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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2006年06月19日(月)
どうでもいい事、ばっか並べてよう。


某若母の夫に纏わる浮気話だとか母親のヌード話とかをアンパンやバイキンの前で
やるのは非常に不毛だ。と思ったり。ちょろちょろ四隅に映る姿が哀れでならない(笑)。

和解と呼べるのならばそれもよく、それでも急に何かを変えたりはしない。
出来ないのではなくするつもりが無い辺りに、いい感じって云いたくなります。何の話。さてさて。
それは置いといて、でもまだちょっと立ち直れていない甘い甘い甘いよ小沢さん。
一度心ゆくまで問い詰めないとこりゃ駄目だなと、予感。誰でも無い、自分に。
何がそこまで引っ掛かるのだろう。いつものスタイルでいいのなら、こんなにもんもんとはしない筈だ。
割り切り型。引き摺らないタイプ、とはちょっと言えませんが。怒らないけど悲しまないけど許さない。
いや寧ろ、許す許さないの問題じゃなくて、事実があった事を、忘れない。嗚呼、うん、そんな感じ。
仮に、色々な面を否定して、愛情があったとしよう。誰に対して、色々に対して。
かなり他の行動の辻褄が合わなくても、固定観念を取り敢えず取っ払うのが先決だ。
だけど、だとしたら、あるのは問題に関する事じゃなく、ただただ反応に対してだけのような。

或いは人を惹きつけるものの内に恐怖があるのだとしたら、これもまた効果的な音楽なのだけれど。
局によっても変わりますが、往々にしてニュース速報、地震速報の類いを知らせる警告音というのは
どうにもこうにも落ち着かせない。おどおどと、心許無い気持ちにさせる。足元の地盤から響くように。
あくまで身近なトータルなので全てにおいてそうだとは言いませんし、少なくとも自分はそうであると。
文章の魔力と言うか、文脈が一定であるからこそ、それが適切であろうともまた恐ろしく感じる。
音楽があって照明があって人物が原稿を読み上げる音声があるニュースは、それだけで随分和らぎ
温かになっているのだろう。比較として持ち上げたくなるくらいに、それは冷たく事実を告げる。
中でも脳内にピックアップされる殺人、などの容疑。その罪に問われる、容疑者。それから、被害者。
冷酷なまでに淡々とした全てはただの名称。それに対して呼ぶ為に付けられた、名前。
逮捕というのも小説とあくまで区切られた文ではなく、速報として伝われると度合いが変わる。
名称も名前もより生々しくなって、寝る前なんかに見た日には、じんじん耳の奥から無い筈の声が、
あの警告音を伴って、それともわんわん脳内で響きだして、無性にこわくなってしまう。
弱みだと思うし、幼稚にも思え、更にはそれを他人に告げれば一種の恥を感じないでもないが、
まるで正常に恐怖を覚える自分を何処か新しくも懐かしくも思えて、きらいでは無い感覚。


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