キ ミ に 傘 を 貸 そ う 。
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2007年11月30日(金) これからも、ちょっとだけ、かも、だけど、頑張る。

別れようって思ってた。
もう未来なんか無いのだと思ってた。

でも、友達になんか戻れないと思った。
Jの名前を呼ぶとき、そこに愛が無い呼び方なんて
できるはずないんだと思った。

けれど、Jに酷いことばかり言われて(被害妄想入ってるけど多分。。)
もう自分ばかり我慢する必要ないな、と思って
「ばいばい。」と電話で言った。

その時、Jはもう眠そうで、
また何度も

「はる。。はるちゃん。。」

と呼んでた。

「別れる」と決めてしまえば楽になれると思ってた。
毎日続けていたメールをやめることも、
週に1回だった電話も、
時間が経てば、無くて当たり前になると思ってた。
毎日当たり前だった『Jとのつながり』がなくなることは
おそらく心がちぎれそうに辛いことは分かってたけど。


「おやすみ。」


「ばいばい。」


「おやすみは?」


「…ばいばい。」


「おやすみ。はる、またね。」


「じゃぁね。」


「…はる、名前呼んで。はる。はる…。」


「…おやすみ、J…」


「ありがとう。。おやすみ…。」


電話を切った。
私はさよならのつもりだった。


次の日、朝からメールが来てた。
Jも、私が「わかれるつもり」だということを分かってたんだと思う。
でも、そんなときでもJは甘い言葉なんか使ってくれない。
「君が居ないと生きられない。」とか
「君を失いたくない。」とか
そんな事を彼は言わない。

それでも、「はる、元気?」というニュアンスの入ったメールを送ってきてくれてた。
気を遣ってるんだろうな、ということは分かった。

そして、先日(電車のトンネルで電波が悪かったらしく)未送信になったままだったメールが
Jから送られてきた。
そういえば、そもそもこのメールが来なくて
私は怒っていたんだっけ。

電話に出てくれなかったことに対する「ごめん。」のメールがこなくて
私は怒っていたんだった。

でも、Jは「ごめん。」のメールをきちんと書いていてくれていて、
電波が悪くて送れていなかったのを忘れていたらしい。

「こないだ、送れてなかった、ごめん。ほんとにごめん。」
そう書いてあった。
それで少しだけJを許せた気がした。

Jを許せないところはたくさんある。
それはもう、言い切れないほど。
許せない訳じゃないけど、哀しかったこともたくさんある。
それも、言い切れないほど。
言葉にして書いてしまえばきっと陳腐なものなんだろうけど
1つ1つが哀しかった。


友達が、私の恋愛の相談に乗ってくれていて、

「はっきり言ってはるの彼氏はありえないけど、
 はるが彼のことを好きだから、『別れなよ』なんて言えない。」

優しい言葉をかけてくれた。

恋愛の師匠、マリアさんも、

「気の済むまで、Jさんを愛して良いと思う。」
と言ってくれた。
他にも暖かい言葉をたくさん、たくさん頂いた。


やっぱり、
「私はJが好きだ。」という根本的な想いがある限り、
どんなにJが酷くても、「私」が許してしまえば関係は続いてしまうんだなぁと思う。


できることなら、やっぱり別れたい。
でもできないから、やっぱり続いてる。
Jも少しずつだけど、変わってきてくれてる。
…と、思う。


でも、これ以上泣くことがあったり、Jが酷いままだったら
そのときは本当に別れると思う。(←もう何度も言ってたっけ…?)
たぶん、上京あたりをきっかけに。

この街に居ながらJと別れることは、つらい。
今もう既に遠距離だから土地とかはあんまり関係ないけれど…
でも、Jと過ごした時間がこの土地では確かにあったから
だからつらい。私は、弱いのだ。バカみたいに。



そんな訳でまだ続いています。
もう暫く、努力をしてみたいと思います。
今までだってずっと頑張ってきたから。



はるか |MAIL

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