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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2006年10月19日(木)
四角い視覚。


缶のパイナップルを一人で食べるとなんだか成功者になったように感じる、
という某番組の某人気コーナーで某司会者が言った事に激しく同意。某ばっかだな。
成功者、と言うとニュアンスが違ってくるかもしれませんが言わんとする事は凄く判ります。
一個二個じゃないんですよ。三個〜全部、これがきますね。
しかし果たして、自分一人で一缶を食いきれるだろうか? と言う謎は残ります。
今日も、何となくおでんを食べたくなったので好みのものを九つ買ったんですよ。
そうすると、半分も食べない内にもう手が止まってしまう。父君様曰く、
一人で九個は多いだろうという事ですが、どうなんだろうか。おでんって平均幾つか判らない。
どれぐらいで腹は膨れるのか? 一人何個が妥当なのか?
正味一つ一つを見ているとどうもとても量は期待出来なさそうなんですが、
そもそもそういうのを期待してもあまり食べられないんですが、
なんかこう、九個でも十個でも食べられそうな気がしたんですよ。間違っていた。
餅に例えられるとはっとしますが。餅はお茶碗一杯分くらいとか言いますから。
そうしたらとてもとてもおでんを九つ食うなんて無理だ。いやそもそも二つくらいが限度だ。
確かにお餅は何となく進みますがそれでも三個で限界が来ます。
だから少し例えとしては適切ではないかもしれない。おにぎりとか?(どっちもどっちだ)
好きなのはちくわぶに巾着蒟蒻(含む白滝)後はその時の気分次第ですが、
ロールキャベツが入っているとどうしてやろうかと思います。
や、好きですよ、ロールキャベツは好きですが、果たしてそれはおでんなのか!?
言ってる間に浸透していって、そんな事を言っている奴の方が変に見えたりする、そういうもんです。

何かを、いえたらいいのに。
だけど此処には口が無くて、だけど此処には声が無くて、
だけど此処には頭が無くて、だから此処には台詞が無くて、
そして其処に僕はいないから、何かが始まる事も無い。
それでも何かを、いえたらいいのに。
今何処かから見える何かに対して、何かをいいたいと感じたのなら、
何かを、いえたらいいのに。


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