こしおれ文々(吉田ぶんしょう)

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2012年04月15日(日) 吉田サス劇【夏美】(第3部)第28話『胸を抑える右手と諦めの悪い左手』



吉田サス劇【夏美】(第3部)

第28話『胸を抑える右手と諦めの悪い左手』


彼女が階段を下りきって1階に辿り着く

足元に向いていた顔は
正面の玄関に向かい


目を閉じ
いつもより長いまばたきで
目を開けたとき


ほんの一瞬

誰もが気付かないくらい短い時間で
口角は上がる

彼女は笑った。


2階から手すりに腕を載せ
彼女と父親が
階段を下りるのを
じっと見ていた私は

彼女の笑った顔を見た瞬間
すぐさま彼女を追いかけた


すれ違うときにぶつかり
驚いた様子で私を目で追う同僚たちに
謝る余裕もないほど
急いで私は彼女を追いかけた

吹き抜けでフロアの中心に位置する階段


ついさっき彼女が下りていった階段に
私は辿り着き

転げ落ちないよう
右手が手すりを撫でている

この年齢になって
私が出せる精一杯のスピードで
階段を駆け下りていく

いま捕まえなきゃ
もう二度と彼女に会えない気がした



やっぱり犯人は彼女だ

ただし【犯人】という言葉が
この場合当てはまるかどうか疑問だ


もちろん大学生殺しという意味では
【犯人】と言えるのだが


ネットの世界に迷い込んだ主婦と大学生から
金を巻き上げ
使い終わったら消し去ってしまうという
殺人を含めたこの完璧な計画

この計画を企てた【首謀者】という言葉のほうが
彼女には適していると言える。



警察に連行され事情徴収を受けることも

結果、
それが証拠不十分で不起訴となることも
彼女の計画のうちだった


転げ落ちることなく
1階に辿り着いた私は
玄関を飛び出すと


30m先に停めてあった乗用車に
彼女と父親が後部座席に乗り込んでいた



追いかける私を知ってか知らずでか
彼女を乗せた車は走り去った



右手は息苦しさで胸を抑え

届くわけもないのに
左手は肘が伸ばせる限界まで
彼女の乗った車を追いかけた


車のナンバーは控えたが
盗難車ということがわかっただけで
結局それ以降彼女の足取りは見つからなかった



彼女はどこへ行ってしまったのか


いまも【夏美】として
ネットの世界には存在しているのか



私は諦められずにいた


仮に目の前に現れたとしても
法律で捕まえることのできない彼女を



私はいつも思い出していた


1階に辿り着いたとき
ほんの一瞬見せた彼女の笑顔を






管理人:吉田むらさき

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