| 2005年04月23日(土) |
ラーメンズを観てきました |
いやぁ、初生ラーメンズ、堪能いたしました。
面白い面白い言っているだけでは文章を書く意味がないので、 書きながら考えをまとめてみようと思います。 (ネタバレせぬよう話を進めますが一応白文字)
ラーメンズ(ファン)の喜びとは何か。 それは反復の喜び及び排他的共有の喜び、 であると思われる。
初めて観たときには、笑えないしどこが面白いのか分からなくとも、 小林氏によって厳選された数々のことばたちは、 記憶の中に勝手に根を下ろし、 頭の中で自動的に反復し始める。 それらは記号としての意味を失い、 「おかしみ」のみが後に残っているのである。
そしてこれらの自動反復されることばたちが、 ついうっかりほろっと口をついて出たとき、 にやりと笑える人がそこにいるならば、 そのおかしみは増幅される。 この共有の喜びは、 共有できる人間が限られているからこそのものであるが、 ラーメンズの場合、 テレビというマスメディアにほとんど出ないという活動形態を取っているために、 特にそれが顕著なのだ。
この排他的共有の喜びは、 ファン対非ファンの間で生まれるのはもちろんであるが、 ファン対ファンの間でも存在する。 つまり、他の人は気付いていないけれど、今のセリフって、アレでしょ・・・(爆笑) という図式である。 これは本当に一人でウケることになる可能性がある一方、 「私にはこれが笑えるのよ」というポーズになる危険性もはらんでいる。 それが加速するとどうなるか。 ちょっとよく分からないセリフでも、 とりあえず会場大ウケ、ということになるのではないだろうか。
一ファンのささやかな願いとしては、 分かる人にだけ分かればいい (=分かる人には分かった喜びも加わって余計面白い)という姿勢と、 伝わってる?と窺う姿勢のバランス感覚を、なくさないでほしいのです。 まあ、なぜこんなことを思ったのかというと、 今回のライブで小林さんが両方の姿勢を垣間見せた(というか言った)からなのですが。 こんな風にかっこつけて小難しい言葉で考えてしまいましたが、 観るときには何も考えずただ笑います。 小林さんもきっと、小難しいことを考えたり何も考えなかったりしてコントを作っているんでしょうね。
ああ、ごめんなさい、 なんだかんだ言って、日記なのにこんな長文書くくらい、どっぶりはまっています・・・。
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