キ ミ に 傘 を 貸 そ う 。
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2007年10月02日(火) 『好きだよ。』のメール。

いつものように
「別れたい病」が発病してしまった。

私は限界だった。

7月が一番辛かったかもしれないけれど、
その時でも「もう少し頑張ってみよう」という気持ちは残っていた。
でも辛い気持ちは消えていくものではなく、
少しずつ私の中に蓄積されていく。

大学の研究室で、Jにメールを打った。
『もう限界です。もう無理です。』
そういった内容と、あとは『これからも頑張ってね。』と。
別れの決意のつもりだった。
涙をこらえながら打った。

私自身、別れたいのか別れたくないのか分からないのだ。
別れても別れなくても辛いのは目に見えている。
幸せな未来があるのはどっち?
そんなこと、分かるはずもない。


Jからどんな内容のメールが返ってくるか怖かった。
Jに別れを受け入れられたら、それはそれで凄く哀しい自分が居るだろう。
そんな自分にまた傷つく。

メールが返ってきた。
件名は『電話したい』って書いてあって、ほっとしてしまった。
そんなバカな自分。

私はJに名前を呼ばれると弱い。
それをJは分かってか、メールの中で何度も私の名を呼んだ。

次の日私は東京で会議があり東京へ出張。
朝早く「またメールするね。」とJにメールをした。
するとまだ朝6時台なのにもかかわらず、一分後にJからメールがきた。
「がんばってね、はる。
 好きだよ。」
そう書いてあった。


「好きだよ」というその言葉が
この世界でどんな意味を持つのか、それは人それぞれで違う。
軽い好き。大きな好き。嘘の好き。本気の好き。片想いの好き。
好きの種類は色々存在するだろう。

私はJと恋人になってから、「好き」というその言葉が
とてつもない威力を持つようになった。
Jはなかなか簡単に「好き」という言葉を使わないから
私にとっては凄く貴重な言葉だった。

そのメールを読んで心が軽くなった。
Jが心から「好きだよ。」って言ってくれたことが分かったから。
いつもJを信じられない私が、その言葉を信じようとする力が
そのメールにはあった気がした。

ねぇ、やっぱり私達はまだ離れられないよ。
好きなんだよ、君のことが。
そして君も、私のことが好きだと思う。
たとえ好きの重さが違っていても。




でも私はやっぱり揺れていた。

数日後、私はJとの電話で大泣きしなければならなかったのだ。




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