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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2008年05月01日(木)
ばかみたいって、ねぇ、思うでしょう? あなたも。


それがどれだけ神聖なものかは、人によって国によって立場によって信仰によって大いに変わるだろう。
崇め奉る人もいれば、お祭り騒ぎなだけでもある。だけどそれを疎外する事に、どれだけの意義があるんだろう。
これ以上無い抗議の場だと思うのは勝手だが、少なくとも一般人である自分がテレビ画面越しに映るそれを見ても、浅はかで低俗で不利益で、マイナスイメージしか持てない。妨害で誰かに怪我を負わせる、事にプラスの宣伝効果があると言うのなら篤と説いて欲しい。
想いが真実であるなら尚の事、考え無しに手当たり次第のアタックを見たってだからそんな風にしか捉えられないんだから、もっと人の心を打つような行動を見つけられないものだろうか。
俄然知名度は鰻登りで興味をそそるだけなら大衆があれだけ騒いでいるのだから、その上で悪しき醜態を曝すなら、本当に反対の認知しか進まないだろうに。人間って、何処までか愚かなんだろう。

そう民衆に見せるのは、絶大なまでのマスメディアの力。果たして受け取るままの素直、つまり害悪のように見えるデモ行進はしかし、昔から真摯な訴えの表現であり、且つ煽動されているだけとも取れる。
主張が一貫しておらず散漫な欲求を上げ連ねる、参加に意義があるかのようなメーデー行進もあれば、赤い旗に統一され恙無かったように思える歓待ムードの裏で国家権力という名の暴力に泣いた人もいる。尤もその主張に賛同している訳ではないから、虐げられたとする言葉だって鵜呑みには出来ないけれど、生憎と法律愛好家ではないから、そっちも無条件に信じたりもしない。
いつまでも第三者か、さもなくば永世中立か、いっその事両方の敵でありたいものです。
なんの話って、詳しく書くと社会的にも肉体的にも抹殺されそうなので(笑)。傍観者であり続けたい。
右にも左にも偏りたくは無いが中を取ってみたところで停滞しているお国の現状から良しとは言えないし、そんな一応国民である僕の立場って何処にあるんだろう。何処にもつけられたくないと言うのが本音ですがw だってこわいもん☆


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