運動参加者の多くは、このような裏側に気づいていない。中国の台頭を恐れて中国嫌いになっている日本人の多くも「欧米より中国が悪いに決まっている」と思いたいだろう。しかし人々は、国際政治を頭に入れて、冷静に考え直した方が良い。
http://www.atimes.com/atimes/China/JC26Ad02.htmlhttp://www.atimes.com/atimes/China/JC26Ad02.html

 暴動というものは、何らかのきっかけがないと起きない。オリンピック前の重要な時期にチベット人を怒らせたくない中国政府は、チベット人をできるだけ懐柔し、暴動が起きないようにしていたはずだ。中国政府でもダライラマでもない何者かが、暴動を誘発したと考えられる。ダライラマ以外の亡命チベット組織の人々には、大した力はない。とすれば、最大の容疑者は、歴史的に亡命チベット組織を支援誘導してきた米英の諜報機関ということになる。
http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=8625http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=8625

▼運動に胡散臭さを感じる人々

 フィナンシャルタイムスのコラムニスト(Christopher Caldwell)は「(欧米には)北京オリンピックをボイコットするという目的が先にあり、どうやったらボイコットできるかという手段が模索されてきた。中国が(石油利権を持っている)スーダンのダルフル地方の虐殺に関与したとか、人権侵害をしているミャンマー軍事政権を中国が支援しているとか、いろいろな理由が動員されたが、今一つだった。そして今、ようやくチベット問題という格好のテーマが見つかったというコンセンサスが(欧米内で)作られている。こうした行為は悪いことだ。欧米は、開会式のボイコットもすべきでない。中国の面子を潰してはならない」と書いている。
http://www.ft.com/cms/s/0/987dc1ac-fcfa-11dc-961e-000077b07658.htmlhttp://www.ft.com/cms/s/0/987dc1ac-fcfa-11dc-961e-000077b07658.html

 欧米の市民運動系の分析者の中には、今回のチベット系の国際的反中国運動に胡散臭さを感じ、運動に参加しない方が良いという意志を発表する人が出てきた。パレスチナ問題に詳しい分析者は、チベットは独立する権利があるとしながらも、アメリカが敵視する中国が弾圧しているチベットの運動は大々的に喧伝され、アメリカが強く支持するイスラエルが弾圧しているパレスチナの運動は無視される現状を批判的に書いている。
http://bellaciao.org/en/spip.php?article16813http://bellaciao.org/en/spip.php?article16813

 チベット騒乱は、欧米の扇動によって起こっている可能性が高い。ダライラマは、むしろ止めに回っている。それなのに中国政府は「騒乱はダライラマ一派が画策した」と、ダライラマばかりを非難し続けている。中国政府が、こんな頓珍漢を言い続ける裏には、おそらく「中国の国民に反欧米の感情を抱かせたくない」という思惑がある。中国政府が「米英の諜報機関が、チベット騒乱を扇動した」と発表したら、中国の世論はすぐに欧米を敵視する傾向を強め、反欧米のナショナリズムの嵐が吹き荒れる。これは、中国と欧米との協調関係を崩し、敵対関係に変えかねない。
http://www.nytimes.com/2008/03/31/world/asia/31tibet.htmlhttp://www.nytimes.com/2008/03/31/world/asia/31tibet.html

 そもそも中国が北京オリンピックを成功させたい最大の目的は、欧米から好まれ、尊重される大国になることである。欧米は中国を尊重し、中国人は欧米を尊重する、という状態にすることが中国政府の目標だ。欧米が陰湿な画策によってオリンピックを潰し、中国人はそれを知って欧米敵視のナショナリズムにとりつかれるという展開は、中国政府が最も避けたいことである。

つづく


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